小雨
2024-10-18 21:53:24
2252文字
Public おはなし
 

きみの色

あた面 展示用小説

 まだ面堂と出会ってすぐの頃だった。あの頃のあたるは面堂のことを全然よく知らなかったし、面堂にとってもあたるはそういう存在だった。ただの同級生、気の合わない級友、女の子を口説くときに邪魔な存在。まあ、最後のは今でもそうかもしれない。
「きみは日記をつけとるのか?」
 その一言で始まって以来、面堂はその日一日しつこくあたるに絡んできた。
「なあ〜教えてくれよ〜、きみは日記にどんなことを書くのだ?」
 どういうわけか面堂は、あたるが日記をつけるということがおかしくて仕方ないらしかった。ラムが持ってきたあたるのあしたの日記を一目見て以来、面堂は機会さえあれば笑い続けている。そのうえ、普段は女の子が絡まなければあたると話すこともないのに、こうして寄ってきては話しかけてきた。
「やめろ、アホ! いちいち引っ付くな!! どーゆー距離感しとんじゃ」
「だって、だって……わはははは! 諸星が日記! 諸星が!!」
「ほんっと、むかつくヤローだな~!」
 面堂はまた笑い転げている。本当に、何をするにもくどい男だ。おまけに近くで二人の様子を眺めている女の子たちが、ほほえましい光景とでもいうようにこちらを温かい目で見ている。こんな男がおなかの底から笑っていても全然心休まる光景ではないと声を大にして言いたい。
「おまえこそどーなんだよ。人に聞くならまず自分から話すべきではないのかっ!?」
 ヤケになってあたるがそう切り返すと、面堂は虚を突かれたように目を丸くした。それから、ふふんと得意げな顔で胸を張る。
「日々の記録くらい、もちろん付けているに決まっているだろう。ぼくを誰だと思っとるんだ」
「だったら人が日記をつけている程度のことでそんなに面白がることもなかろ~が!」
「何を言うか、ぼくときみとでは雲泥の差があるじゃないか!」
「ふんっ、ど~だかな~。ラムの妙な星座占いで出た結果を忘れたか?」
「あ、あれはきっと何かの間違いだ!」
 言いながら、面堂はポケットから白い表紙の小さなノートを取り出した。
「ほら、きみとぼくとが全然違う存在である証拠ならここにちゃんとメモしてあるぞ!」
「なんじゃ、そのノートは……
 面堂はノートをぱらぱらめくって、中身を読み上げる。
「えーと、『諸星、意地汚い。授業中に早弁をする』、『諸星、デリカシーなし。女性にしつこくしてひっぱたかれる』、それから……
「おのれは人に断りもなくそんな失礼なもん書いとるのか!」
 おまけに面堂は胸に差していた万年筆を抜いて、新しく何か書き始めた。
「『アホの諸星、アホのくせに日記をつけている』……、と」
「こらっ、アホのくせにとは何だ!」
 あたるは隙をついて面堂の手から小さなノートをぱっと奪い取った。
「あっ何をする、返せ!」
「『面堂の陰険ヤローはすました顔でいやみったらしいメモをつけている』……、と」
「おい、勝手に書くな!」
「だからそれはおれのせりふじゃ!」
 面堂はあたるから奪い返そうと手を伸ばすが、あたるはそれを避けて腕をぱっとひっこめる。
 お互いに夢中になってノートを取り合い、もみ合いになって体勢が大きく崩れていく。
「うわっ!」
 そして最終的に足がもつれて面堂もろとも転んでしまった。
「ほれみろっ、おまえが無理に――
 という言葉は途中で途切れた。あ、と思う。
 倒れた結果、あたるは気が付かぬ間に面堂を押し倒していた。
 こんな形で面堂の顔を間近に見たのはこれが初めてだった。
 こうして見ても、なんでこんなやつに女の子たちがあんなに夢中になるのかはよくわからなかった。確かに顔のつくりはあたるたちよりいいかもしれないが、男にまったく興味のないあたるには、それもいまいちピンとこない。ただ、一つだけ。
 こいつ、こんなに深い色の目をしていたんだなあ、とあたるは思った。
「おい……
「ん?」
 気が付けば、面堂が呆れた顔であたるを睨んでいた。
「いつまでそうしてる。はやくどかんか!」
「あ、うん……
 はっと我に返ったあたるが慌てて立ち上がる際に、面堂はあたるからノートを取り戻していた。また万年筆で何か書き始める。
「えーと、『諸星、注意されなければぼーっとして動かない』……、と」
「まだ書くか、本当にくどい男だなきさまも!」
 あたるが怒っても、面堂はしっかり最後の文字まで書き終え、満足そうに懐にしまった。そのとき、女の子が面堂に声をかけた。
「面堂くーん、ちょっとこっち来てくれる?」
「はいはい!」
 面堂はぱっとそちらに笑顔を向け、女の子たちのもとへ向かおうとする。あたるは面堂の背中を見たとたん、反射的にハンマーを面堂の無防備な後ろ頭にどかっと振り下ろしていた。
「きさま、いきなり何をするかっ!!」
 面堂はすぐ振り返って、あたるの胸ぐらをつかんで引き寄せる。
 あたるを映した深い夜の色が、すぐ目の前で怒りに燃えて輝いていた。
 あたるはへらっと笑った。
「いや~、おまえが殴りがいのある頭をしとるから……
「ぬゎんだとこの無礼者!」
 面堂はあたるを睨んだまま、「だいたいきさまという男は……!」と、次から次へとあたるへの悪口をポンポン言い連ねていく。なんだノートなんかに書き残さなくても全部暗記しとるじゃないか、とあたるは思った。
 そしてあたるは、面堂と顔を間近に突き合わせたまま、授業が始まるまでの間ずっと、面堂に好きなだけ喋らせていたのである。