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gib_fox
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wt穂荒
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鑑賞
映画を見に行った、付き合いたての二人のお話。付き合いたてだからいろいろ、空気とかも漏れてくるけど周りはまだ知らない。
村上くん視点が前半、後半はほかり視点です。
『鑑賞』
鑑賞
……
芸術作品に接して、味わい理解すること。
穂刈の腕に、指の痕があった。くっきりと赤くて、誰かに強く掴まれた痕。
心霊現象かと
訝
いぶか
しんで、村上が「それ
……
」と聞くと、穂刈は「ああ」と言いながら、まくっていた長袖を少し戻す。
もうすぐ夏になる。蝉の鳴き声も活発になってきた。体温が高いと言っていた穂刈が長袖なのは珍しい光景だったのだ。だから村上は尋ねるためだけに横に立ったのに、まさかそんな痕を見ることになると思わなくて、夏の怪奇を疑うが。
「昨日荒船が、」
そこまで言って、穂刈は渋った。村上は首を傾げる。
穂刈の首筋に汗が滴っていた。運動をしたあとでも、疲れている様子もない。長袖が暑いのかと思っても、教室内は窓が開いていて涼しい風が通るから、穂刈の席は特に暑さをしのげるいい場所だ。
けれど、次にまばたきをしたあと、穂刈の汗は引いていた。村上は友人の口から紡がれる言葉を待つ。
「つけちまったんだ、映画に行ったときに」
「
……
映画館で?」
「椅子の手すりだと思っていたらしい、俺の腕を」
穂刈の腕の痕は、なるほどたしかに村上の手と変わりのないサイズの指で、変わった向きの痕だとは感じた。映画、横並び、荒船が左隣、アクションシーンで緊張を走らせた手が皮膚に強く食い込む。そこまでを村上は想像して、「それは、大変だったな」と同情する。
村上も一度、荒船と映画館へ行った。全米ナンバーワンを謳う華々しい広告は毎度映画館ではおなじみだが、はたして本当なのかいつも疑問だった。けれど隣に座っていた荒船が、声も息も姿勢だって荒げられない代わりに、指先が白く変わるほど手すりを強く掴んでいたのだ。帽子を脱いで、髪から覗く眼光は、その映画の中で荒船も一緒に戦っているようだった。高揚が伝わる。村上も同様に、映画に強く見入った。映画館を出たあとにすぐさま二人で買ったパンフレットは、大切に取ってある。
きっと、昨日穂刈と見た映画も、そうだったんだろう。素晴らしい映像に、白熱する気持ちはよくわかる。
「ずっと耐えてたのか?」
「さすがに気づいたぞ、何分かして荒船が」
「そりゃ、そうだよな」
いくら穂刈が筋肉質でも、手すりの硬質さとは訳が違う。すっかり赤黒くなった穂刈の腕を見て、あの荒船が、映画を愛する荒船が、すぐに映画館を出ようとしたらしい。
「止めた、冷やせるからって言って」
「それでも、まだ痛そうだな」
ジュースを買っていたことが幸いして、荒船は映画を見ながらホルダーに入っていたジュースの冷えたカップを穂刈の腕に当て続けた。自分がやると穂刈は小声で言ったのに首を強く振られ、結局痺れるような痛みが取れるまで、荒船は冷却を続けたそうだ。
「もう痛くない、今は」
「そうか」
村上は、教室の外から誰かに呼ばれた。北添らしいのんびりした声がする。次の授業は選択科目で、穂刈とは別になる。
「それじゃあな」
律儀に別れを告げて、廊下へ走った。ちらりともう一度穂刈を見れば、大きな男は眠そうにあくびをしている。
──近頃、穂刈は女子生徒からの告白を受けることが増えたらしい。無粋なことだし自分には関係のない話題だと、村上は気に留めないようにしていた。でもああして気の緩んだ大型動物みたいな姿を見ていると、野生のしなやかさのようなものは感じた。
けれど、「楽しいだろうな、モテるのは」と言いつつどうしてか特定の彼女を作ろうとはしない穂刈を村上は知っている。もしもまたさり気なく女子生徒が穂刈の噂をしていて、なにかを聞かれたとしても、村上はやんわりと話をにごすだろう。その方がなんとなく、今の穂刈にはいい気がするからだ。
◇
穂刈は、息を吐いた。
村上が去ったあとの教室、手前から二番目の席、窓側の近く。風と日の光がやわらかく入る。光は自分の長袖のシャツをうっすら透けさせて、布地に覆われたインナーのない上腕が見える。そこが村上にバレなくて良かったと思っていると、呼応するように上腕が痺れ、わずかに痛んだ。
映画館で荒船につけられた手の痕よりもさらに上に、同じ人間の手の痕がもう一つある。穂刈の二の腕の肉を、内側から掴む形。筋に沿うように掻き傷もある──昨晩、意識を飛ばしてしばらくしてから正気に戻った荒船が、一日のうちに二度、三度と穂刈の腕に傷を作ったと、薄暗いベッドで気まずそうにしていた。
いつも気高い目が憂いを含んでいたので、穂刈は、
「別に構わない、お前につけられるなら」
とあっさり言った。度合いも、言い方も、声のトーンも、荒船に今一番効き目のあるのはなにか、計算し尽くして伝えた。まだ余韻が覚めない中にあった荒船は、そのことに気づかずに、
「
……
でも明日、暑いし、お前半袖で行くだろ。どうすんだよ、その、いろいろ」
と無自覚に、上目遣いで心配してきた。だからクローゼットにまだある長袖を出せばいい、と簡単に即決したし、
「だから、したい、もう一回」
とも言えた。最後に「だめか?」と首を傾げると、荒船は下唇を血が出るんじゃないかと思うほど噛み、顔を思いきり背けて真っ赤になる。つくづく、力加減を知らない体で、照れ隠しさえ全力なものだから、愛おしくなって抱きしめる。
「クソ、なんだよ
……
」
口は悪いし、仕返しとばかりに肩口を噛まれた。さすがに血が滲むほどではないが、痛みはそれなりにある。荒船が穂刈のことを、あざといと知りつつかわいいと思うと、ときどきどうしていいかわからないらしい。
汗を滲ませながら、うっすら明るくなってきた窓の外を気にする今朝の荒船を、教室内で思い出す。あの肢体はいつ見ても飽きない。できればずっと眺めていたかった。「ちゃんと寝ないで授業受けろよ」と言って自分の高校へ向かう颯爽とした後ろ姿には、さっきまでの二人きりだった空気がまとわりつく。あの姿が野放しになるのか、と思うと、座りが悪いが仕方がない。荒船は過度の束縛はきっと嫌う。
このあとの授業が終われば防衛任務が待っている。たぶんお互い寝不足を隠しながら会うんだろう。穂刈はまた一つ大きいあくびをして、酸素を取り込み前を向いた。
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