めまめ
2024-03-31 23:52:34
3300文字
Public 穂荒
 

しかし観客にはならない

穂荒未満のような穂+荒のような
b級ランク戦第二戦、直前くらい。荒船君を見ているのは好きだけど、見ているだけでは嫌になった穂刈の話

『旧三門市立大学で交戦中の人型近界民は――
――A級隊員の出水、米屋、緑川が合流しました』
 
 まばたきをする度に戦況は変わっているのに、穂刈は蚊帳の外にいた。作戦室のモニターから眺める三門市はまるで映画の舞台に見えた。そして現実逃避のように、一瞬でもそう思った自分を殴りつけたかった。
 吐きそうなほどの焦燥を、役立たずな掌の痛みを、己の無力さを突きつけられたあの日を、忘れることなどできない。
 穂刈のトリオン体はツノ付きと呼ばれる人型近界民によって破壊された。荒船隊の射撃は防がれ、反撃と思われる光の束を視認した直後、穂刈の生身はベイルアウト用のマットに沈んでいた。
 防御どころか、狙撃ポイントから動くことすらできなかった。
 何が起きたか理解できずにいた穂刈だが、やがて三つあるうちの真ん中のマットだけが空いていることに気づく。
「おい! 半崎!」なかば呆然と倒れていた半崎も、穂刈の声にがばりと起き上がり、
「穂刈さんまで」と呟いた。
 加賀美のデスクまで駆ける。嫌な汗が止まらなかった。加賀美は駆け寄ってきた穂刈達に目もくれず、荒船隊の中の唯一の生き残りである荒船の支援を続けている。
 ――これは訓練ではない。
 緊急招集がかかった際に、忍田は全員にそう告げた。
 そうだ。もしランク戦であれば終了後に反省会を開き、次の試合に備えることができる。だが今は違う。
 新型トリオン兵の攻撃を受けた一部の隊員はキューブに変えられ、囚われた者すらいる。なら荒船が、例のキューブにならないという保証はない。少なくとも基地にいる穂刈より圧倒的に危険にさらされている。
『荒船隊長、被弾!』
 加賀美のその一言で、穂刈の全身の血液は氷水のようになってしまった。
 荒船は、どうなる? ベイルアウトできるのか。あの場にいられたなら、この手にイーグレットがあったなら。荒船の姿をすぐに確認できるのに。
 もどかしさに歯噛みする。作戦室からでは、モニター上の情報や戦闘員を介した視覚共有でしか状況を読み取れない。
『損傷箇所は右腕。戦闘は継続可能ですが、完全に破壊されて――
 加賀美のやや上擦った声は、しかし冷静に己の隊長の状態を現場に伝えている。荒船のトリオン体は右腕を欠いてしまったが、どうやらそれ以外の異常は見受けられなかった。
――荒船隊長と東隊長は次の――……』 
『荒船、了解』
 荒船の応答が聞こえると、三人のうちの誰かが長いため息をついた。それは、キューブ化の難を逃れられたことへの安堵。だが加賀美も半崎も、きっと穂刈と似たような表情をしていただろう。
 通信に耳をそば立てて、モニター越しの荒船を見つめているだけしかできない自分を、許せるはずがなかった。
 
「では、穂刈さんは荒船さんのために訓練されてるんですか」
 穂刈はぴたりと息を止める。丸いレンズを覗く。引き金に指をかける。乾いた破裂音。ど真ん中ではないが、弾は的の中央のやや右を穿った。
「さっきより安定しましたね」
「奈良坂のアドバイスのお陰だ」
 教師のように背後に立つ奈良坂は、気にするなというふうに目礼で返してくる。それから、
「荒船さんのためですか?」
 と、繰り返した。意外にも話の続きが気になるらしい。穂刈は前を向き、また照準を定める。呼吸を整える間に、考えた。
 訓練する理由を、荒船のためと称するのはきっと違う。
 三門市防衛戦の際、穂刈ではなく遠近の両面をカバーできる人間が残れたのは、ボーダー全体として見れば良い結果に繋がったのかもしれない。しかし、これが遠征先だった場合はどうだろうか。加賀美も半崎も穂刈もいなくなった知らない星の戦場に、ただ独りで立つ背中を想像するだけで、穂刈は心底ぞっとする。 
 なら自分も死なないのが一番良い。穂刈が援護しているあいだは、荒船は独りにならないから。そしてそう思うのと同時に、
 ――まあ無理だろうな、今のオレの実力じゃ。
 己の冷静な部分は囁いてくる。事実、ツノ付きのたった一度の攻撃によってベイルアウトしてしまったのだから、掲げる理想に対して力量が追いついていない。だから訓練するのは荒船のためではない。これは穂刈のエゴだ。
「オレが荒船の隣で戦いたいからだな、一秒でも長く」
 言い切り、引き金を引く。先ほどよりも的の中心に穴を空けることができた。これは及第点だろう。感覚を忘れないうちに、もう一発撃ちたかった。次の的を出そうとパネルに手を伸ばす。
「だそうです。荒船さん」
「ほお。なら、末長くよろしく頼むぜ」
 思ってもみない声に、穂刈は慌てて振り返った。腕を組んだ荒船はニッと口角をあげ、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべている。……奈良坂と種類は違えど、顔が整っている奴はどんな表情だって似合うからずるい。穂刈はわざとらしく、胸を押さえてのろのろと立ち上がる。
「結構ときめいたぞ、今のセリフには」
「そうか、ふざけたことを抜かすほど待たせちまって悪いな。予想以上に会議が長引いた」
「白熱したのか、会議は」
「まあ、あんなことがあった後だからしょうがねえ。オペレーターは一回休憩挟んでから講習会に入るってよ」
「今回の講習会って、東さんと風間さんから教わる護身術、でしたっけ」
「そうだ。しかも全五回の開催らしい。終わってる頃には俺たちよりも加賀美の方が強くなってるかもな」
「かもしれませんね」
 奈良坂の白磁のような顔がほころぶ。「じゃあ、俺もそろそろ戻ります。三輪の方もそろそろ作戦室に着いてる頃でしょうから」
「ありがとな、奈良坂。奢らせてくれ今度」
「いえ、大したことはしていないので」
「俺達も行くぞ。待たせすぎると半崎が寝ちまう」
「荒船さん達はこの後も訓練ですか?」
「ああ、斬ってもらうんだ荒船に。…………待て奈良坂、変な顔をするな」
「おまえが妙な説明するからだ。ようは玉狛対策だよ。良い攻撃手らしいが、こっちも新人にやられっぱなしってわけにはいかねえだろ」
 記録ログをみる限り空閑という少年の斬撃は、攻撃手のなかでも群を抜いて鋭い。穂刈や半崎は接近されたらひとたまりもない。
 だからといって、のうのうとベイルアウトするつもりもない。空閑の動きを模倣した荒船に斬りかかってもらい、ランク戦当日までに少しでも目を慣らしておきたかった。
「なるほど。俺が聞いてはいけないお二人の話かと思って、少し身構えてしまいました。誰かと違って真面目な先輩達がいてくれると本当に頼もしいです。訓練、頑張ってくださいね」
 滲み出る恨み節に、穂刈も荒船もつい苦笑した。
「では失礼します」
 夕飯の時間を回ったからだろう。奈良坂につられたように、他のブースにいた隊員や訓練生が一人、二人といなくなっていく。訓練場はあっという間に閑散とした。穂刈も手早くブースを片付ける。
 パネルで訓練終了の手続きをする穂刈の隣に、荒船はひょこひょことやってくる。パーソナルスペースが狭いわけでもないだろうに、こうして気まぐれに間合いに入ってくるので、たまに荒船のことを不思議に思う。
「どうした」
「穂刈、今日は昨日よりも長く生き延びろ。一秒でも多く俺から逃げ回れ」
 言い回しが悪役のそれに近いが、本人は至って真面目だった。
「いいのか、一秒で」
「最初から目標が高いと良くないって筋トレでも言うしな。それに一秒ありゃ、実戦でも敵の一体や二体倒せるだろ」
……無理だろ二体は。弓場さんの早撃ちじゃねえんだ」
「何だっていい。俺の背中はおまえらに任せてあるんだから、一秒でも長く生きろってことだ」
 穂刈が黙り込むと、荒船はくくっと喉を鳴らした。頬が赤い自覚があった。
「先にクサイことを言ったのは穂刈だぞ」
 そうからかってくる男から一秒たりとも目を離したくないのだから、やはり穂刈は自分のために足掻き続けなければいけない。
 画面越しの荒船を眺めるだけなんて、もう御免だった。泥臭くてもいい。穂刈はさいごまで、隣という特等席にいたいのだ。