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めまめ
2022-06-22 00:45:06
1895文字
Public
村荒
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鵺が鳴く
村荒 得体の知れない男の話
その日、男は傘をさして佇んでいた。
鈴鳴支部での業務を終えた村上は、ひと気のない廊下を歩いていた。湿った空気が漂い、入口が近付くにつれて雨の音が大きくなっていく。村上は立ち止まり、傘を取りに戻るか悩んだが、面倒くさくなって濡れて帰ることを選んだ。
外に繋がる扉を押すとアスファルトが泡立っていた。厚い雲におおわれて星どころか月もみえない。村上は嘆息した。予想していたよりも雨脚が強い。
ふいに暗闇から視線を感じ、辺りを見回した。向かいの建物のところに人が立っている。
村上は目を凝らした。見覚えのある背格好だった。
まさか、と疑いつつ呼び掛けた。男はそれに手をあげて応え、水浸しの路面を渡ってくる。村上のそばまで来た男はさしっぱなしの傘を掲げると中に入れと顎で促した。ビニール傘ではない、しっかりとした作りの傘だ。戸惑い立ち竦む村上に、男はもう一度同じ仕草をした。
村上は男の右側に立った。ひとつの傘の内側で肩同士が触れあう。傘を持つと申し出たのだが、男は首を横に振った。
二人は歩調を揃え、暗く
帳
とばり
のおりた町を歩き始めた。ぽつりぽつりと続く街灯に誘導される。
村上は鈴鳴第一の話をした。
別役が主催してくれた村上の誕生日会では、ケーキが宙を舞いクラッカーが暴発した。村上の話に耳を傾けていた男は、小さく声をたてて笑った。男の様子に気をとられて大きな水溜まりに片足を突っ込んだ。ざぶんと水飛沫があがった。ジーンズの布が色濃くなる。買ったばかりのスニーカーの隙間から水が侵入して、靴下まで濡らしていった。男はまた笑い、村上は自分の間の抜けた行いに赤面した。
水溜まりを迂回して、道を直進する。
村上は影浦の話をした。
テストで赤点は免れていたのに、提出物を忘れたせいで補習になっていたと話すと、男は立腹し、眉を吊り上げた。焦った村上は、勉強会のお陰でテストの点数自体は良かった、と付け加える。男の顔が僅かに和らいだ。
曲がり角を左折する。男の肩にぶつかっしまい慌てて謝った。
村上は太刀川の話をした。
勝ち越すことは出来なかったが個人戦で肉薄したと言うと、男は大層喜び、村上の頭を撫でた。村上はまた赤面した。今度は違う理由だ。
村上の住む家が見えてくる。
村上を玄関の
庇
ひさし
まで送り届けた男は、傘をさしてその場に留まり、雨に打たれている。村上も家に入らなかった。
村上は目の前の男の話をした。
「なんで来てくれたんだ」
村上の質問に男は何も返さない。
「今日は遊ぶ約束もしてなかったろ」
村上がそう言うと、男は頷いた。
「雨なのにわざわざ鈴鳴まで
……
。オレは、会えて嬉しいけど」
男の意図が掴めぬまま村上は言葉を続ける。
「答えてくれ。荒船」
荒船はうっそりと笑った。
荒船は傘のしたで村上を眺めている。空から落ちてくる水の粒が紺色の傘にあたり、弾けた。
「こう」
雨で煙る中でも荒船の声は鮮烈に村上に届いていた。
「鋼」
荒船の只ひと言で、身動きが出来なくなった。
近くの街灯が明滅する。荒船は遊ぶように傘をくるくると回した。雨粒が飛びまわった。
荒船の顔が傘で隠れると、村上からは口元しか視認できなくなる。
男は村上に向かって手を伸ばした。八角形からはみ出た男の指先が雨粒に晒され、整えられた爪へ水がぱらぱらと散った。
「
……
鋼」
男は村上の名前を呼び続けた。雨が激しさを増し、水の糸で男の像が曖昧に揺れている。男の指から水滴が伝い、手首まで流れる様を、村上は為す術もなく見つめていた。
「荒船、」
「おまえの欲しいものって、なんだ」
男は濡れた声で言った。村上は唾を飲み込む。そこらは雨水で溢れているというのに、咥内はどんどんと渇いていった。
「誕生日プレゼントは、もうみんなに貰ったから
……
」
「鋼」
村上は言葉を失った。男は村上に選ばせようとしている。
「こう」
男は柳下の幽鬼のように手招きした。暗がりのなか男の姿だけがぼうっと浮かびあがっている。
村上は抗えなかった。誘われるがままに男の手首を掴んだ。雨粒が顔を打ち、また水溜まりを踏みつける。ジーンズの裾が更に重くなった。
「
……
荒船、まだ、帰らないでくれ」
村上は切れ切れに言った。
「そうか」
男は傘を片手で器用にとじた。
「うん」
生ぬるい風が吹いた。
村上は細長くなった傘をそっと奪い取り、荒船の手をひいた。
夜だというのに鳥の鳴き声がきこえる。
傘を隠してしまおう。村上は痺れる頭で考えた。
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