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めまめ
2022-08-18 22:47:48
3399文字
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穂荒
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星くずの船と抵抗者たち
穂荒 お互いの自由を尊重するからこそ言わない、言えない穂刈と荒船の話。
脳が覚醒して眠れない夜がある。
目を閉じていても思考が冴え渡り、そのくせどうでもいいことばかりを思い付く。シャンプーの残量に夏休みの課題。さあ今すぐに答えを出せと荒船をせっついてくる。そうなってくると、さらに脳内がこんがらがって、睡魔を寄せ付けなくなる。冷房がごうごうと回る音が耳につき、頭の中では羊が走り回っていた。
荒船は何度目かの寝返りを打って、まんじりともできずにオレンジ色の常夜灯を眺めていた。
「寝れないのか」
自分以外の声に荒船は驚く。首を横にたおせば、穂刈も起きていた。
「悪い。起こしたか」
「いやオレも起きてたんだ、実は。明日が楽しみでよ」
壁にかけられた時計は一心不乱に針を進めている。穂刈の言う通り、明日は朝からでかける予定がある。電車を乗り継いで郊外の川に遊びに行くのだ。寝不足になりでもして、友人達に迷惑をかける訳にはいかなかった。今から寝直せばそれなりに睡眠をとれるだろうが、しかし睡魔が一向にやってこない。どうしたものかと荒船が思案していると、穂刈は上半身を起こして、
「散歩だな」
と、悪巧みを囁いた。眠れぬ夜の、魅力的な誘いだった。
「のった。先導してくれ」
「了解」
荒船と穂刈は同じような顔で頷きあった。いそいそとベッドから足を降ろすと、柔らかい布のようなものを踏みつけてしまう。薄手の毛布だ。
穂刈の母親が用意してくれた客用の布団は、今回も手を付けていない。荒船が泊まりに行く度に、布団を敷くのが面倒くさいだとか理由をつけて、穂刈は荒船をベッドに引っ張りこむ。最初は反抗していたが、穂刈の体温が寝付くのに丁度いいと気付いてからは、荒船は特になにも言わなくなった。
そして今まさに、同じベッドで眠っていたという事実を、床に畳まれたままの布団が証明している。荒船はどういうわけか気恥ずかしくなって、布団を軽く蹴飛ばしてから部屋をあとにした。
玄関を開けてすぐ、荒船達を出迎えたのは、まん丸に光る目をもつ生き物だった。それは、にゃあ、と一声鳴いて気ままに身を翻した。
「どうする今日は」
「とりあえず、猫、追いかけてみるか」
声はひそめられている。
「見失うんじゃねえか、すぐに」
「そんときゃそれでいい」
あてどのない一瞬の旅なのだ。
猫は荒船達をからかうように、何度か振り向いた。右に行ったり左で立ち止まったり。ゆらゆらと揺れるしっぽに案内されて、こじんまりとした中華屋に辿り着く。今日の収穫だ。錆びて年季の入った看板をみて、想像を膨らませた。
「食いてえな、チャーハン。餃子つきの」
「俺は五目ラーメンがいい」
次の休日に食べに来ようだとか話している間に、猫は音も立てずに姿を消していた。
「いなくなってるな」
「荒船と二人だけでもいいぞ、オレは」
「言ってろ」
こうして夜の底をじゅうぶんに徘徊していると、帰ってから不思議とよく眠れるのだ。
荒船と穂刈はバス停のベンチに並んで座った。すぐそばに、時刻が書かれた鉄の板が無愛想に立っていた。昼間は往来が多い道路だが、時折、車が通り過ぎていく以外、動くものは無かった。隣の男の呼吸まで聞こえてきそうだった。
「涼しくなったな、かなり」
穂刈はそう言って、ベンチの背に寄りかかり星空を眺めはじめな。うすぼんやりと望郷がいりまじる穂刈の横顔を、荒船は黙って見つめた。今にも落ちてきそうな夜空だった。
荒船は、それが現れるのを恐れている。
どこからともなく突然やってきて、穂刈を吸い込んで消えてしまうのではないかと、漠然とした不安があった。根拠のない不安を抱えていることを知られたくない。その反面、正直に告げて、ありもしない妄想だと穂刈に笑い飛ばしてほしくもあった。
荒船は買ったばかりのペットボトルに口をつけた。無糖の炭酸が味気なく口の中で弾ける。喉が渇いて途中の自販機で購入したが、やはり飲み慣れた茶のほうが良かったかもしれない。舌がぴりぴりと痛む。
「近そうだよな、あのあたりの星なら。意外と気軽に行けるんじゃねえか」
穂刈の人さし指の先、ひときわ白く光る星があった。三角形の一点を担う星は太陽よりも大きいと聞く。そんなもの近いわけがない。
「何光年も離れてるから無理だろ」
「どのくらいだ?」
「詳しくは知らねえけど、千年とか、もっとじゃねえの。行くだけでミイラになっちまう」
「なら難しいか。あっちから信号送るのも」
荒船達が視認している星の輝きは過去の光だ。気が遠くなるほどの。穂刈がいう信号とやらが届く頃には、荒船の存在は粉微塵になっているだろう。
「なんとかなりそうなモンだけどな。ボーダーの技術があれば」
「まあ、可能性はあるな」
現に、近界に渡る船は開発されている。遠征艇の技術があれば、こちら側の宇宙旅行はもっと手軽になるかもしれない。
荒船は脚をぶらつかせた。サンダルを脱ぎ捨てて、裸の足をざらざらした地面におろす。昼間の熱が溜まっていて温かい。反対に夜風は少し冷たく感じた。沈黙を保ったままアスファルトの大地を撫でていると、穂刈の素足が嗜めるようにぶつかってきた。一瞬触れて、何事もなかったかのように離れていった。
荒船は顔をあげる。空に釘付けになっている穂刈の目を、手を伸ばして塞いだ。身じろぎした弾みで、金属製のベンチが耳障りな音をたてていた。
「どうした、荒船」
目を隠された穂刈は、ゆっくりと荒船の方を向いた。突拍子もない荒船の行動を、文句も言わずに受け止めている。口元は微笑んでいるようにも、何も考えていないようにも見える。覆ってしまった両目はどんな色をしているのだろう。猫と同じように、光っているかもしれない。この距離ならいつだって顔が見られるのに、と荒船は思った。
「なあ、」声がうわずった。空気が無い世界は不自由だろ。そんなに行きたいのか。食べ物がまずいかもな。枕が硬いかもしれないぞ。だから、穂刈。
「
……
なんでもねえ」
喉元まで出かかって、しかし飲み込んでしまった。言葉を尽くさなかったと悔やむ夜が来なければいいと思っているのに、短くて単純なひと言を伝えられなかった。荒船の掌の下で、男がまばたきをしたのがわかった。
荒船が手を引っ込めるよりも、穂刈が握りこむ方が早かった。優しく引き剥がされて、おろされる。やわらいだ黒目には荒船の姿が映っていた。
「荒船がそう思ってくれるかぎりは、まだ」
妙な発言だった。穂刈には、荒船が飲み下したものが見えているのかもしれない。
「俺が、って
……
。自分の意志はねえのか」
「もちろんある。ただ、優先順位の問題だ。何をとるか、オレの中で決まってるんだ。お前に会ったときから」
随分なことを言われている気がして、荒船はぐっと息をのんだ。
「そもそも、おまえいつから俺の心が読めるようになったんだ」
「ん? 知らなかったか荒船は、オレの能力を。あれはそうだな
……
二年前かな。突然目覚めたんだ」
「適当なことばっか言いやがって」
「本当だぞ」穂刈は笑みを浮かべていた。荒船の代わりなのか、今日の穂刈はよく喋った。繋がれたままの指はいつの間にか糸のように絡みあっている。腕ごと振ってみたが、ちっともほどけなかった。
「はなせよ」
「はなさねえ、まだ」
のらりくらりと穂刈は言った。
それが現れるのを荒船は恐れていたが、怯えて待つなど性に合わなかった。日頃の腕の見せどころだ。穂刈自ら行きたいと望まないのならば、見送る必要はない。
荒船は空を睨みつけた。冷たく燃える星が流れていく。ひとつ、ふたつと数が増え、光の群れになった。
来るなら来い。もし、あの星屑から手足が何本もある怪物が産まれてこようが、宙を覆い尽くすような円板がやってこようが、譲ってやる気はなかった。荒船は自分の膝をぺちりと叩きベンチから立ち上がる。二人の距離を、十本の指が繋いでいた。
「明日、出かけた帰りにDVD借りに行きてえ。遠回りになっちまうけど、寄っていいか」
「それはいいけどよ。なにを観るんだ、今度は」
穂刈はどこか楽しそうに首を傾げている。荒船は空いているもう片方の掌で、銃を作ってみせた。そして、夜空にむけて引き金をひいた。
「エイリアンと戦うやつ。ちょっと予習にな」
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