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zxzx1231
2024-10-18 21:33:07
5127文字
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都合の良い欲
一度振られたカブルーと豊作祭の夜のカブミス
子どもの頃、甘いものはあまり食べさせてもらえなかった。
そもそも食に興味の薄い家だったし、嗜好品の類を毒だと思っている節のあった母が、自身の子どもである自分にも与えることを避けていたのだ。
正直なところ、好きに甘いものを食べている同世代の子どもたちを見て羨ましいという気持ちは強かった。一度、兄の錠剤を飲んで叱られたこともある。それは変に甘ったるくてあまり美味しいとは感じなかったと思う。
街の祭りへ一度だけ出かけたことがある。いや出かけたというには語弊があるだろうか。ただ、いつもであれば祭りの日は城で開かれる祭典で退屈な時間を過ごすばかりだった自分には夢のような時間であったことは確かだった。
祭りの当日、古くから付き合いのある知人が遠く離れた土地から船を乗り継ぎ、やっと今日港に付くからとわざわざ自分から出向こうとする父に同行したのだ。父の考えていたことは分からない。ただ冷えた灰色の瞳で「お前も来るか」と聞かれてミスルンは頷いたはずである。
石畳を踏みしめて進む馬車が街を進む。窓からそっと外を見てミスルンは衝撃を受けた。色とりどりの菓子が露店へ並んでいる。それを買って貰った子どもたちがその場で口に入れてはきゃらきゃらと笑っている。
港へついて父の知人という男に挨拶をした時も、帰りの馬車の中でも、退屈な祭典中もそれはミスルンの心を奪い続けた。
あれはどんな味がするのだろう、という想像ばかり膨らんで仕方なかった。
答え合わせができたのはカナリア隊に入って初めの年だ。調査のために上陸した街は露店や人で賑わっていた。その中でミスルンは子どもの頃にみた色合いの似た菓子を見つけたのだ。仲間たちに「そんなものを買うのか」と笑われながら買ったそれを、一人になった時にかじってミスルンは、私はこれが食べたかったのか、とひどくがっかりした気持ちになった。菓子は安い材料を使って作られているのだろう。舌に残る砂糖の甘さがしつこかった。
つまりだ。結局は想像のままで終わらせておけばよかったのだ。
食べなければ想像の中に浸っていられた。想像が現実を超えることは大概の場合ないのだから。
「ということでお前とは恋人にはなれない」
目の前の男にそう告げれば、彼は腕を組んで眉を寄せてウン
…
と唸っていた。
あなたのことが好きです、と一大決心の顔をしてそう言った男に対して、ミスルンは今懇切丁寧に断りの返事を返していた。
「期待に応える男ですよ、俺は」
「悪食王に相手には空回りしている姿をよく見かけるが」
「ライオスだけに限定されると困ります」
いつも通り謁見というにはラフな形でライオスの元へ通され、いつも通り迷宮の魔物の様子を彼に報告した後、彼に呼び止められた。話があります、という彼に連れられたのは街が一望できる城の展望塔で、「いい場所でしょう」と言う彼に頷いて、それからつらつらと世間話をしていれば、急に口を引き結んで黙って見せた。「どうした」と声をかけたミスルンを見る青年の顔は昔見慣れたもので、ただ、彼はこういう時こういう表情になるのか、とどこか他人事のように思っていた。
「
…
まだこういったことには抵抗がある気がする。私は『それ』で悪魔に欲を食われたから。それに今の私とお前との関係は良好なものだと思っている。その関係を維持したいと思うのも一つの欲じゃないのか」
そう首を傾けてみたミスルンに、難儀なことだなあ、と青年はため息を吐いてみせた。
だが、ミスルンのその返答は彼の矜持に火をつけてしまったらしかった。
「俺、諦めが悪いんです」
そういう彼は今し方失恋したとは思えない顔でミスルンを見据える。
覚悟してください、と言う闘志の宿った瞳は穏やかでなく、ミスルンは少しだけ笑ってしまった。
###
暖かくどこか甘さの混じった匂いがする。牛乳に、南瓜に
…
この香りはシナモンだろうか。甘くスパイスの効いた匂いは心地よく鼻先をくすぐった。
「隊長」
パッタドルが慌てて駆け寄ってきたのに、視線を向ける。鮮やかなオレンジ色のリボンを首元に結んだ彼女は、ミスルンの姿を見て焦ったように声を上げる。
「まさかいまお帰りに?」
「うん。
……
今日は祭りだったか」
迷宮の中で一人で過ごしていると時折時間の感覚が狂う。今回は長期で潜っていたので予定していた時間より一日出るのが遅くなっていたらしい。鎧についた魔物の血はあらかた拭ったが、それでも布に沁み込んだ汚れはそのままだった。夜であれば汚れに気づかれることは少ないだろうと帰路に街の道を選んだが、祭りのために吊るされたランプや、そこかしこに置かれたランタンから漏れる蝋燭の明りの中で、暗闇に紛れることは難しそうだった。
パッタドルは辺りを見回したあと、「こちらへ」とミスルンを人通りのない路地へと背中を押す。
「申し訳ありません。一旦こちらを
…
」
「うん」
声を潜めつつそういうパッタドルに渡されたのは白い布である。肩からこう
…
と彼女のジェスチャー通り布を広げ体を覆う。
「
…………
」
「
…
すぐに屋敷までご案内しますので」
腕のあたりにゴーストの顔が描かれている。おそらく子どもが被る布だったのだろう。数枚彼女の腕の中にあるで、配っている途中だったのかもしれない。外交官としてこの国に滞在している彼女は確か、祭りの開催側として今回参加していたはずだった。
遠くで「パッタドルさん!子どもたちに布を」と呼ぶ声がする。
「わ、どうしよう
…
でも
…
」
「私は大丈夫だ。ここにいる」
なんなら一人で帰れる、と言う言葉は留めた。人がたくさん居ると地理が曖昧になる。しかも今回帰路として選んだのは普段あまり通らないルートだった。最近もそれで迷子になって彼女を困らせたばかりだったのである。案内してくれるというのであれば、頼んだほうがよいのだろう。おそらく大丈夫だとは根拠なくミスルンは思っていたが、下手に出歩いた結果血を見られて騒ぎになるのは避けたかった。
「すみません、すぐ戻りますので!」と頭を何度も下げ背中を向けた彼女を見送る。祭りの広場は路地から近く、顔見知りを何名か見つける。皆楽し気で、祭りは滞りなく行われているようだった。
ミスルンはそっと祭りを見守ることにした。実際、パッタドルを待つばかりですることもなかった。
「
……………
」
橙の明りが皆の顔に落ちている。少し肌寒くなった気温と合わせて、まるで夢のような光景である。
視線を巡らせる中で、自然、彼のことも見つける。
菓子を子どもたちに配るのが今回の彼の役目らしい。何人か同じく子どもたちに菓子を配る大人はいたが、彼のところは特別大盛況なようで、少し困ったように苦笑いを零している。
ミスルンはどこか胸がすいた気持ちになって鼻を鳴らす。
あの日から青年はミスルンへ正攻法でアプローチする形に切り替えたらしい。屋敷へ届く手紙には気障な口説き文句をしたためて。ミスルンと顔を合わせる時には花を一輪必ず携えて。食事に誘われることも頻繁になった。「俺も一緒に
…
」と喜色を浮かばせたライオスが声を掛けるのにも「いまデートに誘ってるんです」ときっぱりと跳ねのけてみせた。
いつの間にかカブルーがミスルンに『執心である』ということは周知の事実のようになって、どこから漏れたのか兄から届いた手紙に「お前に夢中なトールマンの青年がいるらしいじゃないか」と揶揄うような文章がつづられていたのには返事を返さなかった。外堀を埋められているとはこういうことを言うのだろう。
特になんとなしに彼の姿を見ていたが、気配に敏い男である。ふと顔を上げた彼と視線が合ってしまった。彼は眉を上げて、並んでいた子どもたちにこちらを指さしたあと、片目を閉じてみせた。そしてそのまま自分を囲んでいた子どもたちの輪から抜けでてこちらへ向かってくる。
子どもたち(特に少女たちだ)は口元を抑えてこちらを見ている。大方また気障ったらしい言葉を撒いてきたのだろう。
「ミスルンさん、来ないかと思いました」
そう笑う彼はオレンジ色のリボンを首元のシャツに結んでいる。パッタドルもそうだったが、この色がこの祭りのカラーのようだ。
「迷宮から今帰ってきた。
…
本当なら昨日帰るはずだったが」
「探索にまた夢中になったんですね。その布は
…
パッタドルにでも被せられましたか」
「魔物の血で汚れていたから。あいつが屋敷まで送るというのでここで待っている」
「なんだ、それなら俺が送りますよ」
ちょうど、手も空きましたし。そう笑うカブルーをミスルンは見上げる。
「適当に抜けてきただけだろう」
「大事な人が待ってるって言っただけですよ」
最近は彼と二人で話しているだけで、周りの視線が集まるのを感じる。宮殿ならず、街の中でも。
「
…
その気がないならお前の誘いを断れと言われた」
「誰に」
「シスヒスに」
「ああ、手紙のやり取りをしているんでしたっけ」
そういいながらカブルーがミスルンへ近づいて、頬へ片手を当てる。せっかくの祭りだ。アルコールでも飲んでいるのかもしれない。頬が薄っすらと赤い。親指が頬を撫でて、目元を擦った。指はそのままこめかみを辿り、右の瞼の上を滑っていく。義眼の形をなぞるような動きは、心地よい気もしたし、うなじがピリピリと粟立つような気もした。
こういったことを許す程度には彼に好意を抱いていた。
―――
だから彼にとって、ミスルンはあの頃の菓子にはなりたくなかったのだ。
「お前に落胆されるのが嫌だ」
ミスルンの言葉にカブルーはすこしだけ目を見開いた。右瞼を擦る指が止まって、こちらを青い目がじっとみる。
「お前は私のことを買い被りすぎている。私はきっと、お前の期待に応えられるほどの男ではない。お前は人間をたぶらかすのが趣味だし、私が『普通』とは異なることがお前には魅力のように映るのかもしれない。だが、特に私のことを深く知ったところでお前の望むものは何も出てこない。今も昔も私はどこにでもいる、普通のエルフだ。全てを一度は失った私を支えた周囲に感謝こそすれど、根本のところは何も変わっていないと思う。
……
この見た目が好みというのであれば話は違ってくるが」
そう言って瞼を撫でる手を左目でそっと見る。若いトールマン。エルフでいえば少年ほどの年齢の青年だ。一時の熱に浮かされているだけなのだとミスルンは思っていた。
「
……
俺があなたに失望を?」
「ああ。きっと想像しているよりよい人間ではないぞ、私は」
「あなたが俺にガッカリするってことではなく?」
「?そうだが」
「
…
なるほど」
そういうことかあ
…
と頭を掻いてみせたカブルーにミスルンは首を傾げる。しっかりと彼の好意を断ったのはこれで二回目だ。だが、カブルーはさして落ち込んだ様子もなく、ううんと唸っている。
「
……
俺、昔あなたのトイレの介助もした男ですよ。今更じゃないですか」
こちらをジトりと見る目はこちらを責めているようで、ミスルンは更に良く分からなくなった。
「
…
私はお前と恋人になるつもりはないと言っているんだが」
「いや、だからね。
…
ううん
…
そうか。失望されたくないなんて欲があるからいけないんだな。分かりました」
なにが、と問う言葉は無視されて、青年がまたミスルンへ一歩近づく。鼻先が触れ合うほどに近い距離にある彼からはシナモンとメイプルの甘い香りがする気がした。昔食べたあの時の菓子の香りに似ている。
「俺ならあなたを余さず食べてあげられる」
そう言って腰に添えられた手がゆっくりと背骨を伝ってミスルンの肩甲骨を撫でた。
「骨まで全部食べて食い残しなんか絶対に出してやらない」
あなたが嫌だと言っても。
悪魔のような囁きだ。甘い菓子のようにそれはミスルンの頭をぼんやりと揺らす。
まるで誑かされていた。そういえば、と頭の片隅で気づく。豊作祭自体、恵みをもたらしたる神へ感謝を告げる目的があったはずだった。彼は神ではない。だけれど、たった数年でミスルンの中にするりと入り込んで、すっかりいて当然のような存在になった男。
彼が己へ与えた恵に値する何かを、そういえばまだ返していない。彼が望むものを返してもいいのかもしれない、そんな言い訳じみた考えが頭を掠める。
「あなたの家へ行っていいですか」
そっと耳元を撫でる指に震える。
唾液が口の中に溜まる。それはまるで甘い菓子を目の前にしたように。
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