su7ga0
2024-10-18 19:02:28
1957文字
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腐った目

審神者を手中に収めようと目論見、虎視眈々と狙うノリとマゴ

 

 寝間着のまま、己の本体だけを引っ掴んで、利かぬ目を凝らして全力で夜道を駆けてきた。
 まさか、刀である自分が「押っ取り刀」を体現しようとは夢にも思わなかった則宗である。
 駆け付けた路地裏の暗闇の中には、孫六の浅葱色の目だけが爛々と浮かんでいた。
 則宗が言葉を発する前に、孫六は拗ねたように言った。
「だってさァ、アイツ。タチの悪いすけこましだったんだぜ? そりゃあ、こうなったって仕方ないさ」
 目の前の黒い男が、襟巻きの下でむすりと唇を引き結び、頬を密かに膨らませている様子が易々と浮かんで、則宗はため息を吐いた。この男は、壮年の身を持って顕現した癖に、存外に子どもっぽいところがある。
……だからと言って、殺す奴があるか」
 則宗は肩を落とし、心底怠そうに言った。
 深く眠っていたところ、突然私用の端末に連絡が入って叩き起こされ、まだ四半時も経っていない。
 ——主人の男をっちまったんだが……捨てるのを手伝ってくれないか。
 のんびりとした低い声音に眠気が飛び、急いで駆け付けてみればこの ザマだ。辺りは血と脂で汚れ、孫六の足元には、元の形がよく分からなくなった肉塊が転がっている。
「それに、やるんならな、もっと巧くやらんか」
 則宗は嫌そうな顔をしながら、汚れを踏まないように注意しつつ辺りを見回す。何も考えずに雪駄を履いて飛び出して来たことを悔やんだ。遡行軍ならまだしも、素足に「すけこまし」の血が付くのは大変気持ちが悪い。
 繁華街の大通りから一本裏手に入った、人が一人ようやく通れそうなビルとビルの隙間。孫六の言う、「すけこましの男」は、そんな隙間で生涯を終えた。男を憐れむ気持ちは特に湧かなかつた。孫六の暴挙の理由に、則宗も納得しているからだ。
「主人があんまりベタ惚れだからさ、そんなに言うなら、さぞかし良い男だろうって、何度かツラを拝みに来てたんだ。でもまあ、見てるとこれが酷い奴でさ」
 孫六は俯き、己の本体の切先で、その辺に転がる肉塊をつつきながら語りだす。ぶよぶよとした塊を見つめる浅葱色の瞳は荒んだままだ。
「ちょっと可愛い顔で愛想が良かったけど、口の巧い男だったよ。子どもみたいな女を取っ替え引っ替え連れて、羽ぶり良く飲みまわって。でも飲み方は汚かったし、金の使い方もクソみたいで、挙句、優秀な金蔓女が出来たって仲間に自慢して」
「まあ、お前さんの気持ちは分からんでもない」
「主人は、何でこんな男に引っかかるかね。見る目が無さすぎる」
「自分に自信が無いんだろ。心のどこかで、自分には秀でたところが何も無いと思っているから、金を渡すし、こんな男に引っかかる」
「はあ。こいつに金を渡すくらいなら、自分の為に使えば良かったのに」
「審神者ってのは、金の使い所が限られてて、基本的に貯まる一方だからな。安心しろ。これに幾ら渡していたかは知らんが、どうせまた貯まる」
 ぶすぶすと肉塊を刺して遊ぶ孫六に呆れつつ、則宗は旧知の元へ連絡を入れた。掃除を頼まねばならない。
「おい、これ以上散らかすなよ。割り増しになる」
「なんで」
「なんでも何も無いだろう。大人しく言う事を聞け」
 孫六は「どうしてこんな悪い男にばかり。前の男もろくでなしだった……」とぶつぶつ呟き嘆いている。確かに、審神者の男を選ぶ目は腐っていると則宗も思う。今まで、孫六のように殺しこそしなかったものの、則宗も審神者の男をこっそりと覗き見ては顔を顰める事が何度もあった。
 審神者は、隙のある優しい女だ。だから、悪い男に好かれ易い。それでも、一途なところが危なっかしくて可愛くて守りたくなる、と言えばそうなのだが、いかんせん、審神者の男を見る目は皆無だった。
 則宗は、地にへばり付く肉塊を見つめる。周りをよく見れば、審神者のことを大切にしてくれるものが近くにいるだろうに、と焦れる気持ちが滲んだ。この「すけこまし」の前の「ろくでなし」は、則宗が裏で手を回して審神者と別れさせたのだ。審神者は酷く傷付いて泣いていた。則宗は涙を流す審神者を慰め、また次があるさ、と小さな背を撫でて密かに期待していた。その「次」に、あわよくば自分が、と思っていたのだ。
 正直なところ、孫六が今度の男を潰してくれたことには胸のすく思いだ。だが、どうも、孫六も自分と同じことを考えている気がする。
……悪い男が、痺れを切らして我慢できなくなると、何を仕出かすか分からなくておっかないぞ」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんも」
 審神者の次の男はどんな男だろうか。腐った目は、次こそ自分を選んでくれるだろうか。もしも宿願が叶ったら、孫六が寝首を掻きに来るかもしれないと考え、則宗は密かに嗤った。