とはり
2024-10-18 02:35:32
4274文字
Public ハデ少
 

終雪

ハーデイの心に開いた穴は少年の形をしているのかもしれない(願望)

動くLa Mortの美しさに掻き立てられるように書きなぐった。La Mortラストシーンの拡大解釈話。供養。
少年とハーデイとのラストシーンにいくらでも夢を見ている。
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どうやら、RtS円盤発売を記念して投稿したものらしい。
La Mortラストシーンの拡大解釈なんてなんぼあってもええ。

 雪が降りしきる私たちの最後の冬の夜。町で一番空に近い高台で、少年は自らの命を捧げると誓い、私は少年の最期の一瞬までを見届ける覚悟を決めた。
 高台を降りる頃には激しい吹雪はぱたりと止んでいて、あっという間に教会へ帰ってこれてしまった。天が私たちの別れを急かしているようで恨めしかった。
 ギィ、と音の軋む教会の扉を開いて中へ入るが、後ろに続く少年の足跡がぴたりと止まったことに気づいて振り返る。外と教会の境界で立ち止まった少年の視線は、雪のちらつく町の景色へ向いているようだった。
「少年?」
 私の呼び掛けに、はっと振り返った少年は「何でもない」と口の端上げ、私の横を通り抜けて教会へと入っていく。少年の吐いた息が白く細くたなびいて曇天へと吸い込まれていった。
 バタン。大袈裟な音と共に扉が閉まり、まっさらな静寂が私たちを包んだ。風の音も雪の音も人の気配も感じない。ここにいるのは私たち二人だけだ。
 少年はゆっくりとした足取りで奥へと進み、祭壇の中央で立ち止まった。そこは丁度ステンドグラスが透かす光の下で、月明かりが照らし出す極彩色の光が少年の身体に降り注いでいた。
 光を身に受けながらステンドグラスの向こう側にある空をぼんやりと見上げる姿は、神に愛された天使のように清らかで美しく、されど、神に見放された少年の運命を重ねると、殊更哀しげに映った。
 おもむろに頭上へと手を伸ばす少年が、そのままどこか遠くへ連れていかれそうで、慌てて彼の腰に手を回してその背中を引き寄せた。天に向かって伸びる少年の手を後ろから捕まえると、そっと握り返される。
 密着した私たちのシルエットはまるでダンスを舞うかのようで。深い月夜の中で二人、永遠に踊り続けることができたらどんなに良かっただろう。
「俺、生きたいとか死にたいとか今まで考えたことなかったんだ。どうでもよかったから。俺が生きてようが死んでようが意味なんてないと思ってた。特別生きたいと思ったこともなくて。もし死んじゃっても、そんなもんかって受け入れることができるだろうな、ってどこかで思ってた」
 ぽつりぽつりと少年が言葉を紡ぐ。繋いだ手に注がれていた少年の視線がふと地面に落ちる。
「でも、いざ死が目の前にやってくると、そんな風に割り切れない自分がいたんだ。勝手だよな」
 少年から自嘲の吐息が漏れる。そんなことない、と否定しようとした私の言葉を遮って彼は続けた。
「春が来ないのは俺のせいで、だからハーデイが殺しに来たんだって知って、最初はなんで俺なんだって思った。けど、俺が死ぬ意味が生まれてなんだかほっとしたんだ。この命に価値が生まれたような気がしたから」
 ハーデイ、と私の名前を呼ぶ声はか細く掠れていた。
「死ぬ、ってどんな感じ?」
 死、という単語が少年の口から飛び出す度、心臓が激しく揺さぶられる。少年の手を握る指の先から体温が抜け落ちていく。一回り小さい少年の手が零れ落ちそうで指先に力が籠った。
「死んだ先には何があるのか、死神のハーデイなら知ってる?」
 少年が口にする疑問への答えに困窮する。少年の背中に立つ私には、彼がどんな表情で言葉を紡いでいるのか分からない。
 ただ、私が死神だと強調するような言葉に彼の深い悲しみが滲んでいるように思えた。我々がそれぞれ決定的に違う存在なのだと言葉にすることでその事実を咀嚼し、少しずつ受け入れようとしているのかもしれなかった。
 私たちは私たちでなければこうして出会うこともなかったのだから、悲しむ必要などないのだと、そんな言葉は気休めにもならない。
……ごめん、変なこと訊いた」
 続く沈黙に、私が答えを持たないことを察した少年が口を開く。強く手を握った少年の指先は微かに震えていて、その震えごと包み込むように手を握り直す。
「怖い?」
 死ぬのが怖いか、なんて自明の問いかけだった。けれどこの一言が、表面張力のように限界まで張り詰めていた少年の心にとどめの一雫を垂らしてしまった。
 素早く私を振り返ったその勢いで少年の目の縁からほろりと雫が零れる。振りほどかれた手が私の背中に回って、少年の頭が胸に埋まる。
「迷いなんかなかったはずなんだ。ハーデイから暖かい日々をもらって、もう大丈夫だって、自分の運命を受け入れたつもりだった。けど俺、死ぬのが怖いのかな。分からないや。分からないけど……ハーデイと会えなくなるのが寂しいって、ハーデイともっと一緒にいたかった、って。それだけは、分かるんだ」
 私の胸に額を押し付けて濡れた声を絞り出す少年の姿に心臓が押し潰されてしまいそうだった。ぎゅうっ、と少年の指先が私の服の皺を濃くする毎に胸の痛みが増していく。少年との思い出をもっと作れたら、共に春を見ることが出来たなら。
 願いや祈りは溢れてくるが、叶えてくれる神様はこの空にはいない。
「私も、同じ気持ちだ」
 ようやくそれだけ告げる。少年の柔らかな春色の髪をかき混ぜて、顔を寄せる。外の冷気を吸い込んだ髪は冷たく湿っていて、深い冬の香りがした。
 私たちはしばらくそうして互いの存在と温もりを刻みつけるように静かに息をしていた。

 もう大丈夫、と体を離して笑って見せる少年のほんのり赤い眦に唇を寄せると、くすくすとくすぐったそうに息を漏らした。戯れが終わると、まだ潤みの残るライラック色の瞳が私を見つめる。
「ハーデイ。あんたになら殺されても構わないって思ったこと、ちゃんと本当なんだ。殺されるならハーデイがいい。他の奴になんか明け渡したくない」
少年は私の手を掬い上げ、そのまま自分の胸へと導く。どくんどくんと力強く脈打つ彼の鼓動が、手のひらを通して伝わってくる。
「だからハーデイも、他の奴になんか奪わせないでくれ」
 真っ直ぐなライラックに射抜かれ、自然と深く頷いていた。私の返事に少年の表情が明るく綻んだ。
 深く息を吸った少年が委ねるように目を閉じたのを確認して、胸に置いた手に力を込める。手を伝って「断罪の死神」の力が少年の体に流れ込み、その輪郭が光に包まれる。
「わっ」
 力が抜けて崩れる少年の体を受け止めながら、固く冷たい教会の床へとしゃがみこむ。
「体に力が入らないや……
 膝の上に横たえた少年が自らに訪れた奇妙な感覚に目を丸くして私を見上げる。その視線を受ける私の顔はきっとひどく歪んでいたに違いない。
 死神の力が着実に少年を触み、別れの瞬間が刻一刻と近づいていることを実感し、息が詰まる。吐く息がか細く揺れる。覚悟を決めた少年とうってかわって私の心は臆病に震えていた。
「俺は……死ぬのか?」
 淡く光を纏って微かに透ける自身の手をまじまじと見つめる少年の、その手を取って頬へと押し当てる。
 運命に絡めとられ瑞々しいまま奪われる彼の儚い生命を思うと、罪悪感と無念さとで懺悔の言葉をこぼさずにはいられなかった。
 良いんだ、と赦す声音は暖かく、眦に滲んだ私の涙を拭う指先はうんと優しかった。
 少年を包む光が一層強く輝くと、少年の視線が不意に遠くへ向かって、焦点が合わなくなる。規則正しく強く脈打っていた鼓動が次第にリズムを緩め、引いていく波のように穏やかに遠くへ収束していく。命の灯が消えゆくのに確かな焦燥を覚えるが、もう止めることはできない。これは二人で結んだ覚悟なのだから。
「ありがとう」と「さよなら」を告げた少年が眠りに誘われるようにゆっくりと閉じていく。
 ふ、と少年の唇から微かな吐息がこぼれ、手の中の指先がぴくりと震える。それを最期に少年の全身が脱力し、腕の中の質量がずしりと重くなる。
 深く、深く、醒めない眠りについた少年を見つめる。その手を強く握りしめても「痛いよ、ハーデイ」と困ったような笑みが返ってくることもなければ、握り返してくれることもない。泣いたり、微笑んだり、表情を変えていた少年は固く瞼を閉じたまま、ぴくりとも動かない。くまなく見つめても安らかに眠っているようにしか見えないのに、薄く開いている唇から吐息が零れることはなく、彼の時間はぴたりと止まってしまったのだと思い知らされる。
 撫でた頬はまだほんの少し暖かくて、柔らかい。けれど、握った手のひらは徐々に温度を失い、生者としてのぬくもりと柔さを手離そうとしている。
ゆっくりと確実に、冷たくなっていく少年の体を腕に抱く。止められぬ時間の残酷さに体の中心からずるり、とすべての力が抜け落ちていく。
 何もかも全て空っぽになってしまったようだ。多くの思い出を育んだ、この教会の景色を目に映しても何も感じなくて。世界はこんなに空虚なものだっただろうか。ひとりぼっち取り残されて迷子になってしまったみたいに心細い。私はこれからどこに行けばいいのだろう、何をすればいいのだろう。
 なぁ、少年──
「っ……う、」
 少年の頬にぱたぱたと雫が落ちる。空っぽなはずの体から涙だけがとめどなく溢れてくる。
 それは少年の陶器のような肌に留まることなく、滑らかに表面を伝って、カーペットにシミを作っていく。

 最愛を喪った死神の慟哭が、街外れの寂れた教会に哀しくこだまする。
 遥か頭上のステンドグラスから差し込む一筋の光が死神の背を照らす。雪の止んだ雲間から顔を覗かせた陽光が、別たれたふたつの影を淡く包み込んでいた。





 約束の通りに永遠の冬が終わり、春がやってきた。凍えて眠っていた生き物や緑が目覚めていく景色を眺めながら、きちんと約束を果たすなんて神様も律儀なもんだ、と吐き捨てる。
 敬虔なひとりの少年の命と引き換えに春が訪れたこの世界はハッピーエンドを迎えた。なんて美しい結末だろう。
 足元に芽吹く綿をつけた花を手折って、光に翳す。指先で捻るだけで驚くほど簡単に花の命は奪われる。少年の命もまた、そうやって世界から損なわれていった。
 手折ったのはどちらも私だ。この地に健気に咲いていた頃の時間には戻れない。
 あえかな命が満ちるこの町が幸せなエンディングを迎えようと、私に祝福のエンドロールが流れることはない。この体に抱えた想いや痛みはこれからも続いていく。
 手元の花にふっと息を吹き掛けると、綿の羽をつけた種が一斉に空へと舞い上がる。風に乗ってどこまでも遠くへ、透き通った青空を漂っていく。
 このまま遠く遠く、少年のもとまでこの春の種が届けばいい。
 叶わぬ願いを、空に投げた。