とはり
2024-10-18 03:12:45
3704文字
Public ひめこは
 

紫氷菓をもう一口

かき氷を食べるひめこはって夏の課題曲だからね
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 レッスン終わりの昼下がり。
 何がきっかけだったか、こはくが唐突に「かき氷が食べたい」と言い出した。
 二つ返事でHiMERUはスイーツ会の活動がてら、こはくとのデート用にいくつかピックアップしていた話題のかき氷をいくつか思い浮かべ、どれがいいだろうかと手早く端末を操作する。
 ESから近くて、それほど混んでいない店……
チェックしていた店のリストをスクロールしながらぶつぶつと考えるHiMERUの袖をちょん、とこはくが引っ張る。
「あんな、食べたいところのがあんねんけど……ええ?」
 伺うような上目遣いのおねだりに、にこりと微笑みで応えて用済みになった端末をさっさとしまう。
リストに挙げていた場所へはまた今度行けばいい。夏はまだまだこれから続くのだから。

「ここ、ですか……?」
 HiMERUの問いにこはくは満面の笑みで頷く。
腕を引かれてやってきたのは、ESのはずれに停まっているこじんまりとしたキッチンカーの前だった。そのカウンターには粗く削った氷にシロップをかけた原始的なかき氷のサンプルが展示されている。
 てっきり行列のできる有名なかき氷専門店にでも連れて行かれるのだと想定していたHiMERUは拍子抜けして立ち尽くす。
 HiMERUの様子を知ってか知らずか、こはくはここに来たがった理由を口にする。
「前に通りかかった時に学生っぽい人らがな、かき氷買って楽しそうにしてたんよ。ええなぁっち思うてHiMERUはんと来てみたかったんよ」
「それは、光栄ですね」
 夏空を映したような水色のボディの店が掲げる『かき氷はじめました』の旗を見つめるこはくの瞳は、好奇心と羨望とで夏の日射しより眩しく輝いている。
 天然氷を使っているだとか果実の生シロップだとかそんな贅沢で洒落たものよりも、何気ない日常に寄り添うシンプルなかき氷の方がよっぽど今のこはくの興味を引いていた。ささやかな夏の思い出の一ページに自分を入れてくれたことが単純に嬉しい。
 こはくといるとありふれた景色が新鮮に輝き出すように思える。風景に紛れて気にも留めなかったただのキッチンカーが、輪郭の際立った鮮やかなものに変わっていく。
「HiMERUはんは何の味がええ?」
 かき氷の写真が並んだカラフルなメニューを指してこはくが無邪気に振り返る。
「そうですね……
 シロップの味に特段こだわりはないためざっとメニューに目を通し、一番涼しげな青色、ブルーハワイ味を指差す。
「この味にします」
「決めんの早いなぁ。わしは……どないしよ。思ったより色んな味があって目移りしてしまうわ」
 メニューの文字を指で往復しながら、うーんと唸る。七色のメニューを映して悩む横顔はどこか楽しげにも見えた。
 ジリジリと鳴く蝉の声と、店の庇に提げられた風鈴の澄んだ音色と、シロップの味を呟くこはくの声。爽やかな夏の風が運ぶ安らかなひとときに、HiMERUは高い夏空を見上げて目を細めた。

「はい。こっちがHiMERUはんの分」
「ありがとうございます」
 真っ青な氷が盛り付けられたカップを手渡すこはくのもう片方の手には鮮やかな赤が握られている。どうやらメニューの一番目立つところに描かれていたいちご味に決めたらしい。
 店の傍にある公園のベンチに座って一息つく。 日射しは世界を焼き尽くすかのごとく強く照りつけているが、木陰に入ると風もあって涼しく、幾分か過ごしやすい。夏休み前の平日、昼下がりの公園は人の気配もなく、人目を気にせずにすむのでそういった意味でも居心地がよかった。
 隣に腰かけるこはくの「いただきます」の声を合図に、キンと冷えた氷を掬って口へ運ぶ。口に広がる冷たさと甘さがレッスンを終えて乾いた体に丁度良く染み渡る。
「はあぁ、冷たぁ。氷がシャリシャリしてて楽しいなぁ」
 粗めに砕かれた氷の食感を楽しむこはくは次々と氷を口に運んでいく。
「掻き込むと頭が痛くなりますよ」
「ん……っ」
 HiMERUの忠告は少しばかり遅かったようで、言い終わる頃にこはくはこめかみを押さえてきゅっと目をつむった。
「言ったそばから……
「うう……早よ食べな溶けてしまうし、早よ食べたら頭痛いしで、難儀やわ……
「外ですから、あっという間に溶けてしまいますね」
 適切なスピードで食べるHiMERUのかき氷は既に縁の方からじわじわと溶け始めている。またたく間に溶けて過ぎ去ってしまう至福の時間は惜しくもあるが、だからといって焦ってもろくなことにはならない。それに、みぞれ状にとろけた氷の食感も悪くはない。
 溶けて崩れていく氷の山の縁をスプーン状に加工されたストローの先でなぞっては口に運び、時折横目でこはくの盗み見る。
 先ほどよりもゆっくりとしたペースで氷を頬張り、数回咀嚼して飲み込む。喉仏が上下する白く滑らかな首筋に汗が一筋通り、木漏れ日を反射して艶めく。伝った汗は浮かんだ鎖骨を滑り降りてやがて服へと吸収される。
 ごくりと喉が大きく鳴って、HiMERUはようやく自身がかき氷そっちのけでこはくを見つめていたことに気づいた。
……?」
 HiMERUの視線に気づいたこはくが青と白のストライプのストローを咥えながら首をかしげる。口内の温度で溶けた氷をほとんど咀嚼することなく飲み込んで口を開く。
「HiMERUはん、どないしたん?」
「桜河があまりに美味しそうに食べるので」
「わしのかき氷、一口欲しくなったん?」
「い、いえ。そういうわけでは……
「んん!? HiMERUはん、舌!」
 突如、HiMERUの顔を見つめるこはくがぎょっとしながら食い入るように口内を覗き込んでくる。こはくの剣幕に上体を反らしながらも、指摘された舌をちろりと出すと、こはくは更に困惑の色を濃くした。
「HiMERUはんっ、舌の色おかしいで!?」
 ブルーハワイシロップの青い色素が舌に移って表面が変色しているのだろうことは容易に想像できたが、こはくがあまりにまじまじと見つめてくるので恥ずかしくなり、舌を戻して咳払いをする。
「シロップの色が付いただけなのです」
「真っ青やった……
「夏の風物詩なのです」
「わしのは!?色変わっとる?」
 爛々とした瞳でこはくは舌を突きだすがその色はいつもより少し色濃いだけでさほど目新しさはない。曇りのない眼差しで純粋に聞いてくるので、HiMERUは思わず顔を綻ばせた。
「ふふ。桜河のものはいちごシロップなのでほとんど色は変わっていないのです」
「なぁんや」
 唇を尖らせて手元のかき氷をかき混ぜる。拗ねた視線でHiMERUの手元を見つめるこはくが、何かを思いついたように眉をあげた。
「あ、そうや。HiMERUはん、一口ちょーだい」
 一応の断りだけを入れ、HiMERUの返答もまたずに青い氷をスプーンで掬い取る。
「桜河?」
 むぐむぐと口を動かすこはくを怪訝に見つめる。HiMERUを見遣ったこはくの目が悪戯っぽく弧を描いて視線を返す。いつもより年相応に子供らしいこはくの笑みにつられて、HiMERUも曖昧ながらに笑顔を返す。
 やがて、ごくんと嚥下すると「どや!」と得意気な表情と共に、べっ、と舌を突き出す。
……紫色んなった?」
 きらきらと真っ直ぐな瞳がHiMERUを見上げる。
 その舌はHiMERUから奪った青を乗せて、こはくの瞳とよく似た紫に彩られている。
……よく見えませんね。もっと口を開けてください」
「こぉ?」
 さらに口を大きく開いて舌を晒すこはくに、ふっと微笑みながらHiMERUは顔を寄せる。
 ぢゅっ
 と、無防備なこはくの舌をHiMERUの口が吸い上げると、薄い両肩が大きく跳ねる。その振動で傾きかけたかき氷のカップを手のひらで受け止めて押し返しながら舌を口内に滑り込ませる。
 右手にストロー、左手にカップと、両手の塞がっているこはくはHiMERUから与えられる口づけを真正面から受け止めざるを得ず、押し付けられるまま首を後ろに反らせる。カップから滴る水滴がこはくのボトムスをぽたぽたと濡らしていく。
「んん……っ、ぅ」
 HiMERUに舌をなぶられ続け息の続かなくなったこはくの足が、苦しげにもがいて地面の砂をざりりと鳴らす。その音で仕方なく唇を離す頃には氷で冷えていた口内も、互いの唾液で随分温くなっていた。
「HiMERUも一口、つまみぐいなのです」
 上機嫌に唇を舐めるHiMERUの前で、赤く染まった顔のこはくが何か言いたげに濡れた唇を閉じたり開いたりしている。
……一口だけでええの?」
 熱で溶けた瞳がゆらりとHiMERUを見つめて、こはくの顎先から汗が一筋伝って落ちる。HiMERUは潤したばかりの喉が再び渇望に蠕動するのを自覚した。
 汗でしっとりと湿った輪郭を撫でながら手を添えると、ほわりと朱を浮かべた頬の上で瞼がゆっくりと閉じられる。
 すっかり溶けたかき氷は彩り豊かな砂糖水に変わり、きらきらと陽光を反射させていた。