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めまめ
2022-06-03 01:01:23
5018文字
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穂荒
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焦がせよ太陽
穂荒
思い出を共有できることが嬉しいほかりとあらふね君の、夏の日のできごと。
入場ゲートの向こう側から、ギターを掻き鳴らす音が流れてくる。チケット代わりのリストバンドを受け取りゲートを潜ると、一気に視界が拓けた。自然豊かな広大な公園は人で溢れ、そこかしこで音楽が奏でられていた。イベント名を模したモニュメントの前で記念撮影をするグループをみて、穂刈は興奮を爆発させた。
「ついに来たな
……
荒船。祭りだ!」
「言うほど祭りか
……
?」
荒船は首を傾げた。
「祭りだ間違いなく。フェスティバルって書いてあるだろ」
「神輿はねぇぞ」
穂刈達は三門市から電車を乗り継ぎ、片道二時間半をかけて音楽フェスティバルの地を踏みしめていた。元はといえば穂刈の弟が行きたがっていたイベントで、兄弟で応募してどちらかが当たれば僥倖、兄のみが当選した場合は弟に譲る、という算段だった。すると二人揃って当選してしまい、穂刈家でチケットが余る事態になった。
穂刈はすぐに荒船を誘った。経緯を説明すると「いいんじゃねえ」と適当に頷かれたので、今日二人はここにいる。
隣を歩く荒船は、参加者用に配られた地図に目を通していた。
「穂刈、この後はどうやって回る?」
荒船がぱっと顔をあげる。白い額には汗が滲んでいた。いつも通り帽子を被り、首にはタオルをかけている。
「その前にちゃんと塗ったのか? 日焼け止めは」
「当然だろ。去年やばかったからな。お前こそ帽子持ってきてねぇのよ」
「こっちにした。オレは似合わねえからな、帽子が」
穂刈が頭にタオルを巻くと、荒船は黙りこんだ。女性歌手の声がどんどん近づいてくる。もうすぐで目当てのステージだ。
「なんだ。言ってくれ、変なら」
「ラーメン屋にいそうだとは思ったけど、似合ってるぜ」
「褒められたのか?」
「ほめてんだろ。それより、嫌いじゃないって言ってやろうか」
「惜しいな。もう一声」
「調子乗んな」
荒船はそう言い捨てると、ステージ後方の人混みに姿を隠した。
「待て! 荒船!」
荒船は振り向き様に何かを喋っていたが、それは客の歓声でかき消されてしまった。
生の演奏とは凄いもので、大して興味がないアーティストでもライブを見ると興味がわいてくる。声を出し、時に合いの手をいれる。神輿は無いが、これも立派な祭りだと穂刈は感動した。荒船も最初は大人しく見物していたが、徐々にこの場に馴染んできたようで、好きなバンドのステージでは最終的に跳び跳ねていた。
穂刈はラーメンを啜った。先に食べ終わった荒船はかき氷のスプーンをせっせと口に運んでいる。辺り一面は暗くなり、そこかしこがライトアップされ、夜の虫が鳴いていた。最後の一組のステージが始まれば、あとは終わるだけだ。三十一日間ある中のたった一日の出来事だが同じ日は来ない。祭りや花火が終わる瞬間は、どこか淋しさが漂う。
「なんか、こういうのって良いモンだな」
荒船が噛み締めるように言った。その言葉に、穂刈は目の奥が熱くなった。
「いこーぜ。最後もみていくだろ」
「ああ」
穂刈はそっと荒船の手を引いた。
イベント終了のアナウンスが流れると、駅に人が殺到する。穂刈達は混雑がひくのを待ってから、市外に向かう電車に乗り込んだ。三門市に戻るのには時間がかかる。帰路の途中で電車がなくなってしまうため、予め宿を確保していたのだった。中心部から離れるにつれて徐々に人が降りていき、車両に二人だけになる。昼間の喧騒は見る影もない。
荒船の頭がかくっと落ちて、穂刈の肩にぶつかる。そのまま寄り掛からせようとすると、荒船は首を振り姿勢を正した。
「肌、赤くなったな」
穂刈と荒船の肌の色は、全く違うものだった。
「めんどくせえ。何回か塗り直したのに結局焼けちまった
……
。お前はあんまり変わらねえな」
「まあな。大体毎年こんなもんだ。荒船は、痛くなるだろうな明日。クリームもあるから使え」
「ベタベタするから嫌いなんだよ、アレ」
荒船が気だるげなため息をついた。日焼け後の痛みを想像したのか、それとも手入れが面倒くさいのか。あるいは両方かもしれない。
穂刈は一年前の夏を思い出した。
誰が言い出したか、暑い盛りにキャンプをしようと提案があった。とんとん拍子に計画が進み、運転手兼保護者の冬島に車を出してもらって、同期達と郊外の川に向かった。「海よりマシだな」と納得していた荒船は、やはり川べりには一切近づかず、影浦と村上と共にバーベキューの準備を進めていた。野菜を洗いながらやいやいと騒ぐ三人は、彼等だけの独特の空気感がある。各々がちぐはぐなようで、最終的にいつもうまく噛み合うのだ。穂刈は釣りをしながら三人を眺めていたことを、鮮明に覚えている。その光景にどんな感情を抱いたかまでは忘れてしまったが。
日焼け止めを塗らなかったという荒船は、日が暮れて帰る頃には四肢がすっかり焼けていた。
「見ろよ、やっちまった」
「
……
ローストビーフみてぇな色だな」
思わず正直な感想が漏れるほど、凄惨な日焼けだった。荒船も最初こそ笑っていたが、翌日には肌が痛くて眠れないと目の下に隈をつくり、衣服が擦れるだけで顔を歪めていた。赤みが引くまでの数日間機嫌はすこぶる悪く、更には彼に触れることもできなかった。結局荒船は穂刈のような小麦色の肌は手に入らず、ただ赤い火傷に苦しめられただけだった。
電車ががたがたと揺れた。
穂刈は苦味を含んだ記憶から立ち返ると、日光に晒された荒船の腕を撫でた。すると刺激を感じたのか、荒船は口をへの字に曲げた。日焼け止めやタオルを使って対策を講じたおかげで、状態は悪くはない。だがアフターケアを怠れば末路は一緒だ。この男が痛みに憔悴する様を見るのは、去年だけで十分だった。それが自分が与えたものでないのなら尚更。
「面倒だっていうならよ」
表面はほんのり赤くなっているが、内側の肉は白いままで、照明を浴びてそこだけ青白く発光している。太陽の下ではしゃいでいた日中とはうって変わり、夜の中に溶け込もうとする荒船は静かだった。
「塗ってやる。オレがこの身体、全部。いいだろ?」
「
……
黙れ」
荒船はついとそっぽを向いた。あらわれたうなじに冷たいペットボトルをあてる。そうすると荒船の肩がひくりと震えたので、穂刈は喉を鳴らして笑った。少しでも熱が引くように、赤く熟れる皮膚についた水滴を指で擦り込んでやった。
予約をしていたホテルは値段以上に広々としていた。ビジネスホテルに毛の生えた程度だろうと期待していなかったが、風呂もトイレも別でベッドもそれなりに大きい。冷房をつけて荷物をおろす。荒船が備え付けられた椅子で一息つこうとしていたので、風呂へとせっついた。
「座るな荒船。動けなくなるぞ」
「だな
……
。俺もそうなる気がする。先に風呂入るわ
……
」
足を引き摺り浴室に向かう荒船は、まぶたがとろとろと落ちそうになっている。
「しっかり冷やせよ、日焼けのとこ」
「あー
……
」
脱衣場から間の抜けた声があがった。先程の様子を思い出して、シャワーで溺れてしまわないか不安がよぎったが、あまり構いすぎると荒船は怒りだす。
自分のペースでやらせるのが一番だな。
穂刈は道中で購入した弁当を頬張って、テレビを点けた。荒船のことを待つのは、穂刈の得意技のひとつだ。
ドライヤーの音が止まった。荒船が欠伸をしながら部屋に戻ってくる。
「待たせたな。穂刈もいってこい」
「おう」
穂刈の前を白いバスローブが通りすぎる瞬間、清潔な香りが尾を引いた。思わず目で追いかけると、隣のベッドに寝そべった荒船が穂刈を見つめていた。
「視線がうるせえ」
「普通だろ。いつも通りだ」
「そうか? そんな目で任務中も俺を見てんのか?」
荒船は口の端をあげた。眠たげなくせに、いやらしく笑う。穂刈はたまらなくなって近付こうとしたが、自分が汗と埃で汚れていることを思い出して、足が止まった。それを見た荒船が、両目を細めた。穂刈をからかって楽しんでいるらしい。たちが悪い男だ。
「
……
行ってくる」
穂刈は肩を竦めて浴室に向かった。荒船の笑い声が穂刈の背中をつついた。
入浴を終えた穂刈が目にしたのは、くうくうと穏やかに寝息をたてる荒船の姿だった。ベッドボードには保湿クリームが置かれていた。蓋を回して中身を確認すると、減った形跡はない。最初はテーブルに置いておいたので、場所が移動しているところをみると、使用する気はあったのだろう。眠気に抗えない割りにテレビのチャンネルが映画に変わっていて、流石としか言いようがなかった。
穂刈はテレビを消してベッドの上に乗り上げた。二人分の重みを受け止めてスプリングが微かに軋む。投げ出された荒船の腕をゆっくり持ち上げ、日焼けをした部位にクリームを塗布する。電車内で確認した時に比べると、多少赤みが引いていた。
マッサージをするように二の腕、肘と塗り広げる。荒船はもぞもぞと寝返りを打とうとするだけで、起きる気配はなかった。手の甲から指先を辿ると、ふっ、と息が漏れた。悪戯心のまま掌をくすぐる。今度は小さく声があがった。
「んっ
……
」
今よりも深い、二人の夜を過ごすときの声だった。穂刈だけが聞いていい声だ。赤茶色の頭を撫でると、荒船はぼんやりと目をあけて、何度か瞬きをした。
「悪い、塗ってくれてんのか。先に寝ちまった
……
」
「気にするな。首の後ろに塗るから少し浮かせてくれ。そしたら寝ていい」
仰向けの肢体を跨ぎ、覆い被さった。荒船はおとなしく枕から後頭部を浮かせると、穂刈の首に抱きつくように腕を回して目を閉じている。穂刈は片手で頭を支えてやってから、枕との間にできた隙間に右手を差し込み、荒船の首裏に丁寧にクリームを塗り込んだ。
「痛くねえか」
夢の中に足を半分踏み入れている荒船は、僅かに首肯した。何の疑いもなく全身の筋肉を弛ませ、身を預けてくる荒船は産まれたばかりの赤子のようだった。穂刈はこんな時に自分が許されていると実感する。
バスローブの背中に無理矢理手を突っ込み、肩甲骨を撫でまわした。掌に付着したクリームが滑らかな背中を汚す。
「ぁ、」
荒船の体が魚のように跳ねた。
「そんなとこ、焼けてねぇだろ。触んなよ」
「どうかな。見てみなきゃわかんねえな」
「
……
見なくてもわかるだろ
……
」
荒船は口ごもった。それが眠気のせいなのか、他に原因があるのかは些末な事だ。穂刈は先ほどの意趣返しをしたかっただけで、荒船に無理をさせる気は毛頭無かった。穂刈はベッドボードのスイッチに手を伸ばし、部屋全体を薄暗くした。
「嘘だ。もう寝ろ、今日は」
穂刈は体を横たえる。ひとつの大きい枕に、穂刈と荒船の頭がのった。
「いいのかよ」
「明日熱でるかもしれねえだろ。それに優しいからな、オレは」
「優しい? どの口が言ってんだ」
向かい合わせになった荒船が鼻で笑った。暗がりの中でどちらからともなく顔が近付き、すぐに離れる。荒船は自分の唇をちらりと舐めて、満足そうに瞼をおろす。おやすみ、と呟き穂刈も目を瞑った。
心地のいい倦怠感だった。体が重くて気だるいのに、心は浮き足立つような懐かしい疲れだ。ああ、と穂刈は思い出した。
プールで泳いだ後の、真夏の帰り道だ。
くたくたになるまで泳いで、アイスを買って、疲れているのに公園に寄り道をして、虫とりに熱中した。走って帰路に着くとスイカが待っていて、扇風機の風に揺られながら夕飯まで昼寝をした、あの日とおなじだ。少年時代の荒船は、泳いで遊ぶ事もあったのだろうか。幼い頃に出会っていたら、浮き輪を持って彼と一緒に泳ぐことができたかもしれない。
水が嫌いな彼とプールには行く日はこないが、穂刈と荒船は今はひとつの夏を共有している。日に焼けた体を休める荒船も、穂刈と同じような疲労に包まれているのだろう。そうだったらいい。
もっと大人になった時に、この倦怠感を二人で懐かしむ事ができたら、それはきっと幸せという名がつく。眠りについた荒船を抱き寄せると、求めるようにすり寄られた。荒船の体温で火傷してしまいそうだった。
冷房で風邪をひかないように布団をかけて、穂刈はシーツの海に身を委ねた。
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