大学の長期休暇の時期は自身の手がける研究を第一とする。カンパニーのダイヤモンドにさえ受け入れさせた条件を、今他でもないレイシオ自身が破っていた。
事の始まりは階差宇宙――スクリューガムが個人的に立ち上げたプロジェクトである。当初のうちは、レイシオは演算結果の検証を行っていただけだったのだ。確かに主題を考えれば、人の世を真っ先に捨ててしまった天才達には演算の正誤を確かめられない。
スクリューガムはそんな面々の中では随分まともな部類であるはずだが、彼もまた星の主という存在である。星海の下で暮らす人々へ向けるまなざしは、そもそも同じ高さにあるべきものではない。であれば、他者に協力を求めるのは当然で、自分こそが適任と自負してレイシオは彼の誘いを受けたのだ。
軽い比重でしかなかったはずのそれに、いつの間にかずっぷりとはまり込んでしまっていたわけである。最初は検証がメインであったはずがあれやこれやと提案を始めてしまい、スクリューガムはレイシオの干渉を拒まなかった。
彼との対話や議論は心地よく、結果として今期の博識学会で発表する予定だった研究テーマを完全に放棄してしまっている。まあいいか、くらいの軽い気持ちで。この好機と比べれば他の事など有象無象と呼ぶべきものに成り下がるというのは、学問を志すものであれば理解してもらえることだろう。
二人の体内時計はすでに大分狂ってしまっているので、座っている椅子に振動機能を仕込んで強制的に作業を切り上げ、強引に休憩時間を設けるようにしている。アラームでなんとかなる段階はもう残念というべきか、とっくの昔に過ぎてしまっていた。
スクリューガムに用意してもらった華やかな香りの強い紅茶を口にしながら、無意識に議論の続きを検討しそうになる思考をレイシオは押し留める。これでは発声機能くらいしか落ち着けられない。隣で同じように紅茶を嗜み、たっぷりとバターを使った菓子を口にしている彼には休憩などは不要だろうが、体力の限界というものがあるレイシオに合わせて自身も小休止を取ることに決めたのだとか。
種族の差でどうしようもないとはいえ、同じペースで作業を進められない点について彼に謝罪したことがある。そうすると少し彼は黙り込んでから、有機生命体の速度に合わせるのを好ましく思うのだ、とスクリューガムはレイシオに告げた。
レイシオが生まれるよりもずっとずっと前、有機生命体は無機生命体を脅威と捉え迫害をしていた。もちろん、歴史の知識としてレイシオはその事実を知っている。その世界に逆戻りしないために、双方が現在に至っても働きかけを必要としていることも。
スクリューガムはその努力を続ける最たるひとである。そもそも、彼がいなければ自分達の意識改革は行われないままだった。レイシオのように無機生命体を異なる存在と認識しながらも、自然に隣人と捉える者もきっといなかっただろう。
あなたのような人と同じ世界を見ることが、ただの夢でしかなかった頃があった。この日々は夢の先にあり、なお夢のようであり続けるものなのだと、彼は酷く落ち着いた声でいつもよりゆっくりと口にした。
有機生命体との共同プロジェクトは純粋に自身の好奇心と知識欲を満たすものであると同時に、過去の自身を労うものであったのだと最近気がついたのだとスクリューガムは言う。今まで共同でプロジェクトを立ち上げた方達は少々特殊な部類でしたから、と少し冗談めかした調子で続けられて、レイシオは模擬宇宙の面々を思わず思い浮かべてしまった。
彼女達と比べられてしまえば、レイシオなんてかわいいものなのかもしれない。そもそも彼女らが医学的にまっとうな睡眠時間などを必要としている姿からして想像できなかった。いや、もちろんレイシオだって一般的な有機生命体よりも気力も体力もある方ではあるのだが。
とかく、そういう話をされてから、レイシオもまたこの時間を大事にしようと思えるようになった。こういう一見何も生まなさそうな時間こそ、彼が望み、彼の民達に与えたかった最たるものであるのなら。
そうして、その瞬間にほんの少しだけ、先々のことを考えるわけである。目下で言えば件の発表の処理の仕方であったり、はたまた彼に抱き始めてしまっている浮ついた思いであったりを。
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