とはり
2024-10-18 00:41:55
1676文字
Public ひめこは
 

誓いのゴールド

ユニット衣装着る時に指輪をお互いにつけあいっこする習慣があるひめこはがいたらかわいいなと思いました。【pixivから移行】

 ライブ直前の控え室。ユニット衣装のジャケットに袖を通してピンと背筋を伸ばす。ユニットの性質上、背筋を伸ばして改まる必要性はあまりないようにも感じられるが、ステージに向かうと思うと自然と身が引き締まる。
「HiMERUはん」
 呼ばれて振り返ると同じユニットのメンバー、桜河こはくが整った爪の先をこちらに向けて手を差し出している。もう一方の手のひらには金のリングがお行儀よく乗せられている。この光景にもとっくに慣れた。
「着替えるのが早くなりましたね」
 ユニット衣装をきっちりと身に纏ったこはくの姿を見て感心の声を溢す。
「もうぼちぼち慣れていかんとな。これからもやっていくんやから。」
 最初は袖の通し方も分からなかったこはくも、今では他のメンバーと比べても遜色ないほどの早さで衣装を着ることができるようになっている。
 しかし、それもユニット衣装限定での話であり、新しい衣装や使用頻度の低い衣装に関しては未だにHiMERUの手解きを受けなければならない状態で、インナーとにらめっこをするこはくの世話を焼くHiMERUも満更ではなかった。
 ユニット衣装を一人で手早く着れるようになったこはくも、初めから難なく着こなしていたHiMERUも、互いに着けてもらう物があった。
 衣装に付属している指輪。いつの頃からか指輪だけはHiMERUもこはくも互いに着け合うようになっていた。きっかけはユニットを組んでまだ日の浅い頃、HiMERUがこはくに指輪の着け方を実演しながら指南した時。
「HiMERUはんのはわしがつけてもええ?」という問いに特に断る理由も思いつかず、承諾したことから始まった。言われた通りに差し出した手のひらを掬い取りそうっと指輪を通して、当たり前のことだが金のリングが左手の人差し指にぴたりと嵌まる。たったそれだけのことで瞳を輝かせてはにかんだこはくの愛らしい表情が今でも時折脳裏にちらつく。
 ユニット衣装を身に纏うのと同じ数だけ繰り返してきた行為。いつまで続けるのかなんて訊いたことも訊くつもりもなく、今ではただ漫然と習慣として続けている。
 いつものようにこはくの右手を取り、骨張った親指にチープで軽薄な金のリングを通していく。
まるで結婚指輪を受け渡す真似事。お互いをステージに縛る鎖のように、誓い誓わされるかのように丁寧に指に通していく。
 胸中を支配する高揚感はライブへの期待か、はたまたこの行為のせいか。
 こはくの分が終われば次はHiMERUの番。言葉もなく差し出されたこはくの左手に同じく左手を重ねて、自分の指にも金がゆっくりと嵌められていくのを目で追う。
 この行為の間何を考えているのだろうと鼻歌でユニットの曲を奏でるこはくへと視線を移すと、やけに澄んだすみれ色の瞳とぶつかってギクリと心臓が鳴る。
「ん、今日も気張っていこな」
 ぶつかった視線に特に言及することもなく、にっと笑顔を見せる。
 HiMERUの左手の指にはしっかりとリングが嵌められていて、既に儀式は終わっていた。じきにスタッフから配置につく声がかかって、ライブという名のパーティの始まりに向けて周りがばたばたと騒がしくなっていく。
「行こか」
 弾んだ声を残してするりと手が離れ、こはくの体が控え室のドアへと向かっていく。初めの頃より幾分か逞しくなった背中が少し遠くに感じて、宙に浮いたままだった左手を鴇色の蜜蜂へと伸ばす。
 HiMERUの行動を知るよしもないはずの、先を行っていたこはくの体がくるりと軽やかに180度回って、再びすみれ色の双眸と対峙する。
「ずうっと一緒にいよな」
 こはくがHiMERUに向けて伸ばした右手の先の金が照明の光をギラリと反射させる。真っ直ぐ届いた声がHiMERUの中でやけに反響する。
 いたずらっ子のように細められたすみれ色と言葉の意味を問うHiMERUの声は、期待に染まる会場の歓声に掻き消された。

 これから沸き上がるステージの上では、未熟な独占欲を纏ったゴールドが二人の元で輝きを放っていた。