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めまめ
2022-07-05 01:19:24
3162文字
Public
穂荒
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はんぶんこしましょ
穂荒 穂→←荒
お腹がすいてる穂刈と戸惑う荒船の話。鴨が葱を背負って来る、ってやつ
高校卒業後の二人。
まだ初夏だというのにうだるような暑さだった。熱風が吹き、こめかみを伝う汗が風に流されて荒船の肩口に滴る。
荒船は夏風の独特な香りを吸い込んだ。湿った埃っぽい空気だ。今日の荒船隊のシフトは昼から夕方までのごく短い時間だった。特に問題も起きず、夜勤の諏訪隊に引き継ぎをして活動が終了した。いつもに比べれば格段に楽な勤務だった。
にも関わらず、生身に戻れば太陽と湿気の不快さにあっという間に体力が奪われていく。黙々と家路へ向かう足取りが重たくてトリオン体が恋しくなった。降り注ぐ日差しを避けるために帽子を深くかぶり直してみるが、今度はアスファルトの照り返しが荒船を無言にさせた。
心なしか歩道が歪んでみえる。荒船のスニーカーの先に小石があたって転がり、それを穂刈が更に蹴飛ばした。荒船は顔をあげた。連れ立って歩く穂刈に堪えた様子はないが、普段よりも口数が少ない。変わらぬ表情で、時折Tシャツの襟ぐりをぱたぱたと扇いでいる。祭り好きの人間は暑さに強いのか。荒船はもう辟易しているというのに。
「あっちい
……
」
荒船がため息まじりに言うと、隣を歩く男が立ち止まった。つられて足を止めた荒船の顔をじっくり見つめた後に、穂刈はすこし先にあるコンビニを指差して「行くか」と提案した。断る理由はなかった。
自動ドアが開き店員の気だるそうな挨拶がとんでくる。外気とは無縁の快適な世界に、ようやく生きた心地がした。荒船と穂刈はしっかりと冷えた店内を一周して、それからアイスケースを覗きこんだ。夏を全面に押し出したパッケージがひしめいている。荒船がどれを買うか目星をつけはじめると、突然帽子が拐われた。
「なんだよ」
「ひいたのか汗は」
穂刈はそう言って荒船の前髪を軽く持ち上げた。冷房の風が直に髪の毛にあたる。
「大丈夫そうだな、さっきより」
あらわになった額を指でなぞられる。触れられたところがじんわりと熱をもった。
いつものように茶化してくれれば良いのに。
穏やかな手付きに、何も言えなくなった。
「先に買っとく」
陳列されたアイスをひとつ掴み、荒船は逃げるように支払いを済ませた。炎天の下、店の前に設置されたガードパイプに腰掛ける。とにかく熱かった。額にアイスを押しあてて一息ついてから袋を破った。
荒船の熱のせいでアイスの端はやわらかくなっていた。
しゃく、と甘い氷を削り取る。赤くなりつつある入道雲を眺め無心にアイスを頬張っていると、後ろから声がかかった。それと同時に頭に馴染みの感触が戻ってくる。帽子を定位置に直し、隣に座る穂刈に目をやった。穂刈も荒船のことを見ていた。
「美味そうだな」
それは最近の穂刈の口癖だ。荒船はアイスをまたひと口かじった。ソーダ味の氷が喉の奥へ滑り落ちていくのを待ってから、口をひらく。荒船が紡ぐ言葉は決まっている。ここまでお決まりの流れだ。
「食うか?」
穂刈は頷き、荒船の手ごとアイスの棒を引き寄せた。白い歯を突き立てられた氷菓子が、きゅ、と音をたてる。
「うまいな、やっぱり」
そう言って目を細めると、自分の購入したアイスを荒船の口元に運んだ。今度は荒船がそれを食べる。穂刈の選んだものはメロン味だった。
他人のものを欲しがる男だっただろうか。思い返してみたが、穂刈が同輩に食べ物をくれとねだる場面を見たことがない。しかし荒船には求めてくる。荒船も催促されるがままに差し出して、穂刈から与えられるものは受け取った。ある種の儀式めいた行為だった。
荒船が食べ終えるのを、穂刈は黙って待っていた。
「待たせたな」
役目を終えた棒をゴミ箱に放り込む。荒船と穂刈はまた歩き始めた。
ぽつぽつと今日の出来事を話す。もうすぐ二人の家の分岐点がくる。次の信号までの道のりを荒船はゆっくりと踏みしめた。
穂刈といると、心の柔いところが震えた。気付いていないふりを続けられる自信はなかった。他人ならいざ知らず、穂刈のことであれば少しは理解できているつもりだった。そもそも間違いなのかもしれない。だが確証がない。結果がどうであれ荒船は答えが知りたかった。
「今日の夕飯、俺の家で食わねえか」
荒船が切り出すと、穂刈は驚いた顔をした。表情の移り変わりが少ない男が今は誰が見ても分かるくらいに、目を丸くしていた。
「じいさんが、剣道仲間からお土産貰ったんだとよ。量が多いから友達と食えって、俺んとこに余分にくれた」
「
……
行っていいのか、急に」
一瞬の間を置いて、穂刈は言った。荒船が短く返事をする。信号に辿り着いても今日は別れなかった。
分水嶺
ぶんすいれい
だ。
荒船はふと思った。
荒船の家に到着してまずは交代で風呂にはいることにした。先に入浴を終えて食器を確認していた荒船は、風呂場から出てきた穂刈を思わず睨み付けた。
用意していた予備のスウェットは穂刈には小さかったらしい。明らかに肩幅が足りていない着こなしに、二人の体格の差が浮き彫りになった。どこか誇らしげにしている男の膝裏を蹴って、狭いキッチンに肩を並べた。
荒船は同梱されている鍋の説明書きを読み込んだ。穂刈は白菜を切っている。まな板を叩くリズムはたどたどしいが包丁捌きは安定していた。
「よし」
荒船は手にもった紙を叩いた。
「要約すると、野菜が煮えたら肉だ」
「なるほど。わかりやすい」
穂刈は野菜のはいった器をテーブルに運び、土鍋の中に適当に放り込んでいく。肉を盛り付けた皿も預けてそのまま火の番をするように言いつける。
「ずいぶん立派な鍋だな、一人暮らしが持つにしては」
穂刈が部屋越しに話しかけてくる。
「これもじいさんがくれた。鍋をするならちゃんと土鍋でやれって」
「粋な人だな。お前のおじいさんは」
穂刈は心底感心しているようだった。身内を褒められて悪い気はしない。
「だろ」
自然と荒船の声も弾んだ。荒船は散らかったキッチンを片付け、一通り終わった頃に穂刈に呼ばれた。
「いいんじゃねえか、そろそろ」
「こっちもちょうど掃除終わったぜ」
二人揃って手をあわせる。荒船は鍋の具を椀によそい穂刈に手渡した。肉を食み汁を啜る。
「すげえ、うまい。なんだこれは」
「じいさんに感謝だな」
土鍋の中がからに近付く。食べ残しがないか汁を浚っていると、穂刈の箸が止まっているのに気が付いた。荒船を見つめるその視線の強さに覚えがあった。
「うまそうだな」
何度も聞いた言葉だ。穂刈は求めている。
「穂刈も、同じモン食ってんだろ」
荒船は声を絞り出した。
「美味そうにみえるんだ。荒船が食ってるやつの方が」
「
……
よくわかんねえヤツ」
「わかってる。多分、おまえよりは」
「俺だって、」
本当は荒船も答えを知っている。
穂刈と同じように、荒船も気付いていた。ただ臆病風に吹かれてしまって、どうしていいのか分からないのだ。自分のやりたいことはやってきたはずなのに、これに関しては動きが鈍くなる。そばに居る穂刈に、つい甘えが出てしまう。
「穂刈」
そう言って荒船が眉を寄せると、穂刈が口角をあげた。座卓を回り込み、自分の横に膝をつく男の寝間着の袖を引っ張ると、大きな体躯が揺れた。
「いいのか」
「何回、言うんだよ」
「そうか。なら」
穂刈が大きな口をあけた。好物の鶏肉を食べるように、かぷりと荒船の頬にかじりく。その痕跡を舐められて、荒船は首を竦めた。
そういえば今日食べた肉、鴨だったな。
「いただきます」
言葉の静けさとは裏腹に、穂刈が真夏のような眼差しで言うものだから、荒船はさして余裕もないのに「そういうのは、もっと先に言え」と慌てて注意した。
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