想い想われ

細かいことを気にしがちな花巻くんと、ぐいぐい攻めてるのに一向に恋心に気づかれない松川くんの攻防戦

想い想われ

 松川は、いつも事後報告だ。
「これ、出しといたよ」
クラス共通の提出物、俺のが一緒に挟まってたから持っていってくれたらしい。
「ボール、片付けたから帰ろ」
いつの間に。俺が後からやるから、って言いつつバタバタしていたら、終わらせていた。
「ああ……あの子。うん、告白、されたけど……断ったよ」
 ある日の松川が顎にニキビを作ってた。想い想われ振り振られ、顎にできるのは想われたらできるんだったか。小さくポツンとあったそれを揶揄うように、「最近あの子と仲良いもんな」と言ったら、返ってきた答えがこれだ。
 お肌のケアは大事だってうちのキャプテンが帰りしなこいつに言ってたけど、その時は気のない返事で誤魔化してたのに。
……へえ、そう、なんだ」
ロボットみたいにギクシャクした俺の相槌に、松川は横からじっと覗き込んできた。言ってなくて、ごめんね? 明確な言葉を言わないくせに、いつもよりちょっと唇尖らせて、ちょっと眉毛も困らせて。
 う、何だよ、かわいいな。こうやって末っ子気質のこいつは甘やかされて許されてきたんだろうな。でも、
「別に、何でも俺に報告する義務があるわけじゃねぇし」
ツン、として、ふい。そんなツレなさで俺は目を逸らして先を歩く。カラスがカアカア鳴いて、俺のことをバカにするみたいに一羽飛んでいった、そんなことしたって大の男がかわいくねぇぞって言ってるようで。くっそぉ、そうだよ、俺なんてかわいくない。
 癖毛で背もデカくてつり目のタレ眉で今はニキビも作ってる奴で、こんなあざといことしてくんのに、どうしてかかわいく見えて全て許される松川とは違う。
 そして、そんなこいつを好きな、あの柔らかくてふわふわした、きれいな女の子たちとは。
 俺だって。
 性別が違えば、きっと勇気を出せていた。制服のスカートを翻し、年下ならば緊張して、同い年なら連絡先を聞いてたりして、年上だったら気取ったフリして見つめてる。
 肩幅は広いし体つきはゴツい。女子が廊下で話しているのを見るたびに、違う生き物だと痛感する。あの細い腕を、腰を、いつか松川は抱くんだろうな。そう考えたら勝手に足は早くなる。「花巻」って言う後ろからの声を聞こえないフリして。
「俺、いつもさ、ニキビとかできたら、潰しちゃうんだよね」
 俺に追いついた松川は、また顔を覗き込んできてそう言う。何だよそれ、お前のスキンケア事情どうでもいいんだよ。むしろ潰したら、ケアじゃねぇし。眉を潜めてこいつを見れば、目がバッチリ合った。今度は松川が、ふい、と視線を外す。
 あれ、何でお前、顔赤いの。
「でもこれ、潰さないどく」
はにかんで嬉しそうな松川は、頬を掻く。日暮れの色に染まる横顔は、やけに似合って大人びた表情を作る。
「だって花巻、俺のこと想ってくれてたってわかったし」
 女の子からの想われニキビは、気づけば俺にすり替わってた。そんなの勘違いだ、って言ってしまえば早いのに、俺はじっくり松川をここぞとばかりに眺める。
「いつから、気づいてた?」
俺は一ヶ月とちょっと、こいつより年上だから、気取ったフリして見つめてやる。う、と言葉に詰まる松川。本当なら逆の立場でもおかしくないこの問答に、こいつはボソボソ返事をする。
……確信を持ったのは今。でも、前から、何となく思ってた」
ほら、やっぱりいつも事後報告。わかった時点で言えばいいのに、俺が懐に来るまで絶対に言わない。ずるいけど、わかる気がする。そういう俺だって、たった今お前にバレたこの気持ちは、初めて出会った時から抱いてたから。
 つまり、俺も「好きになってました」という事後報告なわけで。
……気持ち悪ぃ、とか、ねぇの?」
 さあ松川、どう出るか。返答次第で俺の気分は天国か地獄か、数分先の自分の未来をこいつに定められるのだ。心臓の音が鼓膜を通ってうるさく鳴る。悟られないように振舞うことで精一杯。松川の薄い唇は、存外時間をかけて一向に開かれないからやきもきする。
 告白って、こんな気分か。今まで俺や松川に一歩踏み出して気持ちを伝えてくれた女の子たちの心がわかる。これはすげぇ、体に悪いな。ドキドキも、ハラハラも、興奮も、冷や汗も、一気に押し寄せる。よく耐えられるな、皆。俺はもう、こんなの一生に一度でいいかも。あ、じゃあもうこの一回で終わりだな、なんて思っていたら。
「ないよ、だって俺も、好きだったから」
 ……は? と間抜けな俺の声は道端に散らばる。
……から」
「え?」
「いつからだよ」
ちっともかわいげのない地を這うような声を出したから、松川は怯えた。
「い……
「い?」
「一年の、時から」
「はあ〜? お前、ほんと……言えよ、そういうことはさ……
道ゆく人が、俺たちを振り返って見る。喧嘩か? と周囲に思われるのも無理はないかもしれない。長身の男が一人は逆ギレして、一人は弁解してて。
 これが、二人とも照れ隠しでやってるだなんて、まさか誰も思うまい。
「花巻、気づいてんだと思ってた」
松川は傷ついた顔になり始めた。何でだよ、何でお前がそんな風になるんだよ、俺の方がなりてぇのに。
「だって好きでもない奴の提出物出しにいかねぇし、後片付け手伝ったりもするわけなくない?」
松川は一歩、俺の方に踏み出した。
「しかもそれを、やっといたよ、だなんて後から毎回伝えてさ、花巻にちょっとでも良く思われたくて」
観念してベラベラネタばらしする松川は、俺の前に立ちはだかる。真っ赤な顔は夜色に紛れているから、ちょうど俺にしか見えない角度で視界に入ってくる。
 よろしくない。大変、よろしくないぞ。
 だって、これをかわいい、と思えてしまうほど、俺の想いは大きいんだから。
 ってことは、だ。俺たちは同じ気持ちで並行したままずっと今日までを生きてきて、俺もお前も、想ってばっかりだと嘆いてたら、想われていて。
 拗ねてむくれる松川に、俺は、はは、と笑う。
 一生に一度のことなら、勇気を出さなきゃいけないよな。それは男も女も、年上も年下も、かわいいもかわいくないも関係ない。そんな細かいことは、問題じゃない。
「じゃあさ、ちゃんと言い合う? 実はずっと好きだった、って、事後報告」
 これからも好きだから過去形やめてよ、って膨れる松川を見て、ますます愛しさが止まらない。