シノハラ
2024-10-18 00:39:23
1887文字
Public スクシオ♀
 

付き合い始めて一年くらい手を握るくらいの接触しかなかったけどそれで満足だったはずのスクシオ♀


 君への思いも、この肉に宿る欲も確かに存在する。ただ、未だかつて恋愛感情と性欲が上手く結びついたことがない。君の申し出を受けたのは、君達にも似たような傾向が見受けられるだろうという打算も含んでのことだった。
 そう、一年と少し――具体的に言えば十三日前のレイシオはその日からきっかり三週間前に関係の呼び名を変えたスクリューガムに自白した。随分と強引な搦め手から始まり、その頃にはほぼ名実ともに学術パートナーとなってしまっていたのだが、今の自分達を別のニュアンスでもパートナーと呼ぶべきかは議論の余地があると思う。それでもスクリューガムが意味合いを意図的に曖昧にしてその言葉を使おうとするのを許してしまうのが大半なのだけれど。
 レイシオの打算は妥当なものだとスクリューガムはレイシオを肯定した。自分達には愛着や愛情と自認する信号が存在するものの、それは繁殖を根源にするものではない。少なくとも自身は肉を持つ生き物の多くが有する性欲というものを自覚していない。
 その愛情の傾向をレイシオは好ましく思っている。そう伝えればスクリューガムは有機生命体と寄り添う中で大きな差異の一つであるのは確実であることを理由にして、安堵をもたらす回答だとレイシオに返した。
 無機生命体と有機生命体の間にあるそれは性質を異にするものであるのは確実だけれど、それは実のところ同族の個々にも存在する溝である。たとえばレイシオのその感覚は他の誰かからすれば理解できないものであるだろう。もしかしたら、レイシオの持つ愛情すら否定するほどの反発を招くものかもしれない。スクリューガムの考えをレイシオは否定しないのを確認してから、彼は一度切った言葉を再び紡ぎはじめる。
 そう思えばこの問題はさほど珍しいものでもなく、全ての者の前に横たわる個々人の性質を端に発する交流の溝でしかない。だというのに生まれの差というものを意識しすぎて、気がつけば大仰に捉えてしまいがちになってしまう。そんな話をいつもよりも口数を多くして、スクリューガムは当時自省したように思う。
 それから、彼はレイシオの中に宿る性欲の存在を認めた。自分達の行為の必要性を確かめるための質問をいくつかして、レイシオはその全てに必要性を感じないか緊急性がないと逐一答える。そうして二人の間で性行為は『できなくはないが、今しなくとも良いもの』として封をされてそこら辺の棚に片付けられたわけである。
 その日から一年と少しして、レイシオの中にある恋慕と性欲がまるでぱちんと音を立てるように繋がった。何か特別なことがあったと言うほどのことでもない。
 ただ、はじめて彼にだきとめられただけで。ただ、それだけのことで。こんなにも、いとも簡単に。
 ちかちかと視界が瞬いて、彼の落ち着いた色合いの服の上に光を与える。皮膚の痛点と圧点の数が跳ね上がったかのように、上等な生地の下に隠された彼の体の硬さと冷たさを明確に伝えてきた。人間のそれよりもずっと重たいはずの腕が恋人に苦痛を強いないように、繊細に調整されて微かな重みだけをレイシオに与えている。
 そっと引き寄せられて、自らのやたらしっかり育った胸が彼の胸部の下の方に押しつけられて形を歪めた。スクリューガムは日頃からレイシオの手を取ってその柔らかさを楽しんでいるような節があったので、そこも指先ほどではなかったとしても触覚のセンサーが埋め込まれているのだろう。どちらかというと自分の胸は張りのある方ではあるのでふにゃふにゃとした感触ではなかろうが、それでも彼にとって心地よいものであれば良いと思う。
 レイシオさん、と一年を過ごした恋人相手には丁寧過ぎるとも言えなくもない字面と発音で、彼がレイシオを呼ぶ。上げた面に宿る火照りを、眼に灯る熱を彼はどう理解したのだろう。さらりとした手袋越しの指がレイシオの頬に触れて、レイシオを窘めるような温度が与えられる。そのはずなのに、ぽとんとうなじから落ちた雫が脊髄を辿って下腹のあたりに落ち込んでいく感覚がした。
 それが頬を撫で顎骨に下り、首筋の頸動脈を軽く押さえるようにして、レイシオが顔を下げられないようにする。呼びかけたからにはきっと先があるのだと気がついたのは、このときになってからだった。
 この先の貴女を教えていただけませんか。そう彼は言ったはずだった。けれど、その問いかけの内容はレイシオにとってさほど重要ではなかったのだと思う。きっと彼が何を願ったとしても、自分は微かな動きであっても彼には十分伝わるよう頷いてしまっていただろうから。