とはり
2024-10-18 03:09:46
5021文字
Public DF
 

行き止まりのゆりかご

終電で終点まで行く二人の話
展開が暗転していますので、☆マーク以降ご注意ください
CPの有無、左右は特に決めていません

バイバイバディで垣間見た二人の絆と笑顔を見てたらこんな鬱々としたダブフェをいつまでも抱えとくわけにはいかない、と引き出しの奥で眠らせたままだった話を引っ張り出し、慌てて書き上げました
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書いていてすっごく楽しかったけど、ラストミッションスト後半公開前に出しとかなきゃ一生そのタイミングを失うと思って供養投稿した この判断は間違ってなかったなと今でも思う

 田舎の夜というものは喧しいくせにどうにもこう物寂しいものなのか。
「ん? あぁ、すまない! 周りがうるさくてついこっちの声も大きくなってしまったなぁ。逆にそっちの声は聞こえにくいからもう少し声を張ってもらえると助かるぞぉ」
 げこげことけたたましい蛙の輪唱が脳を揺らしてぐらぐらする。街灯もなく果てまで続くような真っ黒な田園風景の中に突っ立っていると世界に取り残された気持ちになる。
「うん。まぁ、随分と遠くまで逃げられたが頼まれたことはちゃんと済ませたからから安心してほしい! ではまた! ばいば~い」
 クライアントへの連絡を終え、通話を切る。そそくさと住宅地の方面に向かうと、夜に紛れる鴇色の髪が温い風に揺れるのが見えた。
「こはくさ~ん、終わったぞぉ」
「ん。ほな行こか」
 手を振る斑の姿が見えるなり、こはくは背中を預けていたブロック塀から体を起こし、ぐーっと伸びをする。
「随分と遅くなってしまったなあ」
 今日のDoubleFaceの"仕事"は想定よりも長引いてしまった。ロケを装ってターゲットに近づいたは良いものの、小物にしては勘がよかったそいつは小物らしい逃げ足の早さで二人を翻弄した。
 知恵の輪のように複雑に入り組んだ都会の路線図を乗り回し、二人が追いかけ追い詰めてとっちめる頃には、豊かな田園が広がる田舎にまで逃げ込まれてしまった。与えられた任務を無事達成できたのは良かったが、気づけば時間は良い子が眠る時間はとうに過ぎていて、まばらに建つ家の灯りのほとんどは消えている。
 辛うじて終電はあるだろうかと端末の画面に表示される時間を確認しながら、最寄り駅までの深い夜の路を並んで歩く。明るいところに出るまでは気が抜けない。"敵"はいつだってこういった暗がりからやってくる。ターゲットの仲間が隠れていて不意に襲われる可能性だってなくはないのだ。
 しかし、こうも暗いと傍にいなければ相手の顔すら満足に見ることができないのは不便だ。隣の幼顔を見遣ると、ふあぁっと大きな欠伸をひとつこぼしている。
「今から寮に帰るのも面倒だし、この辺でホテルでも探すかあ? 田舎とはいえラブホテルのひとつやふたつくらいはあるだろうし」
 斑の提案にこはくは眠気にたゆんでいた眦をを吊り上げた。まあるい瞳がふらふらと動揺にゆれながら斑を見上げた。
「ら……っ! ほ、てる、って……あ、アホなこと言いなや!」
 怒号が閑静な田舎に響き渡り、こはくは慌てて口元を手で押さえた。
「ぬしはんはホテルに泊まりたいんか知らんけど、わしは寮に帰って休ませてもらうで」
 いくらか声のトーンを落として、呆れたようにため息をつく。
……こはくさんと一緒じゃないと泊まる意味がないじゃないかぁ!」
 はははっ、と更に冗談めかしてからかうとパァンと尻たぶを平手打ちされた。音の割にそれほど痛みは感じなかったから、きっとこはくの手のひらの方がよっぽど痛みを味わったに違いない。
 ギロリと恨めしそうに斑を睨み付けたこはくは怒り肩でずんずんと前を進んでいく。

 閑散とした駅のホームはあちこちにクモの巣が張り、パチパチと点滅する蛍光灯には光を求める虫達が群がっていた。
 案の定、というべきか自分たち以外の人影は見当たらず、無言のホームに最終電車の到着を知らせるアナウンスが鳴る。
 キィと甲高い金属音を響かせて目の前に止まった鈍行列車に乗り込むが、そこにも人の影はひとつもなかった。眠っているかのような静けさにどこか不気味な印象を受けるが、広々と利用できるのは悪くない。くらくらするほど煌々と内部を照らす車内灯の眩しさに目を細めながら入り口すぐ傍の座席に腰かける。
「ん?」
「何や?」
 至極当然といった様子ですぐ隣に腰を下ろすこはくに、思わず声をこぼすと訝しげに見上げられる。何でもない、と返せば首を一度捻ったこはくは手元の端末に視線を落とした。
 貸し切り状態の車内なのだから、距離を取って座っても構わないというのにきちんと席を詰めて並ぶこはくの律儀さに、斑は胃の辺りがむずむずとして噴き出してしまいそうなのを堪える。
 あんなにぷりぷり怒っていたから愛想を尽かして別の車両に乗ってもおかしくないと思っていたのになぁ。
 耐えきれずわずかににやついた口角をこはくから隠すように窓に目を移すと、並んで座る二人の姿が反射していた。車内が明るいせいで外の景色は見えず、まるで黒い鏡のようだ。
 土地勘もないため、景色が見えたところでどこを走っているかなどは分かりようもないのだが、深い闇だけが広がる空間はどことなく心を落ち着かなくさせる。
 言葉も交わさぬ静寂も相まって、窓の外の不気味な闇に車両ごと丸呑みにされているみたいで、いったい何処へ連れていかれるのだろう。辿り着いた先は二人っきりの異世界かもしれない。
 なんて在りもしない空想に耽る斑の横で、ふわりと再びこはくが欠伸をこぼした。
「不思議と電車の振動には眠気を誘われるんだよなあ。寝ててもいいんだぞお、着いたらママが起こしてあげよう!」
 斑の言葉にこはくは顔をしかめた。
「うっさいなぁ。寝えへんわ」
 斑に気の抜けたところを見られた気まずさからか語調を強めたこはくはぷいとそっぽを向く。
 啖呵を切ったものの、ガタンゴトンと規則的な揺れはまるでゆりかごの様にこはくに心地よい眠気もたらしていく。
 こはくは明日の予定を確認しているらしく、握られた端末の画面にはスケジュール表が映されている。午前中はどうやらオフのようだった。
 舟を漕いではかぶりを振って眠気を飛ばし、しかし数分後にはまた舟を漕ぎだす。次第にその間隔が短くなっていき、やがてこはくの動きが止まる。ほどなくして、ぽすりと右肩に重さを感じた。
 ちらりと横目で確認すると項垂れた鴇色のつむじが視界に入り、とうとうこはくが寝落ちたことを察する。
 今日は駆けずり回ったからなあ、仕方ないよなあ、と隣から聞こえる規則正しい寝息に口角が上がる。
 ぼんやりと車内の電光案内板に表示された文字を追っていると、乗り換えの駅が近づいてきたことを知る。そのまま視線を正面の窓に下ろすと、そこにはまるで仲睦まじく寄り添う二人の姿が反射して映っていた。それが案外馴染んで見えたのが可笑しくて、は、と胃の底にあった空気が口から漏れる。
「っはは……これはこれは」
 斑がこぼした声は砂漠のように乾いていた。だから気づいてしまった。オアシスを求めている自分の心に。
 ホテルに行くか、とからかった時に狼狽えて頬を朱に染めたこはくの色がどうしてか頭から離れなかった。顔色ひとつ変えずに受け流されると思っていたのだ。不意に心拍数が上がったのは、まるで斑を意識しているかのような予想外の反応に驚いたからだと、そうに違いないと思いたかった。
 DoubleFaceとして行動する時のこはくはいつもどこか気を張って斑と一定の距離を保っている。ユニットの性質、組んだ経緯、請け負う仕事の傾向からいえば不自然だとは思わなかった。仲良しこよしで組んだ仲ではない。心を開いて互いの存在を迎え入れずとも活動に支障はなかった。似たような真っ黒な境遇を持ってはいるが、心の柔らかな部分に秘めた傷をさらけ出して舐め合うために一緒にいるわけではなかったはずだ。
 けれど、こんなに無防備な姿をさらけ出されて、心地いいと感じてしまっている自分に気づき始める。閉じた心の隙間を抉じ開けて居座るこはくの存在がちらついて、心臓の片隅がもぞもぞと擽られる。もしや、こはくの心の隅っこにも自分が入り込んでしまっているのではないか、と記憶の端々にあるこはくの反応を思い出しては思い上がりそうになる。
 そう思うと同時に、世間知らずのこはく自身の迂闊さにも警戒せざるを得なかった。気の抜けた姿は特定の人物だけ見せる姿なのか、それとも誰彼構わず見せる姿なのか。
 後者の思考が過った時、腹の奥から鈍色の澱がまろび出てくる感覚が訪れて、咄嗟に奥へ押し込んで蓋をした。"それ"が何か分からないほど斑も鈍感ではなかったが、隣で眠りこける相棒の寝顔に意識を逸らしてそれ以上思考することを止めた。
「まいったなぁ」
 斑の苦笑を掻き消すように、ゴトンと電車が音を立てて揺れた。続いて電車の速度が落ちていき、キィーっと金属の擦れる音と共に心地いい揺らぎが止まる。目的の場所に着いた電車のドアが開いても、斑は身じろぎすらしなかった。
 自身の端末の電源を落とし、斑が目を閉じると電車のドアも閉まる。
 ガタン……ゴトン……ガタン、ゴトン。
 電車がスピードを上げながら走り出す。徐々に速度を早めていた揺らぎが一定の間隔で安定する。半身に寄りかかる小柄な身体も振動に合わせて揺れて、生じた摩擦が服を通して肌に伝わる。じわじわと熱を帯びていく片側に疼き始めた胸の鼓動に気づく前に、斑はゆっくりと目を開けた。
「おやあ? どうやら寝過ごしてしまったようだなあ」
 わざとらしく独り言ちて、こぼれるのは乾いた笑いだけ。
 あどけない寝顔を窓に映して身を預ける相方は怒りも笑いもせず、すやすやと寝息を立てている。
 静寂を取り戻した揺らぎが二人の体を包み込みながら遠くへと運んでいく。
「Clickety-clack-clack-clack……
 口ずさむ歌が子守唄のように静かな夜に甘く響く。












 三毛縞斑が消息を絶って三年が経った。
 寂れた駅のホームに貼られたまま色褪せたDoubleFaceの防犯ポスターを横目に、人の少ない夜の電車に体を滑り込ませた。
 ガラ空きのボックスシートの窓際の席に腰かけてくたびれた体を沈める。伸びをすると少し窮屈に感じた。
 三年の間にぐんと伸びた手足。しかし、筋肉の付きづらい体質はどこか華奢な印象が抜けず、会う人会う人にちゃんと食べているかと訊ねられる。もちろん、ちゃんと食べている。
 遠くなった自身のつま先を見る度に、きっともうあの衣装に袖を通すことは出来ないだろうと痛感する。Crazy:Bの衣装は身長が伸びる度に採寸し直し新調してもらっているが、活動のないDoubleFaceの衣装はそうもいかない。今も暗い倉庫の奥で眠っているのだろう。斑の衣装と共に。
 節だった指にこれまた伸びた髪を絡める。頬をちくちくと刺激する跳ね放題の髪は、ハーフアップにしてまとめるようになった。
 編んで束ねることも試みたが、綺麗にセットできずぼさぼさになるので早々に諦めた。毎日あの髪型を整えていた斑の手先が器用であったことをその時初めて知った。ガサツなようでいて存外繊細なところもあったのだ。気づいた頃にはふらりと姿を消していたのだが。
 電車は夜の街を真っ直ぐに滑っていく。車窓の奥の景色は闇に包まれて窺い知ることができない。家の光や街灯が瞬く星のように、時折ちかちかと通りすぎるだけが辛うじて分かる。
 乗り換えの駅が近づく。疲れた体で真っ暗な景色を見つめていると腰を起こすのが面倒になる。このままどこか知らない遠い場所まで行ってしまおうか。
「Clickety-clack-clack-clack……
 夜の電車に独りでいると懐かしいメロディーが脳裏をよぎる。軽快なはずだった音も独唱では虚しさを連れてくるだけだ。
 昔、二人で寝過ごして終着駅まで向かった出来事を思い出してしまうのはあのポスターを見かけた感傷からだろうか。
 斑はある日、煙のように跡形もなく消えた。理由は知らない。どういうつもりだと胸ぐらを掴んで問い詰めようにも、いくら探してもそのしっぽすら掴めなかった。元々海外を飛び回っていた男だ、今も世界の片隅で悠々と過ごしているのだろう。
 車内の灯りがいやに眩しくて、逃げるように外に目を向けると窓に映った自分と目が合う。薄情な相棒の背中をいつまでも追い求める、未練がましい男の姿がそこにあった。その口元が歪に形を変える。
「っはは……あほくさ」
 電車が止まると同時に、するりと髪をほどいて立ち上がる。乾いた嘲笑は誰にも届かず、発車を予告するアナウンスに掻き消えていった。