もらった福を食べる

好きな人に思いがけず気持ちがバレて、色々考えてたのに今告白することになった治北のお話。
二人がまだ大人になっても付き合っていなかったら、こんな感じの付き合い始めもいいなあ、と思って書いたお話。治も北さんもずっと前からお互い好きでした。

 おにぎり宮の裏口、納品庫。米を積んでひと段落した俺が、休憩を取れるスペースがある。
 今日のまかないはお茶漬け。さっき治がトレーに乗せて、嬉しそうに運んできた。米粒のふくよかな旨味は、香ばしいほうじ茶の風味と合う。少しばかりのわさびと、ふぐと、三つ葉がいい味だった。
 美味さに頬をほころばせていると、妙な治の視線を感じた。グサグサと低温で地味に刺してくるような痛みは、俺じゃなくてもたぶんわかる。
 そんなあからさまに人をじろじろ見るようなやつやったか。いや、あんまり他人には興味を示さへんような顔で、飄々ひょうひょうとしとるのが治やった気がする。変わったか?
 俺は内心、言葉を整理する。しかし。
「治、言いたいことあったらはっきり言え」
 整理した結果、端的にこうとしか言えなかった。それでも治は口をもごもご動かして、なんとかしゃべろうとしてくれる。
 じっと待ってみると、俺よりも大きい男は黒く濡れた目で静かに言った。
……その、ふぐ、」
「ふぐ?」
 茶漬けの中で、静かにゆれる白身の魚に目を落とす。さっき一口食べたが、たらさけとまた違う奥行きのある味だった。うまいと言い忘れただろうか。いや渡されて一口目にすぐに伝えたはず。
 治がようやく息を吸い、言葉をつないだ。
「近所の和食屋さんが、ゆずってくれたんです。上手いから、とっておきのメニューに使つこてなって」
 とっておき。言葉を反芻しながら、北はお茶漬けに目を落とした。今は米もほとんど食べつくし、あと少しでこれを食べ終えてしまうんやな、と名残惜しく思った。治の飯はいつもうまいが、今日は格別にそう感じた。
「でも、メニューに使うには量が足らへんし、いちばんに食べてほしい人に出すなら、賄いしかチャンスないし」
 吐き出すようにこぼした言葉を聞き逃すわけはなくて、俺が思わず箸を取り落としそうになると、口早にしゃべっていた治がハッと我に帰る。互いが目を見るときには、もう箸は治の手で拾われていた。
 治の手に横たわる塗り箸の、緑の色がよく映えた。そこに小さな草花が、これから芽吹くようだった。春には福が多いと言う。そういえば、「芽吹く」といういきいきとした動詞にも、「ふく」が隠れているなと、俺は頭のどこかで考えた。
 ──思いは通じる、とは嘘のようなきれいごとではあるが、料理の世界では意外にも大切なことらしい。いつかテレビで誰かがそう言っていた。いや、テレビではなく、治だったかも。そうだ、あれは治だった。今日みたいに何気ない日に、ぼそっとつぶやいていた。
 治の視線が痛い。
 箸はまだ、治の手の中にある。
 茶漬けは最後の数口分。別にすすって飲み込むこともできるが、これでは食べられへん。最後までじっくり味わいたい、と思っとったのに。なぜって治が作ったものやから。
……いちばんに食べてほしいんは、お客さんやないんか」
 予想外に、カラカラに乾いた声が出た。俺も人間やな、とこういうときに思う。それにこのセリフではまるで、治をただ説教しているみたいである。
「それはそうやけど、そうやなくて」
 まとまってへん答えを急いた俺が悪かったな、とあとから気づいた。治はたぶん、思いを告げるのにもっと時間をかけるつもりだったのだろう。
……俺、北さんが好きやから。私情をはさんで、すんません」
 白状するようにささやいた告白のあと、治は店の中に呼ばれた。
 私情。私情、とは。治が個人的に抱いている気持ち、プライベートなこと。俺との関係の中に、はさんではいけないと治が思っている感情。俺のことを好きだという事実。それを白日の下に晒した今、気持ちの切り替え、大変やろうな。申し訳ないことした。
 太陽が赤くなる。もうすぐ客足も遠のいて、二人の時間が少しできる。いつもそれを狙って、俺はこの裏口で休ませてもらう。
(それやって、お前と話したいからや、治)
 私情。私情、とは。ずいぶんまえから無意識に挟んでいた自分が、今さらあいつになにを言えるだろうか。
 賄いの椀を置くと、いつの間にかトレーに乗っていた箸に当たった。ころりと転がる箸の音。椀の残った治の気持ちを、今すべて飲み込むにはあまりに惜しかった。冷めてもきっと美味いだろう。
 治がここへ戻ってきたとき、「俺も好きやで」と言ってみよう。その驚いた顔を見ながら、茶漬けの最後を飲み込もう。