殿下、王弟殿下、などと恭しく呼ばれても咄嗟に反応出来ない。どうにも自分のことだとは思えないからだ。兄上は「長らく奴隷の身分に貶められていた故だ、直に慣れる」と仰っていたがそれだけではない何か、違和感のようなものが……、
「どうした?」
「……私は……、本当にここにいてもよいのでしょうか?兄上に相応しい立ち振る舞いのひとつも出来ない」
後ろから抱きしめてくれていた兄上の唇が米神に触れる。ああ、この優しい人をまた心配させてしまっている。
「またそれか。お前は良くやっている、クライヴ。文句なぞ言わせるものか」
そうだろうか。愛想もない。剣の腕にしたって兄上には遠く及ばないし、兄上の言う特別なドミナントにも覚醒できていない……。頭のどこかで役立たず、無駄飯食らい、と女の声がずっと俺を責め立ててくる。本当にその通りで、俺はますます背を丸めることしか出来ない……、
『ミュトス』
その一言を脳が認識した途端に思考がぶつりと切断される。兄上の声は聞こえるがどこか遠い。
「自罰が過ぎるのも考えものだな。まだ当分手入れが必要か」
両の耳に入ってきた指からバルナバスのエーテルが流れ込んでくる。やめろ、やめて、それはいやだ、俺が俺じゃなくな───、
「クライヴ、私の大事な弟。お前はこの兄の声だけ聞いていればいい。私だけがお前を愛し、神に相応しい器へと導いてやれる」
「あっ、あっ」
どろりと仄暗いエーテルが頭の中に染み込んでいく。気持ちいい。めちゃめちゃにされているのに気持ちいい。助けて、だれかたすけて……誰か?私には兄上しかいないのに、どうして他の誰かに助けなんて求めているんだろう。
「注がれるものに従順であれ。それがお前の幸福」
「あァッ!」
身体が跳ねてよろけた瞬間、意識が戻ってきた。何をしていた?何を、考えていたんだっけ?頭の天辺から爪先までしあわせで溢れていて、けれどどこかぽっかりと穴が空いた感覚。
「……あに、うえ……?」
「良い子に出来た褒美をやろう、クライヴ」
ああ、きっと兄上がこの虚を埋めてくださる。なんて幸せなことだろうかと、安堵に目を閉じた。
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