「鋼、あのね、」

ついに書いた、短い村来。
付き合いたての二人の、ちょっとした小話。勢いで書いたので間違いあったらすみません。

『鋼、あのね、』

「雑魚寝、ですか?」
 村上は目を見開いて来馬を見た。申し訳なさそうに、でも期待を込めた目でひとつうなずかれると、はてどうしたものか、とすぐに期待に応えるべく思案を巡らせる。

 村上にも雑魚寝の経験はある。
 影浦のお好み焼き屋でみんなと食事をしていたとき、突然の嵐に見舞われた。雨と風が窓を叩きつけて、空閑がびっくりした顔をしていた。
「割れたりしないのか?」
 と心配していたが、見た目よりかなり頑強なあの住宅は、嵐の中で平然と佇んでいた。
 しかし、外に出て帰ろうという人間にはつらいものがある。影浦が両親と押し入れから布団を引っ張り出して、広い居間にみんなでごろりと横になった。背の高い当真は窮屈そうなはずなのに、どこかいつもより笑いの取れない顔をしている。ソワソワとした高揚を持ちながら、一人、また一人と眠っていった。
 友人関係の構築に人生の早い時期からつまずいていた村上は、こんな経験をすることも珍しく、やはり落ち着かなくて最後まで起きていた。それぞれの寝息を聞きながら、ときどき寝返りを打つ北添の大きな体を鬱陶しそうにする影浦を見てクスリと笑う。そうすると肩の力が抜けて、いつの間にか深く眠っていた。睡眠のサイクルが浅くなると、みんなで布団を敷いているときの様子や、枕を投げ合った光景が浮かんできた。夢は淡く、やわらかくて、村上の翌朝の寝起きをとても良いものにした。
 起き抜けに、「またやりたいな」とぽつりと言うと、なぜかぐしゃぐしゃと影浦に頭をなでられた。

 ──だから来馬がやってみたい、と言い出したとき、あの楽しかった体験をぜひ先輩にも、と思った。
「でもどうやってやればいいだろう」
 顎に手を当てて逡巡する来馬に、村上は天を見上げる。作戦室の真っ白い天井が、規則正しくマス目状にタイルを並ばせていた。蛍光灯の光が自分たちの影を作る。いつもまっすぐ誰にでも平等に降る光の下で、村上はこんと別役に連絡をした。
 でも正直、今に頼むのは難しいかもしれない。四人の中で唯一の女性だから、気乗りしないかも。そうであれば、三人で布団を敷いて横になるのも仕方がない。
 そう思っていたら、
「なんで? 私もやるわよ」
 翌日の夜、布団一式を抱えて村上の部屋へ押し寄せた今を、上から下まで眺めてしまった。全身しっかり風呂上がりで、パジャマも着ている。別役も、その後ろに続いて嬉しそうに「失礼しまーす!」と入ってくる。
 村上の部屋はそこまで広くはない。元々あるベッドと布団三枚ですぐにスペースが埋まった。敷き布団がしっかりくっつけられ、部屋の中央に来馬が眠る。今はさすがに、いつも村上が使っているベッドの上だ。
「シーツも毛布も、あたらしいのに代わってるから」
「そんなの気にしなくていいのに。でも配慮ありがとう」
 今がやさしく笑い、それぞれが体を互いに向けた。ちょうどベッドを囲んで丸く人の輪ができる。薄暗い部屋のデスクライトだけが灯る中、来馬はちいさく笑った。
「なんだか嬉しいよ、眠れないかもしれない」
「おれもっす! すげー久しぶりだし、今日楽しみでした」
「太一は寝相で迷惑かけないでよ?」
「大丈夫ですって!」
 キラキラ輝く瞳が売りでスカウトされた別役が、ここでも当分眠れそうにないほど体を昂らせて、目を爛々と開いている。村上も来馬も今も、彼には結局甘いから、眠れるまで話くらいは聞いてやろう、と布団に入って電気を消した。

 鈴鳴の敷地から、小さな虫の鳴き声がする。涼しくなった夏の終わりの今日を、惜しむような音。
 別役はほどなくして、しゃべり疲れて眠ってしまった。話を聞いてやりつつたしなめたり、叱ったりしていた今も、疲れたのか寝息をたてている。村上は、虫の音色を背後に、ゆっくり思考を沈ませようと目を閉じた。
 その村上の夢と現の境目を、邪魔をしないようにひっそりとした来馬の声がする。
「今日はありがとう」
 いえ、こちらこそ。と言おうとすると、珍しく来馬が先に声をかぶせる。
「鋼、あのね、」
 ああ、この控えめな尋ね方。村上には覚えがあった。
 ──鋼、あのね。雑魚寝って、したことがあるかい?
 今日のこの集まりの発端になった、来馬の珍しいうかがいだった。「おまえにはいつも頼ってばかりだね」とあとから眉を下げて告げる彼に、村上は何度も首を振った。
 ランク戦で、作戦室で、隊として頼ってほしい。それだけでなく、日常でもこうして滅多に彼から聞かないわがままを言ってもらえることは、幸せなのだと伝えたかった。
 だから来馬がこうして、
「今は誰も起きていないから、……その、手を繋いでくれないか?」
 と言ってきても、もちろんです、と返したくて、食い気味に手を取る。
 きっと自分の手は、少し眠たさを帯びていて温かい。まえに一度だけ、二人きりのときにひそかに握った彼の手を、覆えるくらいに厚みがあるというのも知っている。
「来馬先輩、あの、」
 この細い指に、鍛錬で武骨に育った己の手を重ねることははばかられたけれど、夜に慣れてきた目で向かい合っている来馬を見れば、とても幸せそうに笑っている。
 そして眠る直前のまどろみのまま、村上は静かに続けた。
「俺は願いを叶えられていますか?」
 不安とまでは言わないが、こんなささやかなことで良かったのだろうかという疑問は浮かぶ。けれど、今度は来馬が手を握り返してきた。細い、が、しっかりとした芯のある力で。
「もちろん」
 と言った来馬の表情は、暗がりなのになぜかとても眩しかった。
「また、やろうね」
 そう言われ、村上は嬉しくて歯痒くて、影浦宅で雑魚寝をしたときに友人たちが、締まらない表情をしていたのもわかるな、と思った。いやきっと、あれ以上の感覚。
 またふたたび、頼られる日が来るのを心より待ちながら、村上は目を閉じた。