オンリーユー、エブリデイ

あらふね監督は、ほかりを撮りたい、というお話。
(書くきっかけは、すごく前にたしか吉田修一さんの日曜日たちという本だったと思うんですけど、男女が二人で性的な行為中にすごく良いカメラでどちらかを撮る、という文が、官能ではなく二人にとっての自然な延長線として書かれていて、とても好きだったので、そんなつもりで書きました)

『オンリーユー、エブリデイ』

 荒船しかいない。突然酔いに任せてスマホのカメラを振り回し、「お前を撮ってやる!」と高らかに声を張るのは。
 監督気分というよりも、これはカメラマン気分じゃないのかとオレは問いたくなった。コマ送りのようにオレの姿をどんどん写真に収めるから、スマホのメモリが大丈夫か心配になる。
 さっき居酒屋で、映画を撮るならどんなのがいい、と話したところから始まった。やれロードムービーだのヒューマンドラマだの、たくさんの有名タイトルを並べながら荒船は深く語る。映画を観る、撮るというエンターテイメントをここまで力いっぱい語るのは、友人たちの中でも荒船しかいない。
 荒船しかいない。映画監督になりきって今夜のお前を撮ろうなんて言うのは。ついにシャッター音ではなく、三十秒ごとのムービーになった。
「穂刈、今日は何杯飲んだ?」
「三杯、ビールは。あとはハイボールだ、二杯」
 今のところ、荒船監督ではなくインタビュアー荒船に聞かれ、正直に答える。内容はとんでもなくくだらないのに、気分はまるでパパラッチにあった俳優だ。気取った態度でふざけてやると、荒船はゲラゲラ笑った。
 今日も明日も明後日も、いつだって撮ればいいのに。荒船も同じくらい酒を何杯も飲んでいる。酒はこんなに人を変える、いや、変わらない、荒船は、酔おうが酔うまいが変わらないか。
「次の店は前行ったとこにするぞ、お前が酔って崩れても、暗いしカメラワークは多少ブレても大丈夫だから」
「そんなこだわりのねえカメラワークで撮られんのか、オレは」
「いや、こだわってるね! お前がべろべろになっても、あそこならライトもきれいだし、外の街灯も光が入っていい具合だし、」
「んなこと考えながら飲んでたのか」
 いつか映画を撮るため。そんな大義名分があったのかは知らないが、あの飲み屋を多角的に見ているとは思わなかった。得意げに鼻を鳴らし、赤い顔で、縁石の上を平均台のように歩く。車がそこまで通らない道で良かった。点滅している歩行者用の信号の緑が、荒船の後頭部を照らす。なるほどこうやって、風景や空気の中に荒船が存在しているのを、カメラで切り取るのはいいかもしれない。そう思わせてくれるのは、荒船しかいない。
 荒船しかいない。道路を渡ってとうとう崩れ落ち、「なあ、穂刈」とか細い声でオレを呼ぶのは。情緒不安定かよ、と思うが、そもそも酒を飲んでいるんだ。笑い上戸は泣き上戸に、泣き上戸は怒り上戸に。くるくる変化する荒船は、まるでいつものタガをわざと外しているみたいに、オレと飲むときは迷惑しかかけてこない。そんなのを、まあいいか、と思わせるのは、やっぱり世界中のどこを探しても荒船しかいない。
 疲れてんのか。
 眠ぃのか。
 荒船、もしもこのままでいたら。
 襲っちまうぞ、酒の勢いの、せいにして。
 冗談を風に乗せて吹き込んで、オレの意気地いくじなさを呪うけれど、
「いーぜ、襲っても」
 と酔っ払いは、地面とキスをしかけながらへらへらと言いやがった。
「どうせなら、お前としてんのも撮りたい」
「アホか、やばいだろ流出したら」
「墓まで持ってく」
「スマホをか?」
「ん、そう。何台も持ってく」
……そんなに撮らないだろ、普通は。付き合ってもいねえのに」
「付き合えば、いいんだな?」
「そういう問題じゃ……
「なあ穂刈」
 荒船しかいない。微弱な声音でオレを呼びつけ、地面にスコーピオンで串刺しにするみたいに縫い止めるのは。荒船を引っ張り上げようとして、荒船の頭から地面にパサリとキャップが落ちた。
「穂刈しか、いないんだ。撮りたいって、思えるやつ」
 そりゃあ、撮りがいのありそうな、きれいな人もかっこいいやつも、いっぱいいるけど。と付け足して、荒船は笑う。
「お前の、失敗した飯とか、筋トレしすぎて疲れてぶっ倒れてんのとか、」
「撮るとこ違うだろ、それ」
「いーんだよ。あとあれだ、寝坊してるとことか、服着てるとことか」
 オレはもう、なにも言わなかった。言えなくなった。荒船しかいない、と思っていたことが、波紋のように返ってくる。あっちの岸から、こっちの岸へ。
 オレたちは、互いしかいない。荒船隊を解散したときも、オレがボーダーじゃないところで就職を決めたときも、荒船が昇進したときも、会えなくなるだろうな、と思っていたら次の日にはもう約束を取り付けていた。互いの近況報告をして、誰よりも互いをわかっていた。
「だけどなんで今なんだ」
 荒船に聞くと、知らん、と素気なく返された。タイミングなんていくらでもあったのに、よりよってこんななんでもない日に結ばれるなんて。
 きっとこれからも、なんでもない日にキスをして、なんでもない日にセックスをするんだろう。そうすれば、三百六十五日、隙なく荒船との思い出で埋まる。毎日が記念日みたいになるかもしれない。
 そう伝えると、
「それ、いいな」
 と荒船は笑う。そして一枚、写真を撮った。

 ……結局後日、荒船のスマホのカメラロールに、人には見せられないものはできたが、たったワンショットになった。そのときはお互いに素面だったし、あまりに恥ずかしくなって一枚に留まった。今もそれはオレたちの間で笑い話だし、消去しちまおうかとも思うけれど。あのスマホは墓の下まで持っていくのだから、まあいいかと肩をすくめる。
 一日一枚、次々とそこに連なるオレのどうしようもない写真。たまに眺め返して笑う荒船を、オレも密かに撮りためている。