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めまめ
2022-09-12 22:34:41
4691文字
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穂荒
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本日はお日柄もよく
穂荒
お誕生日おめでとうの気持ち
いっしょに食べると美味しいねって話
同棲しているし、付き合って長い二人の話。
近界の脅威から人々を守るため、ボーダーは規模を拡充した。三門市だけではなく、主要都市に新しく設置された支部では優秀な指導者が必要とされていて、穂刈の見知った者も指導員として支部に駆り出された。そのうち荒船にも白羽の矢が立つと、荒船は迷うことなく了承して、全国を飛びまわり始めた。現場を退き教官としてボーダーに勤めている荒船に、もう一度研修に来てほしいと希望する支部も多い。そのせいで眠る時間が少なくなっても「こっちも勉強になるし、ありがたいよな」と、荒船は平然としていた。なので、穂刈は荒船を送り出す際に必ず言うことがある。「メシは三食しっかり食べろ、絶対」
荒船発信の連絡はほぼ無い。穂刈が送った写真や日記のようなメッセージに対して絵文字のみが送られてきたり、忘れた頃にリアクションが返ってくる。穂刈はそれを薄情だと思っていない。話したほうが早いという荒船らしい言い分は、高校生の頃から変わっていない。ごくまれに、今日食べたものと題して荒船から写真が送られてくるので、とくに不満もないのだ。
携帯電話が一度だけ震えた。それ以降うんともすんとも着信音は鳴らない。友人から続々と送られてくる祝いのメッセージに返信して、眠ろうとしている矢先のことだった。穂刈は慌ててベッドから体を起こした。荒船の名前が着信履歴に残っている。穂刈は電気もつけずに折り返しの電話をかけた。呼び出し音が二回鳴って荒船が電話口に出た。
「
……
まだ、起きてたのかよ
……
」
遠慮がちのワンコールは、眠っているかもしれない穂刈を起こさないようにした結果だろうか。すこしだけ照れを含んだ言葉を贈られる。
「誕生日、おめでとう」
「ああ、ありがとう。さっそくだが誕生日プレゼントとして聞かせてくれ、荒船の話を」
「そう言われてもな。仕事ばっかで、笑えるようなおもしろい話は何もねえぞ」
「なんでもいいんだ」穂刈がねだると、荒船は落ち着いた声で話し始めた。
「
……
こっちは梅雨がねえから楽だな。じめじめしてねえし。もっと涼しいと思ってたけど、意外と暑い。でも朝めちゃくちゃ寒い日もあって服に困るんだよな。諏訪さんが一週間くらい来て、風邪ひいて帰ってったぜ」
荒船は一呼吸置いて、話を続けた。
「あとはどこに行ってもメシがうまい。鹿とか羊肉もあるし、海鮮がかなり安くて、最近は肉よりも魚ばっかり食べてる」
「脂モンが食えなくなってきてるんじゃねえか、年取って」
「今日でもっと年寄りになったヤツに言われたくねえな」
スピーカーからささやかな笑い声が流れてくる。そこで会話がふつりと途切れた。北の地から届けられる声は普段とは違って響く。荒船の静かな呼吸音が懐かしい。穂刈は口火を切った。
「してみるか? 電話越しに」
「は?
……
なにをだ」
「おまえの想像した通りのことを」
「やらねえよ、馬鹿か! 急にふざけたこと言うな」
「いいのか急じゃなかったら」
荒船は息を飲んでから「この話は終わりだ」と、ぶっきらぼうに言った。機嫌を損ねたわけではないが、食い下がると通話を切られそうだったので、穂刈は声を出さないように笑った。眉をひそめ、頬を赤らめる荒船の姿が目に浮かんだ。
荒船とは二ヶ月ちかく顔をあわせていない。七月に帰ってくるというが、カレンダーを見れば月曜日があと二回訪れる。穂刈は指折り数えてみた。最低でもあと十五回は独りで眠り、その三倍の回数分、味気のない食事を楽しまなければいけないらしい。穂刈にとってなかなか大きな数字に思えた。これほど長い間、離れたことがないのだ。
「穂刈は、明日も仕事か?」
「休みだオレは。仕事だろう、荒船は」
「ん」荒船の幼い子どものような同意が穂刈の胸をついた。しかし荒船は直ぐに調子を切り替えて、話をたたみ始める。
「じゃあ、そろそろ寝る。おやすみ」
「ああ。おやすみ」
「
……
帰ったらな」
それを最後に、ぶつりと通話が切れた。荒船が暗に示したものを穂刈は正確に理解して、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
穂刈の両親は、雰囲気がよく似ている。生まれも育ちも違うのに、共に長く過ごすとそうなってくるらしい。穂刈と荒船はどうだろう。
吸引力がすごい、と母親から勧められた掃除機を片手に、穂刈は部屋の窓を開け放った。淀んだ空気が外に出ていくと、夏の頃よりも熱の和らいだ風がカーテンを揺らした。端にまとめられたカーテンの隙間から陽の光が差し込んで、部屋の中が生き返る。空中を漂う埃が光を浴びて輝いていた。こまめに掃除に入っているのでさほど汚れていないが、部屋主がいないとすぐに埃がたまってしまう。穂刈はざっと掃除機をかけてから、濡らしてきた布巾で本棚やテーブルを拭いていった。荒船の部屋は荷物が少ない。お陰で掃除はすぐに終わった。仕上げに、加賀美に貰った観葉植物を窓際に置いて日光をあてる。つぎに写真を撮って、だいぶ成長したぞ、と添えたメッセージを送信した。
穂刈は休憩がてら、荒船のベッドに腰をおろした。ベッドサイドに置かれた文庫本は栞が挟まれたままだ。今日の夕飯は何にしようか。リクエストがないので、穂刈は毎日献立に悩んでいる。
おからの別名は卯の花っていうんだと。
愛らしい動物を特集した番組を見ながら、ある日突然荒船が言った。白いアザラシが映っていたから、連想したのだろうか。その卯の花ってやつはどう食べるんだと穂刈が聞けば、そんなの俺が知るわけねえだろ、と荒船はからりと流した。マイペースなところも変わらない。次の日、穂刈と荒船は商店街の豆腐屋に行っておからを買った。気のいい店主に使い方を聞くと、わざわざメモに書きおこしてくれた。帰宅して初めて作った和え物は、荒船の口にあったらしい。からになった器が誇らしかった。
そもそも、穂刈の作った食事を荒船が食べ残すことがない。好物がでればおかわりをするし、好物がなくてもきれいに平らげるので、食べる量で体調の良し悪しがわかるほどだ。
自分の作った食事で相手が構成されていくと思うと、穂刈は不思議な気持ちになった。三ヶ月で人間の細胞が入れ替わるのなら、日々同じ食事を摂っている穂刈と荒船の身体は、きっと似たものになっているだろう。好んで食べる鶏肉と野菜。荒船と出会う前はお好み焼きなんて滅多に食べなかったが、今ではもうすっかり穂刈の血と肉を作っている。
穂刈は灰汁を掬う。水の入ったボウルに落とすと波紋ができた。
「また作りすぎちまったな」
夕飯はポトフにした。荒船が好きな和風に味付けたポトフ。余ったら、明日はシチューに作り変えようと思った。穂刈はレードルを置いて、スープのなかで踊る野菜を観察した。にんじん、玉ねぎ、キャベツ。ぐるぐるぐつぐつ、楽しそうなのはこいつらだけだ。一人分の料理を作るのは、いつまでたっても難しい。
結局のところ、七月にはいっても帰ってこなかった。荒船の入れ替わりとして出向予定だった幹部が、家庭の事情でこられなくなったらしい。荒船は自らの意志で、期間延長を申し出た。本部がそれを却下する訳が無い。出張は五ヶ月目に突入した。穂刈はなんともいえない気分になった。会えないことに対してではない。荒船の選択を否定するつもりもなく、けれど荒船を働かせすぎでは無いかと、ボーダーに文句を言いたかった。しかし、ボーダー関連の企業に就職しているとはいえ、直接関係がなくなった穂刈にはその権利もないのだ。穂刈は携帯電話を握りしめた。
「かげうらのお好み焼きが食いたい
……
。こっちのお好み焼きもうまいけど、やっぱちげえんだよな」
相変わらず仕事の愚痴は言わないが、食に対しての不満を呟いた。荒船も人並みに料理ができるようになったとはいえ、多忙極まる一日では時間的に自炊が難しいのだ。必然と外食が増えてしまう。ご当地の味を楽しむのにも限界があって、いわゆる家庭の味が恋しくなるのは普通のことだ。
「今日は何食ったんだ」
「カレーだ。素揚げしたナスをいれた」
荒船がしみじみとため息をついた。
「穂刈のメシ、食いてえ
……
」
「料理の腕前があがったぞ、この期間でもっと」
「おまえ、まだ伸びしろあんのかよ。すげえな」
荒船の口角があがった声に、穂刈もつられて同じような口の形になった。「それと」荒船は前置きした。
「今月の九日には帰れると思う」
九月九日。プレゼントは既に決まっていた。
荒船は朝の飛行機で戻ってくる。ターミナル駅に昼過ぎに到着すると連絡をもらったので、穂刈は午前中のうちにプレゼントを用意することにした。だいたいの目星はつけていたのだが、なんとも入りづらい。上品な店構えに穂刈は足踏みした。突っ立っていても仕方がないので、ガラス張りの扉に手をかける。
「どういったものをお探しでしょうか」
穂刈が入店したと同時に、白手袋をつけた店員がすかさず声をかけてきた。平日の午前中は店も暇をもて余している。幸か不幸か、店内に穂刈以外の客は居なかった。考えていた品物を告げると、店員は優雅な物腰で穂刈を誘導した。
「こちらにございます」
ショーケースに陳列されたものに一通り目を通す。その中から穂刈は直感的に、コレだと選んだ。至ってシンプルなデザインで、だが荒船に似合う。そんな確信があった。実物がショーケースのうえに出される。変色しづらいという銀色の輝きは、店内の照明にも負けていなかった。
穂刈はひとつだけ買おうとして、悩みに悩んで、自分のぶんも手に取った。これはふたつで揃えるのが良いと思ったのだ。店員に試着を勧められる。そもそも渡す対象である荒船のサイズも分かっていないのに、自分だけ試着するのも気が引けた。穂刈が断ると、店員は保証の話を始めた。アフターサービスでサイズを直せると説明を受けたので、ひとまず平均的なサイズをふたつ購入した。
「結構です、袋は」
コンビニじゃあるまいし、と自分でも思った。しかし、宝飾店の名前が書かれた紙袋は荒船の興味をひくかもしれない。穂刈にだってタイミングを計りたいときがあるのだ。
穂刈の言葉に店員は一瞬面食らっていたが、すぐに人の良さそうな笑顔で頷いた。ベロア生地の箱を受け取って、汚れを防ぐためにハンカチで包みこむ。ボディバッグに慎重にしまうと布地が四角に押し上げられた。ちいさな箱のくせに存在感が大きい。
もうすぐ待ち合わせの時間だ。穂刈は腕時計に目をやった。今から向かえば、ちょうどいい頃に待ち合わせ場所に着けるだろう。穂刈は接客を担当してくれた店員に会釈する。いってらっしゃいませ、と深々としたお辞儀が返ってきた。今後の行動が見透かされているようで、穂刈は足早に店をあとにした。
穂刈の腕時計もハンカチも荒船がくれたものだ。一年に一回の誕生日。あっという間に、私物にお互いの贈ったものが増えていった。だが、揃いの品を贈るのは今年が初めてだった。
チェーンに通して首からさげてもいい。ペンを持つと邪魔になるから右か。もし荒船が、左につけると言ったら。
穂刈はもう何年も前の、一緒に住もうと荒船に持ちかけた日のことを思い出した。服の上から心臓のあたりを撫でる。うなるように強く鼓動していた。荒船に銀色の輪っかを渡せるまで、今日はどうやっても落ち着けそうにない。
秋晴れと呼ぶにはまだ早いかもしれないが、からりとしたいい日和だ。秋の匂いをふくんだ風が、穂刈の背中を押していった。
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