とはり
2024-10-18 03:25:31
4238文字
Public ひめこは
 

甘いお菓子は夜のとばりの下で

ハロウィンにかこつけて仮装したひめこはにいちゃついてほしかった
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去年のハロウィンに投稿してた
まだ一年しか経ってないんだ 一年って濃いな

 10月31日。
 今宵は星奏館でハロウィンパーティーが催されていた。
 食事を楽しみたい者は共有スペース、交流を楽しみたい者はイルミネーションで装飾された中庭で、と各々のスタイルで楽しめるよう企画された豪勢なパーティーとなっている。
 中庭を散策する者にはライト代わりに小ぶりのジャック・オ・ランタンが配布されており、そこかしこで柔らかなオレンジの光が人の動きに合わせてゆらゆらとヒトダマのように漂っている。
 仮装での参加も歓迎とのことで、バラエティ豊かな光景が広がり、HiMERUもまたヴァンパイアの装いでこのパーティーに興じていた。
 明かりを片手に中庭を練り歩き、時折出会い頭に「Trick or Treat!」とねだられるのに対しにこやかにキャンディーを渡してやりすごしながら、恋人である桜河こはくを探す。
『今日のハロウィンパーティー、わしも仮装するねん。楽しもな!』なんて言われてしまえば参加しない選択肢はなかった。
「あっ、HiMERUはん!」
 弾んだ声が鼓膜を揺らせば、脳が認識するより早く体が反応する。体を向けた先からこはくがランプを揺らしながら小走りでやってくる。その動きに合わせて背中から生えた羽がふよふよ揺れている。こはくの目元には真っ赤なハートのフェイスペイントまで施されていて、目が細められる度にハートが踊るように形を変えた。
「会えて良かったわ。明日空いとる?」
 てっきりハロウィンおなじみの呪文が告げられるものだと思っていたのに、日常の会話が飛び出るものだから首を傾げる。こはくはいつでも変わらぬ爛々とした目を向けてHiMERUの返事を待っている。
……午前なら空いていますが、それがどうかしたのですか?」
「よっしゃ! ほんなら明日わしと一緒にスイーツ食べに行かん? ここのハロウィン限定スイーツっちいうんがもうすぐ終わってまうんよ」
 言いながら、カフェのサイトを映した携帯端末の画面をHiMERUに向ける。そこには橙やら紫やらハロウィンらしい色合いの派手な広告が、秋スイーツの写真と共に掲載されている。
「ああ、そういうことですか。構いませんよ」
「おおきにっ」
 目を輝かせてはしゃぐこはくの姿を見るだけで、HiMERUの胸には甘いお菓子を口にしたような幸福感が広がって頬が緩む。限定のスイーツを食べるよりも何よりもこはくの笑顔を見る方が満たされる。
「ところで桜河。その格好は小悪魔ですか?」
「おん、そやで。どこか変なとこないやろか」
 格好に言及すると、こはくはこくりと頷いてその場でくるりと回った。黒のショートパンツから生える真っ赤でやんちゃなしっぽが背中の羽と共にふるんと可愛らしく揺れる。
 よく似合っていますよ、と返せば安堵に表情を綻ばせた。
「そういうHiMERUはんは吸血鬼かなんかか?」
「その通り。今宵のHiMERUは血と甘味に飢えたヴァンパイアなのです」
 ふわりと黒のマントを翻すと、こはくから「おおー」と歓声があがる。
「さすがHiMERUはん、様になっとるなあ。牙まで付けて、えらい本格的やないの」
 感嘆の吐息をこぼしてHiMERUの頭の先から足先まで目線を往復させる。
「それはそうと。今日という日にふさわしい呪文のこと、忘れていませんか?」
「ん? あっ、そうやった。HiMERUはんと会えた嬉しさでつい抜けてしもとったわ」
 こほんとひとつ咳払いをして仕切り直して、再び開かれたこはくの目の紫が月明かりとランプの灯りのあわいでキャンディーのように甘く煌めく。
「Trick or Treat! お菓子をくれなきゃ悪戯やで」
 悪戯っぽくおどけて瞳を細めながら差し出した手のひらに、この日のために用意していたチョコ大福を乗せる。小悪魔は手のひらのお菓子に満足そうに体を揺らしてそそくさと包みを開けた。一口齧って頬が綻ぶと、目元のハートもふにゃりととろける。
「このフェイスペイントは桜河自身で?」
 綺麗に縁取られた心臓の形をなぞる。仕事で行うメイクも最初こそはHiMERUが全面的に手を貸していたものの、近頃はこはく自身で行うことも増えてきた。練習の賜物だろうかと感心しかけたが、こはくはふるふると首を振った。
「ラブはんと描き合いっこしたんよ。この衣装も見繕ってもろてお揃いなんよ」
「ほう、白鳥と」
 瞼がぴくりと震える。同い年の友人と和気藹々とハロウィンの支度をする様子は仲睦まじく、端から見れば微笑ましい場面であったことは想像に難くないが、HiMERUの胸中は和やかではいられなかった。相手とは知らない仲ではないとは言え、他の男との話を嬉々として話されると面白くはない。まるで無自覚なのも質が悪かった。愛情が一方通行な気がしてならなくて、胸の底に濁った澱が蓄積していくようだ。
 恨めしい気持ちでこはくに視線を送るが、お菓子に夢中で全く気づく様子もない。
「HiMERUはんのお菓子、今日もろた中で一番美味しいわぁ」
 向けられた屈託ない笑顔に脱力する。結局この笑顔に弱いのだ。HiMERUの感情を掻き乱したと思えば無意識にご機嫌をとってくる。翻弄上手なのは小悪魔そのものだ。
 ため息をひとつ吐いてこはくの頭に手を伸ばす。
「ちなみに、お菓子を渡さなかった場合、小悪魔さんはどのような悪戯をしてくれたのですか?」
「んー、そうやなぁ」
 桜色の頭の上からちょこんと突き出た作り物のツノを摘まみながら問うと、愛らしい小悪魔は大福を食みながら考え込む仕草をする。紫のツノが桃色の髪の隙間から姿を覗かせる色のコントラストはそれこそハロウィンらしいお菓子に似て、視覚的な楽しさがある。
「あ、HiMERUはん。耳かして」
 大福の最後の一口を飲み込んだ小悪魔が小さく手招きをする。やけに愉しそうに上がっている口角が気にかかったものの、言われるがままこはくの口元に耳を近づける。
「ふぅっ」
「っ……!」
 近づけた耳に息を吹き掛けられ、反射的に肩がびくりと跳ねる。くすぐったさに飛び出しそうになった声を押し殺すと、その様子をみたこはくからはコッコと愉快そうな笑みが聞こえる。
「桜河……!」
「すまんすまん。あまりにも警戒せんと近づいてきてくれたもんやからつい」
 眉を下げてにへらと笑うこはくに苛む視線を向ける。蓄積していた鬱憤が腹の底から急速に這い上がってくる。
「お菓子も悪戯も、なんてずいぶんと欲張りな小悪魔ですね?」
 うっすらと笑みを張り付けながらじりじりと体を寄せ、こはくの体を周りの喧騒から遠い広場の隅のさらに死角へと追い詰めていく。絢爛に装飾された中央がとびきり明るい分、そこから外れると途端に闇が深くなり、一気に人の気配が遠ざかる。
「あ、あれっHiMERUはん、なんや怒っとる……?」
 壁際に追い詰められ、おずおずと見上げる瞳に焦りの色が見えたところでもう遅い。獲物は既にヴァンパイアが得意とする闇の中だ。
「HiMERUは怒ってなどいませんよ。ただ、悪戯好きな小悪魔にどんなお返しをしてさしあげようかと思いまして」
「ま、待ってHiMERUはん! Trick or Treatは!?」
「おや、その約束を違えたのはそちらでしょう、欲張りな小悪魔さん? 今のHiMERUたちはそのルールの外側にいるのですよ」
「なんやその理屈っ、お菓子あげるから、一緒に食べて落ち着こ! なっ?」
 普段なら慌てふためく上目遣いのおねだりに乗るところだが、今日ばかりは貪欲な小悪魔へ報復すると心に決めた。
「HiMERUはお菓子よりも桜河が欲しいのです」
「ひぅ……
 少し身を屈めて小さな耳にふうっと温い吐息を吹き掛けると、一回り小さな肩が震える。
 そのまま柔く耳介を食むとこはくの唇から声が漏れ、食んだ部分からふわりと色づく。
「おやおや、これだけで顔を真っ赤にして……ずいぶんと悪戯に耐性のない小悪魔なのですね?」
「うぅ、そこで話さんでぇ」
 固く瞼を閉じて刺激に耐える可愛らしい小悪魔に口角があがっていくのを抑えられない。
「あなたからは極上のスイーツのような甘い香りが漂ってくるようで、美味しそうなのです。きっとその身体に流れる血も魅惑的な味なのでしょうね」
 頬に手を添えながら、唇を下へと這わせて白い首筋に舌先で触れると、胸を押し返すこはくの指先に力が籠り、真っ白のブラウスに皺をつくる。
「ひ、HiMERUはん……!」
 汗ばんだ首筋に軽く吸い付くと震えた声で呼ばれる。首に添えた指先からどくどくと強く脈打つ鼓動の感触が伝わる。震える指先で服を掴み、緊張で身を固くする様は今から本当に吸血されてしまう獲物の姿のようだ。
 HiMERUの喉が鳴り、暗がりに浮かぶ白い肌に熱い吐息がかかるとこはくの喉が上下し、浅く吐き出された息がHiMERUの肌を掠める。互いの吐息で肌をくすぐりあって、高まった二人は更なる刺激を求めた。
 かぷり。こはくの首筋を柔く噛むと作り物の牙の先が肌の形を変える。
「ん……っ」
 ぴりりと走った痛みにこはくの眉間に皺が寄るが、その唇から零れる吐息は熱っぽい甘さを含んでいる。甘く噛んでは窪んだ肌を舐め、湿った肌にまた牙を立てる。その刺激ひとつひとつに息を詰まらせ肩を震わせるこはくはHiMERUの肩に顔を埋める。
「ぁ……っん」
 顎に手を添えて顔を上げさせると潤みきったすみれ色が目の前に映る。HiMERU越しに夜空をぼんやりと映すこはくはすっかり甘い刺激の虜だ。その瞳には牙のように鋭い三日月が浮かんでいる。
「そんなに顔を蕩けさせて、誘惑するのが得意なのですね?」
「誰のせいやと……っ」
「ふふ、一体誰のせいでしょうね?」
 焼けるように熱い吐息を繰り返す濡れた薄桃色の唇を親指の腹で弄ぶと、こはくはむっとしてHiMERUを睨みつけた。潤む瞳のせいで覇気が削がれた視線は甘く蕩けているようにすら見え、口角が上がる。腕に提げたジャック・オ・ランタンがこはくの肌を淡いオレンジに染めて唆す。

 舌なめずりをした吸血鬼は真っ黒なマントを広げ、二人分の影と灯りを覆い隠す。夜のとばりを降ろして、世界から切り取られたその陰に潜み、カカオの香を纏った唇に口づける。
 悪魔と吸血鬼の重なる影は秘匿された甘美な夜の闇に溶けていく。