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gib_fox
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hq治北
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ずっとお腹が減っていた
キスするときの、北さんってどんなんだろう…って思いながら書いたお話。
ふっくらした頬に、一度だけキスをしてみたい。
部活の後の部室での着替えは、汗まみれのTシャツを脱いでベンチに置き、汚ねえ、だの、汗くさいわ、だの文句を言い合いながらケラケラ笑って制服になる行為だと思ってた。そのうちに制汗剤の匂いがしてきて、窓が開け放たれ、誰かが陽気に話し出し、笑いが訪れる。
今日も自分の双子の片割れが、おもしろおかしく色んな話を繰り広げてた。アホらし、と思いながらも一応は耳を傾けて、いらんことを言いそうになったらツッコミにいこ、と心構えだけは作る。同じクラスの角名が一枚、俺の写真を撮った。
「すっごい顔」
知っとるわ、アホ。言われなくても、今の俺が本調子でない顔であることぐらい。
来年、三年生になる。別にその重圧や責任で死にそうなわけではない。ただああいうカッコよさは備えることはできひんやろうな、という勘はある。
三年の先輩方は、それぞれの進路に歩むために背中を見せた。たくましい背中だと思う。力があって、みなぎっていて、それでいてどこか、寂しそうな。置いてかれる俺らの方が寂しいんやぞ、と思いたいけど、そんな気持ちの大小なんて野暮なこと。俺は一人一人と握手を交わして、最後に好きな人の前に立った。
「高校時代、何が一番思い出やった?」ってもしもこの先聞かれたら、バレー以外なら間違いなく今この瞬間や、って言える。好きな人は大きい目の中に、じわりと潤みを含んでいた。それは外に舞い散る桜を映して、ピンク色の水滴になる。透明とピンクに彩られた水はふるりと震えると、目尻に溜まって引っ込んだ。頬に伝うと思ってたのに、あんな風に人は涙を我慢することがあるんやな、と妙な感心を覚え、「店開いたら連絡せえよ」と言われ、こくりと頷く。空はもうすぐ茜色に染まるのに、あの水に浮かんだ桜のせいでピンクが頭から離れない。それは好きな人の涙だったから、余計に。
恋はするもんじゃない。胸は痛いし苦しいし、飯は喉を通らない時もあるし。「治が飯を食わんなんて、やばい」ってそれしか語彙のない侑が心底嫌そうな顔でこっちを見てる。やばい、やばい。と側で言われてイライラした。そんなん、俺が一番わかっとる。
その時から俺はずっと、桜に囚われて腹を立てている。呪われたのかもしれないが、だとしたらせめて飯をしっかり食わせてくれ。空腹なのに飯を前にすると箸が動かない。恐ろしい病、恋。
この病を治すには。そうして辿り着いた答えが、冒頭だった。
◇
「ええよ」
キス、しても。
店を建てていよいよ明日にはオープンするっていう眠れぬ夜中、北さんはあっさりそう言った。あまりにさらりと言うから、俺の好きな人はいよいよ雄大な海か、山になったのかと錯覚する。しばらく口を開けて呆けていたら、桜の花びらが引き戸の前にチラチラと舞う。
北さんたちが卒業した日も、ソメイヨシノは散っていた。相変わらず主張をしすぎない可憐なピンク。俺の脳裏にいつもチラつく色だから、開店する日は絶対に春にすると決めていた。出会いと別れの季節に、前によく寄ったなあ、って思い出してもらえるような店にしようと。社会人になっても来てええよ、ってほんのちょっとだけ大人な俺が言うとこまで想像した。
でも、そんなカッコつけた大人は、フタを開ければ下心満載。やっぱりカッコよさは備えられなかったし、病を解決する策がキスしかないなんて。北さんはさっきと変わらず、できたばっかりのカウンターに座って茶を飲んでいる。
「失礼、します」
そう言って、隣に座って長い間を作る。気まずい。男で後輩の俺から受けるキスって、どんな感じなんやろう。俺で言うたら、理石にキスを受ける、みたいなことか?
「あかん、北さん、ほっぺたバージン大事にして」
「何やそれ、いくじなしやな」
ほっぺたバージンて何やねん。真顔の中にうっすら笑みが近頃混じるようになった。いい米ができた時の顔と変わらない。その顔が近づいて、ちゅ、と吸うような音がして離れていった。
「こうしたいと思っとったの、お前だけやないぞ」
間近で見つけた北さんの目は、やっぱりまたピンクの水滴を浮かべてる。桜の映った色や、と思ってたけど、どうやら違う。これは北さんの肌が白いから、血液の赤さが混じってピンクだった。冬が終わって日焼けが抜けてる北さんの手を取れば、俺よりも白くて、でもたくましい。血流を感じるのは腕に浮くわずかな血管と、この目の色だけ。この人がは生きてる、と思うと熱くなる自分がいる。まだ肌寒い夜の空気の中を切るように、腕を伸ばして北さんに向けた。
す、と息を吸うと、北さんの匂い。鼻から肺へ、肺から酸素を通して全体へ、そして最後に外へ抜ける。抜けなきゃええのに、と思う傲慢はむくむくと頭をもたげる。いっそ支配されてしまえ、と体に投げやりに呟くけれど、残念ながらうまくはいってくれない。
それなら。
唇に触れた弾力はしっとりしていて柔らかかった。頬は柔らかくて、鼻は固い、額は固さもあるけど鼻よりは温かい。
何度も何度も繰り返し、北さんを取り込んで満たしていくのは心地良い。高校時代から今までを、取り戻して吸い込んで。まだまだ欲しい、喉が鳴る。少したじろぐ北さんに、上目遣いで無言なれどお願いして、唇に唇をそっと触れて離した。大人になっても臆病な俺を、笑わないでじっと見て、ふっとまぶたが閉じた時、キスを待ってくれる顔になる。
それは春の匂いと、さらさらとした肌触りと、目一杯の愛おしさで心臓が爆発しそうな俺の感情をぶつけるのを受け入れてくれる顔で、少女漫画みたいに何秒も目の前で待てるわけがない。
よお待てるよな、漫画の子らは。俺は無理や、一秒も惜しい。
北さんの肩と頭を抱いてキスするコンマ数秒、嬉しくて笑うと相手も笑った。もう飯がたらふく食えそうや、できれば目の前の人とずっと一緒に。
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