シノハラ
2024-10-18 20:22:56
2048文字
Public アベンシオ♀
 

しばらく付き合えないアベンシオ♀または恋愛下手に手持ちを全部預けないといけないギャンブラーの話


 知っていた。そう、アベンチュリンのギャンブル性のかけらもない玉砕覚悟の告白に対してレイシオは告げた。
「僕が観念したのもつい最近なんだけど、そんなに分かりやすかった?」
 どくどくと音を立てる心臓に引きずられないように声の調子を保つのは得意な方だから、多分今も普段とそう変わりはしないと思う。それでもレイシオは静かに頷いて見せた。
「君がはっきりと理解していないのも分かっていた」
「だったら教えてくれてもいいじゃないか。教師だって言うならさ」
 アベンチュリンはとあるナナシビト経由で聞いたレイシオによるレイシオとアベンチュリンの関係の評価について、実のところ少々根を持っている。それまで、レイシオの距離感は独特なものがあるとは感じてはいたのだ。あれやこれやと口に出して来るのに、さほど好かれているようにも思えない。
 カンパニーで仕事を始める前に教育は十分に施されたが、学校の教師というものをアベンチュリンは知らない。告げ口をしにきた友人も、平穏無事な人生を歩んで来ていなかったので役に立たなかった。結局比較的安定した星に戸籍がある部下を捕まえて、教師とはそういうものなのかと尋ねるとそうかもしれないと曖昧に肯定された。
 言われてみると教職に就く人は他者に対して特殊な愛着を持っているのではなかろうか、と彼は言った。新人教育をする身分になった時に割に合わないと思ったのに、もっと大変な奴らを育てて早ければ一年とかでさよならでしょう。彼らには基本的に利益の還元の概念がなくて、思考回路が我々と全く違うんじゃないかと思うんです。
 そんなふうに彼は言って、レイシオを思い浮かべながらあながち間違ってもいないのだろうとアベンチュリンは結論付けた。アベンチュリンにはよく見えない、彼女の愛情と呼んで良いかも分からないもの。いつの間にか、アベンチュリンはその片鱗を探すようになってしまった。
 たとえば、アベンチュリンのSNSのポストを見た形跡を必ず残してくれるところ。たとえば、本当は放っておいても勝手によしなにしてくれるアベンチュリンのペット達の近況を尋ねて、アベンチュリンが適切に帰宅できているか推し量ってくれているところ。
 たとえば。アベンチュリンが一生付き合わなければならず、薬を用いても緩和しか叶わない症状の一時的な増悪を認めても、積極的な治療行為を選択せずに気を紛らわすに留めてくれるところ。
 その一つ一つが、レイシオの愛情の形なのだと知ってしまえばあとはもう抗いようがなかった。アベンチュリンが適切に学び、成長すれば満足していなくなってしまうかもしれない人。たぶん、ずっとレイシオという人はそういう生き方をずっと選んできたのだ。
 彼女を象る道行きがこのような形をしていなければアベンチュリンはレイシオにここまで執着しなかったかもしれないし、したとしても心の内に封じ込めていただろう。けれど悲しいかな、アベンチュリンが愛した人はそういう人なのである。
 彼女に自分の下から去らずにいてほしいのであれば、永遠に不出来な生徒のままでいるか自分から生徒を辞めるしかない。だから、アベンチュリンは彼女の選択を愛しながらも、恨めしく感じてしまうのだ。
……どうしていいか分からなかったんだ」
 アベンチュリンの苦情を受け付けたレイシオは少々視線を逸らして黙り込んだと思うと、思いもしない言葉を漏らした。その声には戸惑いが滲んでいて、ずっと彼女がその動揺を隠していたのだと気づかされる。
「今も、君にどう答えて良いかも分からない」
 いつもならもう少し上手くやれるはずなのに、と言い訳のようにレイシオが零す。彼女が思いを傾けてくる相手にどう対処してきたかアベンチュリンは知らないし、知る機会はもうないのだと思う。
 レイシオ、と呼びかければまだ躊躇いと罪悪感の宿る視線がアベンチュリンに向けられる。彼女が自分を無碍に扱おうとしないだけでアベンチュリンはこんなにも嬉しいのに、きっと彼女にはそれが分からないのだろう。
「僕の気持ちはもう君のものだから、どうしていいか分かるようになったら好きにしてくれていいよ」
「その前に君が引き取りにくるだろうな」
 人の思いは有限であるべきだとでもいうように、レイシオが微かに口角を歪めた。世の中にある色恋というものは確かにそういうものらしい、とはアベンチュリンも理解している。アベンチュリンは量子歴史学派の占い師ではないので、この思いの永続性をレイシオに保証することはできない。もちろん、アベンチュリン個人としてはそう信じたかったが。
「だとしても、それまでは他の誰のものでもない」
 もしかしたら彼女に差し出してしまった思いはもう、自分のものですらないのかもしれない。どうか今は自分の代わりに大事にしまっておいてほしいと願いながら、アベンチュリンは戸惑う彼女がアベンチュリンの思いを取り落としてしまわぬようにそっとレイシオの手を包み込んだ。