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とはり
2024-10-18 00:51:44
3919文字
Public
ひめこは
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監視カメラの死角
監視カメラの死角でいちゃつくひめこはかわいいなって思いました。【pixivから移行】
補足:HiMERUが星奏館入寮前まで住んでいた部屋を手離していない世界線
「あいつら、また堂々と遅刻してくる気やろか」
二人きりの静かな会議室に桜河こはくの声が響く。
「でしょうね。一応まだ約束の時間の30分前ではありますが」
うんざりといった様子で溜め息をついた桜河が示す「あいつら」とは、もちろんCrazy:Bの天城燐音と椎名ニキのことである。天城に振り回されがちな椎名はともかく、時間という概念を故郷に置き忘れてきたのではないかと思わせる天城は、さすがに本番に遅刻することはないものの、打ち合わせと名のつくものに定刻通りに来た試しがない。
本日もその打ち合わせの名のもとに会議室に集合がかかっていた。
どうせ今日も時間通りには来ないだろうと予感しているのはこちらも同じだった。
桜河と会議室で落ち合ったのは数分前で、本当はもう少しゆっくり来てもよかったのだが、早めに会議室に向かうことで桜河との時間が少しでも長くとれるのではないかという思惑を抱いて、寄り道もせずこの場所に向かった。流石に早すぎるかとも思ったが、偶然か否か桜河もほぼ同時にこの場所に姿を見せたのは幸いだった。
桜河とは、同じユニットのメンバーという関係を越えた公に出来ない関係にある。
恋慕の情を共有し合った不埒な関係。スキャンダルな関係にはスリルを感じながらも、桜河との時間はそれを忘れさせてくれる、幸せで蜜のように甘い時間だ。
桜河が用意されていた資料を手に取り、ぱらぱらと不規則に紙をめくる音だけが会議室に鳴る。
横に座って真剣な横顔を見つめていると懐かしさに似た感情が胸に生まれて、近頃触れ合うことすらできていなかったなと省みる。
最後に触れたのは確か、Crazy:Bで受けた地方のロケの仕事で使ったロケバスの中だったか。ユニットのメンバーやスタッフなどの人目が多い上に、乗り物酔いに襲われて苦しそうに呻く桜河に肩を貸して看病に尽力していたこともあって、甘い雰囲気とは程遠いものではあったが。
それ以降は互い違いに仕事が入っていたり、複数人を交えての仕事であったり、二人きりで過ごせる時間をとれずにいた。こうやって桜河の顔をゆっくりと眺めることすら遠い過去の記憶のように思える。
二人きりの空間で触れるくらいは許されるだろうか、と思案するが、視界の端にちらついた監視カメラの存在を思い出して、心の中で首を横に振った。
ここESビルにはやたらと監視の目が張り巡らされている。アイドルの安全を守るためという大義名分を掲げているが本当のところはわかったものではない。HiMERU自身も情報収集のため便利に使わせてもらった経緯があるものの、桜河に触れて抱き締めることさえろくに叶わない今の状況は煩わしくて仕方がない。スキャンダルに飢えた世の中で迂闊な行動をとれば食い物にされて、自分の身を滅ぼしかねない。
もどかしい思いを抱きながら、記憶から手繰り寄せた桜河の肌の温度を反芻していると、ちらりと伺うようにこちらに視線を向けた桜河と目が合う。
桜河は視線がぶつかったことに少し驚いたような表情を見せた後、ぐるりと自分達しかいない部屋の中を見回してから席を立つ。意図のつかめない行動に、自然と視線が桜河を追う。
桜河は距離を計測するかのようにそろりと一歩ずつ入り口の壁際へと歩を進めていき、ある程度進んだところでくるりとHiMERUの方に向き直った。
「HiMERUはん、ちょっと」
小さく手招きをされて、訳の分からないまま桜河の元へと歩み寄る。
「もうちょっとこっち......うん、ええよ。ちと屈んでくれる?」
言われるがまま立ち位置を調整して、目線を合わせるようにして少し腰を落とす。レッスン終わりなのか桜河から微かに汗の匂いが漂う。近づいた距離にほんの少し胸を高鳴らせていると、すっと伸びてきた両手に頬を包まれて、きらりと輝くすみれ色に視界が占領されたと思った時には唇に柔らかな感触が訪れていた。
唇同士が音もなく触れて離れて、幻だったんじゃないかと思うほどのあっという間の出来事。けれどもそれが夢でも幻でもなかったことは、目の前にいる頬を薄く染めた桜河の表情が証明していた。
「んっとな......ここ、監視カメラの死角なんよ。最近ご無沙汰やったから我慢できんくて......堪忍な」
起こった状況を上手く飲み込めないまま桜河を見つめていたHiMERUとの間を漂う沈黙に耐えきれなかったのか、言い訳のようにか細い声で呟く。話す内に耳まで赤く染めてしまった桜河がとった行動の珍しさに目を見張る。普段は自分から求めてくることなどほとんどない桜河から、どうやって能動的な愛情表現を引き出そうか苦心しているほどだ。そんな桜河が自ら誘いをかけるほど切羽詰まっていたのだろうか。監視カメラの死角について知った時からその機会を伺っていて、その間ずっとHiMERUのことを考えていてくれたのだろうか。
推測すればするほど幸福感が一気に体を駆け巡っていく。同時に、桜河の感触への飢えを無意識に抑えていた心と体が、魅惑的な花を目の前にして思い出したように渇望を訴える。砂漠でようやく見つけたオアシスに飛び込むような、なりふり構わない勢いで桜河の唇を奪う。
「あっ、ちょ、ひめる、はん......!」
口づけの隙間から抗議めいた声が漏れるがお構いなしに口内を蹂躙すると、次第にくぐもった声が甘さを含んで桜河から漏れだして、飢えていた心がじわじわと満たされていく。
ぐっと胸を強く押されて唇を離すと、潤んだ目尻を吊り上げた桜河に鋭く見つめられる。
「こらっ、燐音はんらが来たらどうするんや......!」
「......誘ったのは桜河ですよね?」
久々の触れ合いを中途半端に中断された上に、HiMERUに一方的に非があるかのような言い方に耳朶をくすぐりながら反論すると「う......」と気まずそうに目を伏せる。
「せ、せやけど......せっかくHiMERUはんと二人きりやったんやもん。ちょっとくらい、っち思うてまうやん」
「桜河ストップ。こちらが悪かったですから。それ以上可愛いことを言わないでください、止められなくなりそうです」
さっきまで思いきり吊り上げていた眉と眦をしゅんと下げてしおらしく見せるのはずるい。理不尽を押しつけられたことも何もかも忘れ、甘やかして腕の中に閉じ込めたくなってしまう。
「可愛い」と言われたからか、赤い頬で不満そうに口を尖らせてHiMERUの脇腹を軽く小突く。そういうところが愛らしくて仕方ない。
「......なぁ。今晩HiMERUはんのお家にお邪魔してもええやろか」
桜河の突然の提案に思わず「えっ」と声が上擦る。瞬時に思い浮かんでしまった期待と欲望に塗れた光景を打ち消して、動揺が悟られないよう取り繕いながら返事の言葉を紡ぐ。
「構いませんが、HiMERUはこの後もいくつか仕事が入っているので遅くなりますよ?」
「ええよ。待ってる」
指を絡めて健気な言葉を返してくる。桜色した癖っ毛から覗く耳までもほんのり染めている桜河の考えていることを知りたい。煽られるまま期待してしまっていいのだろうか。先程振りほどいたはずの欲望がふつふつと再び姿を見せ始める。
人目があるところではそんな素振りを全く見せないくせに、二人きりになると途端に甘い表情を織り混ぜてくる。素直じゃないなと思うが、今にも崩れてしまいそうな表情筋を必死に保っている自分自身も、人のことを言える立場ではないのかもしれない。
「桜河、それは......」
桜河の真っ赤な表情と共鳴して、熱が集まってきた顔を隠すように口元に手を当てる。口を開いた時、HiMERUの言葉を待っていた桜河の肩がぴくりと跳ねる。
「誰か入ってくる!」
小声で言葉を発するのとするりと指をほどいてテーブルへと体を向かっていったのと、どちらが早かっただろうか。あっという間に桜河の体が離れていく。
部屋の前で立ち止まる足音が桜河にはいち早く聞こえていたのだろうか。桜河が去ってすぐにコンコンと部屋の扉を叩く音が響く。引かれるように桜河の後を追ったHiMERUの体が元いた椅子に腰を降ろすのと会議室の扉が開いたのはほぼ同時だった。
「お疲れ様です」と穏やかな挨拶と共にスーツを纏った女性が姿を見せる。
何事もなかったかのように涼しい顔でHiMERUは「お疲れ様です」と返したが、部屋に入ってきた女性──『プロデューサー』に桜河の顔を赤らみを指摘されてしまった。
アイドルのことを第一に考える『プロデューサー』は真っ先に桜河の体調不良を疑って「大丈夫?」と不安そうに首を傾げる。
さっきまで二人きりなのをいいことに逢瀬を楽しんでいました、なんて正直に言えるはずもなく、罪悪感がチクリと胸を刺す。桜河も同じ気持ちだったのか苦さを含んだ笑みで大丈夫と返事する。語尾に付け加えられた謝罪に『プロデューサー』は不思議そうな顔をしたがそれ以上追及されることはなく、二人でほっと胸を撫で下ろした。
先に来たのが『プロデューサー』で良かった。天城であれば桜河の表情で自分達の関係に気づかれていたかもしれない。
隣に座る桜河は勘の鋭い天城達がやってくる前に顔の熱を冷まそうと努めているのか、持参していたペットボトルの水を一気に呷り頬に手を当てて細く息を吐いている。
未だに熱の引かない形のいい耳を眺めながら、今晩の仕事は一段と気合いを入れて早く上がろうと心に決めた。
世間からの死角で、誰にも邪魔されない逢瀬を長く味わうために。
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