空の上では手も繋げた

村→来から村→←来になるお話。村上くんの故郷が、寒い地方だという捏造で話をしています。
いつの時間軸でこの話が始まるのか、とか、特に考えないでふらっと書いたので、謎時空ということでお願いします。村上母捏造あり。

『空の上では手も繋げた』

 あの地方に暴風雪警報が出るのは、あまり珍しいことではない。村上は、ニュースを見つめながら思う。
 いつも風が強い上に、上空にシベリア寒気団が音もなく滑り込んでくる地域柄、窓もドアも二重サッシになっているのは当たり前だし、窓枠に木の格子をはめて屋根の雪がガラスにぶつからないようにすることもある。最近の家ではロードヒーティングを入れたり、屋根にも熱源を入れて、雪の重みで家がつぶれないように工夫できるが、村上の実家はそこまでの設備ではなかった。それにくわえて、今年は警報発令が特に多い。
『大丈夫よ、心配かけてるね』
「でも、今年は手伝いに戻らないとさすがにまずいんじゃ……
『雪は重いけど、あんたの体になんかあったら困るから』
 いや、それはこっちのセリフだ。村上は手を貸されることを断り続ける母に、どうしたものかと天を仰いだ。父はまだ現役だから、仕事で毎日いない。日中一人で過ごす母には、相当苦労するだろうこの降雪量。ニュース画面はすでに違う話題に切り替わっていたが、耳には警報のふた文字が離れない。
 村上はうなった。母は電話越しに笑う。
『そういえば、あんたのとこに送ったの、届いた?』
……ああ、届いたよ」
 昔から変わらないマイペースな母の通話に、多少頭を抱えながら感謝を述べた。村上は傍に置いたダンボールを見ながら、その配送伝票の文字に触れる。角ばった、丸みのない母の字。鈴鳴の鳴の字は、いつも力を込めて書かれている。
『そう、みなさんで食べてね』
 じゃあ、もまた、もなく切られた電話の後ろで、なにか物が落ちる音がして通話は終わった。たぶん屋根から雪が落ちたんだろう。重たい雪は、あの家でときどき地鳴りのような響きがすることもある。やはり、心配だった。
(今から飛行機を取るんだったら……
 休みの申請、ボーダーへの連絡、支部でのスケジュールの変更。一つ一つを頭で整理しながら、立ち上がる。こっちはもう梅まで咲きそうだというのに、冬服とウェアを一式まだクローゼットに残しているのは、故郷のことをいつもどこか片隅で思っていたから。
 廊下を歩いて部屋へ行こうとすると、ちょうど部屋から出てくる来馬とかち合った。
「鋼、これから太一たちと休憩しようかって話してたんだけど、お前もどうだい?」
「あ、ええと……実は、」
 村上はわけを話す。母親の気遣いもあるけれど、今回は自分の勘を信じたい。幸い飛行場のある一帯は雪が少ないようで、地元はそこからバスか、時間はかかるが徒歩でも向かえる。交通網も麻痺しているであろう中、立地には感謝しかない。
「もちろん行っておいでよ、冬休みだし、無理にこっちに合わせなくて大丈夫」
「ありがとうございます」
 胸を撫で下ろした。すると、
「せっかくだから、ぼくも手伝いにいこうか?」
 と明るい笑顔を返された。
「え?」
「あ! 無理だったらいいんだ。ただ、ぼくも休みはちょうど予定がないし、いつも鋼にも、鋼のお母さんにも世話になっているからお礼がしたいなあと思ったんだけど……
 雪かきは経験があるよ! といきいきと話す先輩は、細腕を曲げる。彼が雪に負けるほどの非力ではないのは、村上もよく知っている。ただ、量が違う。そこらの雪とは比べ物にならない。
 けれどキラキラと輝く笑顔を無下にはできない。
「わ、わかりました……飛行機、ひとまず取りましょう」
 村上の部屋に、楽しげに共に入ってくる来馬を、どうしてこんなに楽しそうなんだろう、と不思議そうに眺めた。

 ◇

 空港の待ち合わせは、村上よりも来馬の方が早く来ていた。待たせた非礼を詫びようとすると、来馬は「違うんだ」と笑う。
「わくわくしすぎて、ぼくが早く来すぎただけだから」
 航空券を予約したときよりもさらにまぶしい笑顔で言われて、村上は面食らう。つくづく、どうして嬉しそうなんだ、と疑問が浮かぶ。
「あの、来馬先輩、なんだか楽しそうですね」
 とうとう尋ねてみると、目の前の人は恥ずかしそうな顔をしている。
「顔に出ていたかい?」
 はっきりそうです、と言えばいいのか、どうなのか。村上は考えあぐねた。そして答えるよりも早く、来馬は話し出す。
……ぼくね、高校の修学旅行のとき、みんなと一緒に飛行機に乗れなかったんだ」
 あ! 修学旅行自体は行けたよ? と補足してくれる来馬は、さらに続ける。
「修学旅行の前後に、大々的な事業の会合があったり、企業が多く集まるイベントが待っていてね。行きは現地までぎりぎり間に合う別便で一人で、帰りはみんなより早い便で急かされてさ……いろいろ時間が間に合わなかったんだよ」
……そうだったんですか」
「高校生なんだから旅行くらい好きに行きたかったんだけど、父も母もどうにか工夫してくれた結果やむを得ずそうなったんだ。仕方のないことだから、ぼくは割り切ったつもりだったんだけど、」
 村上に向き直った来馬は、晴れやかに笑う。
「鋼が地元へ行くって聞いて、ふと思い出しちゃったんだよね。友達が隣に座ってはしゃぎながら行く飛行機はどんなふうだったんだろう、とか、窓から一緒に見る景色はいつもとずいぶん変わったんじゃないか、とか」
 頬をかきながら、来馬は搭乗券をポケットにしまった。まだ出発まで時間がある。お土産を買いに行く余裕もあった。
「うーん、でも……それが半分で、もう半分は鋼とだから行きたい、というのもあるね」
 来馬が歩く横をついていく。どういうことだろう、と顔を覗くと、ほんのり赤い顔の来馬がいた。
「たしかにあのときの友達とも楽しいかもしれないけれど、鋼と乗る飛行機はもっと楽しそうだし。それに鋼が育った街を見てみたいよ。雪深いところでどんなふうに歩いてきたのか、気になるんだ」
 来馬は「ああ、あそこでお土産を買わないかい?」と話をそらした。珍しく大股で歩いていく来馬に、村上は「あの、」と声をかける。それが館内に凛と響くので、幾人か見知らぬ人が振り返る。慌てて声のトーンを落とし、来馬のそばに近づいた。
「あの……つまりそれって、俺のことをもっと知りたいってことですか?」
 村上は、隣り合わせで取った座席でこれから来馬と空の上へのぼる。そのまえに、確認しておきたいことだった、その席に並んで、二人で過ごす時間のことを。はしゃぎながら二人で、というよりも、自分たちはのんびり話しながらフライトを待つだろう。
 村上だって知りたい。来馬はどんなふうに外の景色を見て、雲の上に着いたらどんな思いを馳せるのか。雪の多い地元に着いて唖然としないだろうか。寒さは平気だろうか。いざとなればカイロは持ってきているし、服も多めに荷物に入れた。
「そうだよ」
 バレたかあ、と間のびした声が聞こえた。照れ隠しをする声だった。村上は心に忍ばせている慕情が、溢れ出しそうになるのを止めるのに必死だった。
 飛行機の上で、聞き出してみようか。どうして自分を知りたいと思ってくれているか。そこに付随する気持ちは、勘違いでなければ自分と一緒であるかどうか。
 クッキーの箱を眺めながら、賞味期限を真剣に確認する来馬が、「お世話になっているしやっぱりこれぐらいいるかな……」とカゴにあり得ない量のお土産を入れようとする。ひとまずそれを制するために、村上は嬉しさでゆるむ顔を抑えながら、実家用にひとつだけお土産を買った。