溶けかけ。
2024-10-17 23:15:23
2861文字
Public ほぼ日刊
 

雨垂れ石を穿つ

龍神様ヌヴィレットと花嫁フリーナのお話。
※拙宅双子がちょっとだけ出ます。
※ヌルいですがモブによる無理矢理描写もあります。

「君が婚姻を結べる歳になったとき……私の花嫁になってくれないだろうか……?」
 朝焼けが真摯にフリーナを見つめる。
「うん、いいよ。僕、ヌヴィレットのお嫁さんになりたい!」
 差し出された手を取る。ヌヴィレットの大きな手を包むには、僕の両手でも大きくて。
「では契約成立だ。必ず、君を迎えよう」
 ヌヴィレットがフリーナを抱き上げ、呪文を唱えるとフリーナの首筋には薄っすらと青い魔法陣のような紋様が浮かび上がった。
「これ、なに?」
 水鏡に映った自身の紋様を撫でながら、フリーナがヌヴィレットに問いかけた。
「君が私の花嫁だという証だ。これがあれば、君の元へいつでも駆けつけられる」
 フリーナはヌヴィレットの言葉にきょとんとした顔をした後、微笑んだ。
「それは心強いね」

 嘘つき────フリーナは声に出さずに呟き、格子の向こうの月を睨みつけた。
 あの後、一週間も行方不明だったらしいフリーナは神隠しにあったのだと言われていた。とはいえ、フリーナからすれば、いつものように数時間ヌヴィレットと遊んで帰ってきた、という認識だったのだが。フリーナは自身の首筋の証を撫でる。
 ヌヴィレットの花嫁になったフリーナは祈るだけで雨を降らせ、願うだけで晴れに出来る能力を手に入れた。それを村の大人たちに言ってしまったのが彼女の失敗であり、長い長い生の始まりであった。
 ヌヴィレットの花嫁の証を認めた人々は、フリーナのために小さな祠を建てた。さも優しげな顔をして、フリーナをそこに入れると陰陽師や呪術師など怪しげな術を使う者達をわんさか呼んで彼女を閉じ込めた。
 フリーナが祠の扉に手を伸ばす。パチンッと伸ばした手が弾かれ、手には火傷のような傷が出来た。その傷はすぐに薄くなり、瞬く間に何事もなかったかのように元の白い肌を取り戻した。逃げようとしてもこの結界に阻まれて逃げられず、何度ヌヴィレットの名を呼んだのか思い出せない。駆けつける、という彼の言葉を信じることを止めたのはいつだったか。
「助けて……助けてよ、ヌヴィレット……

「これは美しい……
 格子の向こうの見覚えのない男にフリーナは恐怖を覚えた。男はフリーナに値踏みをするような視線を向けるとにやりと笑い、後ろにいた老人に声をかけた。
「おい、長老。あれは幾らだ? 俺はあれが欲しい」
「あれは売り物では……
「ふんっ……強情な奴だ」
 男が長老にズタ袋を投げつける。溢れ出る金銭に長老や村人たちは目をぎらぎらとさせた。
「明日にでもそれを俺の家に寄越せ。花嫁として迎えてやろう。連れて来たら更に金をくれてやる」
「畏まりました」
 男は高笑いをしながら、去っていく。金に目が眩んだ村人たちがフリーナに視線を向けた。その目は一様に虚ろで欲望に満ちていた。彼らは祠を不遠慮に開けるとフリーナを取り囲み、逃げようと動く手足を縛り付けると、意識を奪った。

「ああ、やはり俺の目に狂いはなかった!」
 男は縛られて動けないフリーナを前に興奮気味に声を上げた。顎を持ち上げ、色違いの双眸を覗き込むと柔らかな唇を奪う。
「怖がる姿も愛らしい……
 男がフリーナの着物の襟を暴き、現れた白い柔肌を見て舌舐めずりをした。
「ヌヴィレット……! 助けて……!」
「ここに助けは来ないぞ。私のつま……
「彼女は私の妻だ。勝手な真似はしないでもらおうか」
 自分でもフリーナでもない第三者の声に男が動きを止めて振り返る。
「誰だ!?」
「先ほども言ったはずだが? 彼女の夫だと……それよりいつまでそこにいるつもりだ?」
 ヌヴィレットが男を睨めつける。男は本能が逃げろと警告するの無視し大声で護衛を呼んだ。
「面倒なことを」
 部屋に大挙して押し寄せる屈強な護衛を水の膜に閉じ込めたヌヴィレットはその様子を見て唖然とする男を蹴飛ばした。
「遅くなってすまなかった」
 ヌヴィレットがフリーナを抱き起こす。
「嘘つき……! すぐに駆けつけるって言ったのに……!」
 フリーナがヌヴィレットの胸を叩く。細くともしっかりとした胸はフリーナに何度叩かれようともびくともしなかった。
「すまない……どうしても、君が見つけられなかった。君の助けを求める声は届いていたというのに……
 ヌヴィレットの瞳に映るフリーナの体はあらゆる術によって酷く濁っていた。術により不老不死に近しい体となった彼女は既に人という種としての純粋さを失い、ヌヴィレットのような者とも妖とも違う生き物へと変化しかけていた。惨いことをすると思うと同時にそうでなければ、ヌヴィレットは早々にフリーナを失い、狂っていたであろうことは想像がつく。自らの権能を分けた伴侶が死ぬということは、龍である自身にとっては死と同義なのだから。 
……今度こそ。君を一人にはしない。待たせてすまなかった」
 ヌヴィレットが手を差し出す。
 ────数百年前の古い約束、あのとき離した手は今度こそ。
「僕もう、待ちくたびれたよ……
 フリーナの言葉にヌヴィレットが僅かに眉と差し出した手を下げた。もし、この手が払われたとしてもヌヴィレットはフリーナの選択を尊重するつもりだ。
「でもいいんだ」
 フリーナがヌヴィレットを抱き締めた。
「こうして、迎えに来てくれたから」

 むかし むかし あるところに。
 いっぴきの りゅう と おんなのこ がおりました。
 おんなのこ は りゅう にみそめられ、
 およめさん になり、しゅくふくをもらいました。
 しかし しゅくふくにめのくらんだ むらびとたちは、
 おんなのこ を りゅうのめ からかくすと、
 しねないのろいをかけました。
「あのこはどこだろう? たすけて、といっているはずなのに」
 りゅう は おんなのこ をさがしつづけました。 

 ながい ながい つきひがたち、
 ついに りゅうは おんなのこ を みつけました。

「それで、おんなのことりゅうはどうなったの?」
 小さな女の子が女性に問いかける。隣にいる小さな男の子も瞳をきらきらとさせて続きを促した。普段はあまり似ていない二人があまりにもそっくりな顔をするので女性は少し可笑しくなった。
「龍は女の子を悪い村人から助け出すと、二人で遠い国の森へと逃げました。女の子は逃げた先で龍との子どもを生んで幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
 女性が本をぱたんと閉じる。二人の幼子は口々によかったね、と満面の笑みを浮かべながら、ぱちぱちと拍手をする。
「ただいま」
 男性の声に子どもたちが競うようにして、玄関へと向かう。
「ぱぱ、おかえりなさい!」
 小さな二人が男性の足へと飛びつく。男性は「あぶないからやめなさい」と注意を促すが、その顔は緩みきっていて説得力は皆無だ。
「ふふ……おかえり、ヌヴィレット」
 女性が男性に呼びかけた。男性は目元を和らげると言葉を返す。
「ただいま、フリーナ」