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めまめ
2022-06-13 19:58:20
3327文字
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穂荒
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夢の果てまで
穂荒
穂→荒風味 眠るあらふね君を見守るほかりの話
自隊の隊長はよく眠る。
それは荒船を除いた三人の共通認識だった。
睡眠の深さや頻度はその時々で違うが、作戦室で荒船が寝ている光景というのは、荒船隊にとって珍しいものではない。長丁場の会議の後や、学校のテスト明けは特に多くなる。荒船の存在がいつもより希薄だと思い姿を探すと、机に突っ伏していたり、トレーニングベンチに転がっていたりする。疲れている時はなかなか起きないし、かといってその辺の道端で寝ているわけでもないので、基本的には荒船が自然に目覚めるまで放置するのが慣習となっていた。
ただ一度だけ例外があった。
夜間の防衛任務後、ふらふらと作戦室に戻った荒船がトリオン体のまま眠りにつき、一時間ほど目覚めなかった。次の日が土曜日だったので急いで帰る必要もなかったのだが、帰宅が遅い息子を荒船の両親は心配しているかもしれない。背負って家まで運ぶことも考えたが、しかし有事でもないのにトリオン体で街なかに出れば、処罰を受ける可能性もあるので断念した。悩んだ末に体を揺さぶると、荒船はトレーニングベンチから勢いよく上半身を起こした。そして作戦室の時計を確認して、項垂れた。
「
……
迷惑かけたな。俺がトリオン体のまま起きなかったら、次は器官を撃ち抜いてベイルアウトさせてくれ。そしたら強制的に起きられるから」
額に手をあて、荒船は申し訳なさそうな顔で言った。
「させるのか。それを、オレに」
そんなことをさせてくれるなと暗に仄めかした。
戦闘中、隊長の生存を優先し立ち回ることが多いオレに、たかだか眠りからさめないという理由だけで、荒船は自分を殺せと命令する。険しい表情になった自覚はあった。
「いや
……
そうだな。悪い。今度はなるべくトリガー解除する」
荒船が即座に謝った。今の発言に自分でも思うところがあったらしい。荒船はばつが悪そうに帽子をいじっていた。
「回復しないしな、トリオン体で眠っても。生身で寝てくれりゃあ、お互い良いことづくめだ」
オレのその言葉に、荒船は顔を綻ばせ「悪かった」ともう一度言った。
今日も荒船は眠っている。
「穂刈さん。荒船さん落ちてます」
「わかった」
半崎に呼ばれた方へ足を運ぶと、荒船は緊急脱出用のマットに倒れこんでいた。以前の反省を生かし今回もトリガーを解除している。猫のように横向きで眠っている荒船にそっと近づき、携帯電話を向けカメラのシャッターを押した。ぶれたのでもう一枚撮っておく。
「いつものことながらダルいっす
……
」
「撮れたぞうまく」
カメラロールを半崎に見せようとすると、イヤそうな顔をしたが拒否はされなかった。半崎は恐る恐る、といった風に遠巻きに画面を見ている。
「
……
荒船さんばっかで他の写真埋まりそうっすね」
「大丈夫だ。フォルダをわけてるからな」
「うわ、言わなきゃよかった」
半崎が心底投げやりに言った。
「荒船くん起きそう?」
加賀美が書類を持ったまま顔を出し、荒船の頬をつついた。荒船は制服姿のまま微動だにしない。
「まだ無理そうだな。帰ってくれ、先に」
「今日は長くなりますかね?」
半崎も腰をかがめ、荒船の様子を観察している。三人に囲まれながらも荒船の背中は規則正しくリズムを刻んでいて、それが眠りの深さを現していた。
「だな」
「じゃあ待ってる間のおやつ! 美味しいから、荒船くんにもあげてね」
加賀美がどこからかキャラメルを取りだした。ありがたく箱ごと受け取れば、半分以上入っているであろう重みがする。その後は小声で別れの挨拶をかけあって、退出していく二人を見届けた。
荒船がいつ起きるのか分からないので、その間に学校の宿題を進めることにした。解けない問題は後から荒船に教えてもらえばいい。オレは通学鞄をロッカーから引っ張りだして、マットに腰かける。荒船を起こさないように少し離れ、しかし気配を感じられる距離に陣取った。教科書を開き、貰ったキャラメルを口のなかで転がす。甘いソフトキャンディが、じわっと溶けだしていく。荒船はゆるゆると寝息をたてていた。どこか浮世離れしたその様子に、魔女に呪いにかけられて目覚めなくなったお伽噺を連想して、すぐに打ち消した。
「似合わねえよな、お前がヒロイン役なんて」
健やかに眠りこける荒船に話しかける。この男は茨の城に閉じ込められたって蔦を斬って抜け出すだろうし、高い塔に幽閉されたとしても直ぐにそこから飛び降りるだろう。オレはそれを下で受け止める役だ。
「だから早く起きてくれ」
無理やり起こすことはしないが、願うくらいは許してほしい。
解くのに時間がかかりそうな設問をとばす。ひたすらペンを走らせていくと、早くも脳が糖分を欲し始めた。やはり勉強は得意ではない。シャープペンシルの芯がぱきっと折れたその時、隣で寝ている荒船の雰囲気が変わった。
荒船は鬱陶しそうに首を振ると、寝返りを打って仰向けの体勢になった。眉頭を寄せてうんうんと唸り、息苦しそうに口を開閉している。穏やかだった寝息が乱れていた。これではまるで。
「溺れてんのか」
荒船は泳ぐことに対して苦手というよりも恐怖すら感じていそうな男だ。胸元を握りしめて苦悶の表情を浮かべる荒船を、放ってはおけない。
「大丈夫だ」
一番上まで閉められたワイシャツのボタンを外してやる。荒船は額に汗を滲ませて、風邪をひいた患者のように震えていた。宙を掻き、もがく荒船の掌を捕まえてやんわりと繋いだ。重力のまま落ちていく腕を引き揚げる。
「荒船。いるぞ、ここに」
冷えていた荒船の手にオレの体温がうつる。ぼんやりとしたぬるい温度だ。
乾布摩擦の要領で手を温め続けた。次第に荒船の呼吸が整っていく。そして肺に溜まった酸素を出しきるように、大きく深く息を吐いた。瞼が震え、どんどん眠りが浅くなっていく。今度は吐ききったものを取り戻すくらい吸い込むと、荒船はぱちりと覚醒した。
「うなされてたな」
「ああ
……
」
荒船は寝起きの嗄れた声で返事をした。起き上がって、マットの上で両ひざを抱えて深呼吸をしている。
「どんな夢だったんだ」
オレは繋いでいた手をほどく。代わりにキャラメルをふたつ握らせてやった。荒船がサイコロを振るように、手の中で弄び始める。かつかつと軽くぶつかる音がした。
「
……
海にいたと思ったら、最終的にUFOに吸い込まれた」
荒船は渋面を作った。溺れていた、とは言わなかったので黙っておくことにした。
「アブダクションか」
「それって牛が空飛んで干からびるやつじゃねぇのか?」
「それはキャトルミューティレーションだ。されなくて良かったな。おかげで肌はつやつやのままだぞ」
荒船の白い頬を指で叩けば、目だけがこっちを向いて、しっかりと睨まれる。
「詳しいな、おまえ」
「そりゃあ会ったことあるからな、UFOで」
オレがそう言うと、荒船は笑い声を洩らした。
「そういやそうだったな」
「荒船こそ見られたのか、宇宙人の顔は」
「顔?」
オレのどうでもいい質問に、荒船は顎に手をあてて、律儀に夢の内容を思い出そうとしている。
「そこまで覚えてねえ」
荒船がマットから立ち上がった。
「ああ、でも」手にもっていた四角いキャラメルを指で弾き、キャッチする荒船を、オレは見つめた。随分とかわいらしいアステロイドだ。
「その宇宙人にどっかに連れていかれそうになったんだけどよ。あんまり嫌な感じがしなかったな。説明できねえけど」
荒船が振り向く。
夢なんて起きてしまえば忘れて消えてしまうものだ。だが、荒船が見ず知らずの宇宙人に誘拐される場面を想像して、夢とはいえオレは面白くない気持ちになった。
「実はオレだったんじゃねえのか。その宇宙人は」
現実世界の荒船の手を掴んだのはオレなのだから、そのUFOに乗っていた宇宙人が、オレの姿をしてたっていいだろう。
「穂刈、おまえ
……
」
俺の夢の中まで出てくる気かよ、と荒船が呆れたように言う。
夢の中でも会いたいんだとオレが言ったら、荒船はどんな顔をするのだろうか。
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