このあとめちゃくちゃ告白した

14か15くらいの二人です。ゼが風邪を引いて看病するス。きれいで完璧なスの内にひそむ一面を見てしまったゼのお話。サブタイトルは「スだって我慢してた」。

 体温計を覗くスタンの顔が思わしくない。僕は布団の端を持って顔を半分隠した。ひやりと頬に当たる布団の冷たさが気持ちいい。

「本当にちゃんと休んでた?」

 そして、スタンからの視線はとても気まずい。



 ◇



 先日、僕はロケットの試運転を行った。家の近所にある山の中。肌寒い気温と、風も吹いていたことから、スタンと一緒に厚着をして、ブランケットも持ち寄って。

 ロケットはやや軌道を外れたが無事に狙い通りの着地点に着いた。走って取りにいき、状態をたしかめる。前回よりは上手く飛んだ。あとはエンジンか、フォルムか、改良の余地はあるようだ。ふむ、と顎に手を当てて考えていると、ぐらりと世界が揺れる。

(しま、った……!)

「ゼノ!」

 ロケットの回収に気を取られ、足元を見ていなかった──苔むした地面に足を滑らせたのだ。普段ならこんな低レベルなミスはしないのに。離れたところにいたスタンの青ざめた顔が見えて、そのまま世界が逆さまになる。

 草の匂いと湖の匂いが混じり、鼻からわずかに水を吸った。ツンとした痛みが頭までつらぬくようだ。僕は無駄に呼吸を吐き出さないよう、必死に堪える。

(水温から察するに、僕の体は長くはもたない。早く出なければ)

 冷静に判断して、秋の冷たい水の中からはいあがるために泳ぐ。手で水をかくのが重たく感じる。湖が浅かったのが幸いだ、大きな二、三かきで、すぐに地上にたどりついた。

「ゲホッ……ごほ……っ」

「ゼノ、しっかりしろ!」

 鼻の痛みを逃すためにおおいに咳き込み、スタンが急いで駆け寄って、まだ浸かっていた足を湖から引き上げてくれた。

 もともと厚着だったせいで、服がずっしりと重い。スタンが僕に肩を貸してくれて、なんとか山の中に張っていたテント内へ入る。服を脱ぐのを手伝ってもらい、ランタンの中の火を外にある薪と着火剤へ。テントの入り口と薪を近づけて、暖気が室内に入るようにした。火事だけは注意しながら、体を拭って持ってきていた着替えをのろのろと着る。

(やってしまった……

 科学の計算上のミスなら、何度でもやり直しや積み重ねを経て乗り越えていくが、自分自身のミスというのは実験の段取りを数日遅らせてしまうようなこともある。だから体調管理や健康状態の維持は気をつけていたのに。

「すまない、スタン」

「ん、次やんなきゃいんだから、気にすんな」

 家族ぐるみで付き合いのあるスタンの、サバイバル能力はしばしば目を見張るものがあった。将来は軍人になれたら、と言っていたことはあるけれど、まさか今から本格的に準備を始めているとは。そのおかげで、僕は低体温症になることもなく、鼻水をすするくらいで留まっている。現に今も「飯取ってくる」と言って、彼の父親から譲られたナイフを持ち森の中へ消えていった。

 スタンが取ってきてくれた食べられそうな野草と、クーラーボックスから鶏肉を取り出して、スープを作ってくれた。寒い体に芯からしみる、良い味がした。

 ──しかし、これで風邪を引かなければいいんだが、という僕の願いはむなしく散り、僕はその日の夜から熱を帯び始めた。

「しばらく、泊まってっから」

 有無を言わさずスタンがそう決断したのは、今日が両親の結婚記念日で、家には僕以外誰もいないというのが大きい。ベッドの中で熱と戦いながら、スタンがテキパキと動く後ろ姿を見ていた。

「あんたが静かにベッドにいんの、不思議だけど、なんかかわいい」

 たまにそう言われ、くしゃくしゃと前髪をなでたられた。

 スタンはよく、僕のことをかわいいと言う。そんなきれいな顔の男に言われても、嫌味じゃないのかと思うけれど、僕は純粋に言われて嬉しい。彼は正直で、思ったことしか言わないとわかっているからだ。

 数時間して、部屋に湯気と香りが立ちのぼる。スタンがリゾットを作ってくれた。二食目はポトフだった。どれもスナイダー家の味がする。遊びで星型の野菜が入っているのがどうにも愛おしい。

 一度トイレのために立ち上がり、廊下からキッチンを見たが、スタンは何食分かまとめて作り置きをしてくれるらしい。母のエプロンを借りて、こっちに気づかずひたすら鍋に具材を入れるため、行ったり来たりしている。ショッキングピンクの派手なエプロン姿で、レシピ本を睨みつけながらナイフを動かす彼の様子はおかしくて、助けてもらっている身でありながら僕はトイレでこっそり笑った。

 夜に母から連絡があって、実は熱を出していること、スタンに看病してもらっていることを話すと、両親二人は慌てていた。代わりに通話に出てくれたスタンに何度も謝って、帰りの便が取れ次第すぐに帰るから、との伝言を受け取る。せっかくの記念日、一週間ほどゆっくりしてくると言っていたのに。僕は両親にも申し訳なくなった。

 でもこんなときでもスタンは落ち着いていて、
「I'm your man.(おれにまかせな)」

 と言ってくれる。

 ……つまるところ、僕は実験や研究こそ進まなかったものの、一日中スタンの恩恵を受けて全力で風邪を治すことだけに集中できた。おかげで二日後には薬も効いて、体調も右上がりだ。

 こんなにスタンを独り占めしたのは、いつぶりだろう。横顔を眺めながら、僕は静かにこもる恋心を言ってしまいたくてたまらなかった。

 僕はスタンに、恋人になってほしいと懸想している。



 夜、寝る前に彼がきた。

「もう一回体温測っとく」

 と言われ、のろのろと体を起こす。もうずいぶん体調はいいし、解熱剤も飲んでずいぶん経つが熱が上がったような火照りもない。このまま明日には完治するな、と僕もスタンもわかっていた。デスクの上に重なっている実験結果の途中が目の端に映る。明日になれば、これらも進めることができるだろう。僕はわくわくしていた。

「無理は禁物だぜ、ゼノ」

 僕の視線の先をわかって、すぐに釘を刺すスタンは、本当に心から僕を気遣っての発言をしてくれる。でもきっと、僕が意気揚々とデスクに向かっている姿を見ても、肩をすくめて笑うだろう。

「わかっているよ」

 形だけの承知をして(もちろん熱が万が一あれば無理はしない)、僕は体温計が鳴る音を聞いた。

 案の定、平熱だ。

「良かったな。今晩休めば大丈夫だろ」

 まるで我がことのようにホッとしてくれるスタンに、僕はハグをした。ちょっとだけ勇気がいったけれど、お世話になった分の最大限のお礼の表し方だろう、という口実を頭で並べながら、腕を回す。

「ありがとう、スタン、とても助かったよ」

 そう言って体を離してほほえもうとした。彼の顔を見るまでは。

 ──スタンは、目を伏せて視線をそらしている。

「スタン?」

……あ、ああ、いや、何でもねえ。おやすみ、ゼノ」

 幼馴染はスッと立ち上がると、長い脚をぎこちなく進めてドアへ近づく。扉がガチャリと開いて、彼の姿を吸い込み、閉まるまで、僕は呆然とスタンを眺めることしかできなかった。

(何か、気に病むことをしてしまっただろうか)

 例えば、体臭があったとか?
 シャワーには入っているし、パジャマもシーツも清潔だ。ここにいる間、スタンが洗濯もしてくれた。僕はそれらの事実を知っているというのに、思わず袖口の匂いを嗅いでしまう。大丈夫だ。安心できる匂いしかしない。

 じゃあ、僕の髪が当たってしまったとか?
 それは……ない、と断言できる。僕は今、眠るまえに読書をしたくて(もちろん、体に負担にならないような厚みのない小説だ)邪魔になる横の髪を結んでいる。彼の頬や肩口に当たるような髪はない。

「……もしかして、バレてしまった、んだろうか」

 エスパーでもない限り、そんなことはないと言いたい。でも、ここ数日はとにかくつきっきりでそばにいた。僕がスタンのことを少なからず好意的か、それ以上に想っていることを、視線や言葉の端々で感じ取ったのかもしれない。だとすれば、あのハグだって、疑われても仕方のないことだ。

 いつかうわごとで言ってしまったのかもしれない──「君のことが好きだ」と。


 僕はその夜、読書をしても頭に入らず、眠れずに目が冴えまくっていた。窓の外は月も頂点に昇り、ずいぶん夜が更けた。この部屋がため息で満ちたのではないか、というぐらい、何十回目のため息をつく。

…………よし!」

 僕は意を決して起き上がる。久しぶりに体を起こした反動で少しめまいがしたが、振り絞った勇気が背を押してくれて、スリッパをはいて立ち上がる。

(スタンに、言いに行こう)

 こんな夜中に言うことではないのかもしれないが、このときの僕はまだ若かったし、どうにも浮ついていて、スタンとの関係がこじれるか、こじれないかだけを心配していた。たったそのことだけに、ひたむきで、カロリーの全てを注ぎ込むような。ティーンの勢いというのは恐ろしいね。

 スタンが寝起きしているゲストルームは、階段を降りて一階の、浴室を過ぎた角部屋だ。僕はキッチンで水を飲み、グラスを握って決意を固める。心臓の音がバクバクと聞こえ、指先は震える。自分の家のはずなのに、まるで泥棒のように音を立てないように忍び足をして、客室まで歩く。一歩進むたびに、動悸は早くなった。

 ふと、僕は明かりを二つ見つけた。一つはスタンがいるはずのゲストルームの明かり。ドアが開け放たれ、煌々と廊下にライトがはみ出している。しかしそこに人影はないから、スタンはどうやら部屋にはいないらしい。

 もう一つは、通り過ぎる予定だったはずの部屋だ。バスルーム。扉は閉まってこそいるが、隙間から明かりが見えた。水が床に当たる音もしている。

(こんな時間に、シャワーを?)

 僕は訝しく思って、過去をふりかえってみる。僕とハグをしたとき、たしかにスタンからはまだ生活の匂いがした。料理や、洗濯、整髪料の匂い。汗もかいていたのかもしれない。

 僕が読書中(と言いつつまったく集中していなかった)も、階下からはかすかに物音がした。あれはスタンが後片付けをしてくれている音だった。てっきりそのあとすぐに、シャワーを浴びたんだと思い込んでいたのだが。

 僕はそっと、気づかれないようにドアを開けた。まだ水の音は激しい。シャワーの途中なんだろう。ランドリースペースを見れば、使用済みのバスタオルはすでに僕の分の上に一枚、置いてある。スタンはつまり、今、二度目のシャワーを浴びているのだ。

 寝苦しかったのだろうか?
 季節は秋で、北米の夜はかなり寒い。汗をかくなんてことはないと思うが。

 さっきまで抱えていたドキドキとはまた別の意味で、心臓が鳴る。悪いことをしているみたいな気持ちになる。でも、好きな人がどんな行動をしているのかは知りたいし、さっきも言ったが、ティーンの勢いということにしておいてもらいたい。

 浴室から、水の音と一緒に声が聞こえた。スタンは一人で入っているはずで、誰かと通話をするにしてもシャワーをしながらは、人間誰だって、ない。
 僕は姿が映らないように、慎重に足を踏み入れて耳をそばだてた。

「……っう、ァ…………ッ」

 その声に、背筋がしびれ、口から音が出そうになる。僕は慌てて両手で口を押さえた。そうでもしないと、悲鳴に近い叫びを発してしまいそうだからだ。僕はぶわりと顔を赤くして、落ち着かず、浴室に背を向けてずるずると膝を立てて座った。

「は、ァ…………

 まさか好きな人の自慰を聞いてしまうとは思わなくて、僕は相反する二つの考えを持つ。一つは、逃げ出さなくては、という彼に対する善良でまっとうな幼馴染たる思いと、もう一つは、誰を想ってしているのか、という傲慢で自分勝手な思いだ。

 しかし、後者の疑問はすぐに解けることになる。

…………ゼノ……ッ」


 僕は、つま先を二度ほどこすり、足先でさえ真っ赤で熱を帯びたのを感じ取った。すぐに立ち上がってバスルームを飛び出した。幸い裸足で音は立たないし、着ている物もうすかったから、布擦れもない。階段を駆け上がるころ、シャワーの蛇口をひねる音を聞く。そんな小さな音を聞き漏らさないほど、僕の耳はそっちに集中していた。

 だらしなく僕の形に開いたままのベッドに勢いよく飛び込んで、全身を覆うように布団をかぶる。厚い羽毛の中で、僕の心臓の跳ねはよく聞こえた。耳を塞ぎたくなる。

 あんなに切ない声を出すなんて知らなかった。あんなに悩ましい声で僕を呼ぶなんて知らなかった。あんなにうつくしい君が僕を想っているだなんて、知らなかった!

 ふいにスタンに「かわいい」と言われてきた今までを思い出す。「かわいい」と言いながら目を細め、前髪をなで、数度まばたきをくりかえす。
 そうだ、彼は、思ったことしか言わない正直者。

……スタン」

 名前を呼ぶと、下半身に熱がこもった。僕って最低なやつかもしれない。

 でも、我慢をしていたものがじわじわと滲み出る瞬間は、とてつもなく解放感がある。うれしい、と、これからどうしよう、がぐちゃぐちゃに折り重なって、結局僕は一睡もできなかった。



 ◇



 体温計を覗くスタンの顔が思わしくない。

「実は夜中にひそかに起きて、実験やってたりしねえよな?」

「しないよ、誓ってしていない」

「……ふーん」

 いまいち信用を得ていないが、ひとまず納得はしてくれた。彼は肩をすくめ、今日で最後の手作り料理を持ってくるために部屋を出る。

 もうすぐ両親が帰宅する。そうすれば、スタンも家に帰ってしまうのだ。

 僕はずるずると布団の中に身を隠し、はあぁ、と長い長いため息をついた。そして思い出す、スタンの体温計を見る揺れるまつ毛、僕を疑う目つきのきらめき。

 疑うのももっともだ。体調が良くなったはずなのに、僕はまだ赤い顔をしている。熱だって、昨晩で下がったはずなのにまたぶり返していた。いや、微熱ではあるのだが、しっかりと解熱剤も飲んで、完璧な看病も受けたのにぶり返したのが、スタンには腑に落ちなかったんだろう。せっかく彼が工夫をこらして僕の体を気遣ってくれたのに、僕というやつは本当にどうしようもないな、と軽く自己嫌悪に陥った。

 ──だって君に会うと、あの切ない吐息を思い出してしまうんだから。

 僕はこの風邪が治ったら、聞いてみようと思う。うつくしい君がたった一度、乱れたそのときなんと言ったか知っていると。僕の名前を呼んだあのとき、僕はふたたび熱が上がったんだと。

 そうしてできれば、僕からも告白させてほしい。

 君は僕のことをかわいいと言うけれど、僕だって、君の名前を同じように、絞り出したことがあるんだよ。