乙麻呂
2024-10-17 23:06:27
5689文字
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祠と逸話

祠を壊したモブとやっちまったなと言う意味ありげな人物と言う流行りに乗っかりました。
アンケートの結果、南陽殿、玄真殿ネタです。
協力下さった方ありがとうございました。

山道へと続く道の脇に、古い祠がある。
百年は前から存在すると言われるのも納得の、子どもが一人入れるくらいの大きさの年季の入った木製の祠だ。
塗装はとうに剥げ所々欠けていたが、こんな村外れに存在するには勿体無い程立派“だった”。


………………………たった今、過去形となったが。


真っ白な頭で地面に座り込み、これは夢かと目の前の祠に触れると、更に崩れて木片が足元に転がった。
(どうしよう!?)
逃げようか。そもそも、祠って壊したらどうなるんだっけ!?
………………うわ」
「ヒッ!?」
唐突に頭上から低い声がして、俺は心臓が止まりそうになった。
「あーあ、完全に壊れてるな。どうやったら祠を砕けるんだ?」
呆れ果てた声は何とも尊大で、俺は恐々と振り向いた。
「く、くだいたはいいすぎ………
言いかけた言葉が止まる。
口調から大人かと思ったが、背後にいたのは俺とそう年が変わらない少年だった。
青い服は簡素だが質が良く、腰に素人目にも良い物と分かる剣を帯びている。
しかし、日に焼けていない白い肌と線の細い整った顔立ちは、到底それを操るような武闘派には見えない。
冷淡な表情で俺を見下ろし、その少年は小さく「ハッ」と嘲笑った。
「どちらにせよ、もう手遅れだな」
「て、手遅れ?祟られるのか!?」
不安を煽る言葉はやけに真に迫っていて、俺は狼狽えた。
少年は眉を上げ、感情の見えない目で俺を見た。ゾクリとする。
少年は俺の隣にしゃがみ込むと、崩れた祠の木片を漁り始めた。
「いや?祟らないんじゃ無いか?なんと言っても、かの神は“武神一甘い”と言われてるからな」
皮肉げに笑いながら少年が取り上げたのは、扁額だった。
特に硬い木に彫られているのは、この祠に祀られている神の名だ。

《南陽真君》

つまらなそうにその名を眺めている少年に、俺は問いかけた。
「ほ、本当か?」
「何がだ?」
「あ、甘いって………
少年はまた皮肉げな笑みを浮かべた。
「むしろ、どうすれば怒るのか俺が知りたいな。神像を歪に彫られても、神号をふざけた名に変えられても、妙な逸話を付与されても天罰を落とした事は無いんだから」
もし俺なら、とっくに落としてると笑う少年の言葉の意味はよく分からないが、とにかく天罰はくだらない。それだけが重要だ。
「なら、だ、大丈夫だよな?」
その少年にお墨付きを貰った所で何の保証にもならないんだが、狼狽していた俺はとにかく誰かに「大丈夫」と言って欲しかった。

しかし、少年は少し黙り込むと冷ややかに言った。
「大丈夫なら、こんな所に武神の祠なんて建てるわけ無いだろ」
「へ?…………それって……どう言う……
心無しか、通り慣れた山道へ続く道が酷く恐ろしい物に思えて来た。
青褪める俺に、少年は淡々と言った。
「とにかく、直せる範囲で良いから直すぞ」
既に少年は木片となった祠を片付け始めている。木片を道端に投げ捨てる仕草に、コイツに任せて良いのか不安が込み上げた。
コイツの方が余程罰当たりじゃないか?

「直せるのか?」
恐々と問えば、少年は嘆息した。
「あくまで応急処置だ。後で、ちゃんとしたのを建てろよ」
崩れた祠の残骸を退かせば、そこには石の土台があった。
祠の外装よりずっと古い、大きな石だ。
祠の内部にそんな物があった事すら知らなかった。
凄みのような妙な存在感を放つ石に寒気を感じ、俺は思わず後退りそうになった。
少年は手巾で石の上の埃や汚れを丁寧に拭うと、何かを取り上げた。
祠を造っていた木材など比べ物にならない程古い、片手で掴める程度の大きさの木の塊だった。
「は、不細工だな」
少年は小さく呟いて口元を引き上げると、その木の塊をそっと撫でる。
俺は、それが人の形をしている事に気付いた。
南陽真君の神像だ。
祠の中など禁域だ。そんな物がある事など知らなかった。
初めて見たそれを思わず凝視していたら、少年が神像を見つめながら口を開いた。
「何を見てるんだ?」
「え?」
「俺が祭壇をつくってる間に、お前は供物と線香を持って来い」
当然だろうと言わんばかりの口調。
俺がぽかんとしていたら、少年はハッと軽笑した。
「流石は祠を叩き割るような非常識。神を祀るのに必要な物も知らないのか?」
「そ、そのくらい知ってる!」
俺は急いで立ち上がると、自分の住む村へと走り出した。



戻ると、簡素な祠が完成していた。
使えそうな祠の残骸を上手く組み合わせ、石に乗せた神像の周りを囲み、その前には供物台と香炉まである。
側で座り込んで、こめかみに指を当て目を閉じていた少年は、オレの姿を見ると鋭く言った。
「遅い」
「これでも走って来た!」
息をきらせながら俺が線香と饅頭、それから林檎を二つ差し出すと、少年は眉を上げた。明らかに不満げだ。
…………………まぁ、良いか。こんな物で。ほら、さっさと供えろ」
かなり偉そうな態度で促され、少しムカッとしながらも俺は供物台に丁寧に供物を並べ、香炉に線香を立てた。横から少年が火のついた紙の切れ端を差し出してきたので、それを受け取り線香に火を点ける。
俺はとりあえず地面に膝を付いて跪拝をすると、南陽真君に向けてよく謝っておいた。
こんな事で許されるとは思わないが。
(祠を壊してすみません祟らないで下さい祟らないで下さい祟らないで
「よく祈っておけよ?壊してすみませんってな」
横でそう笑う少年は、跪拝どころか拱手をする素振りも見せなかった。
信心深いのかと思えば全くそんな様子の無い少年に、俺は頭を上げると訝しげな目を向ける。
「お前は祈らないのか?」
少年は肩を竦めて見せた。
「俺は、南陽将軍には参れないんだ」
「はぁ?他の神の信徒なのか?」
だからと言って、他の神を拝んではいけないなどと聞いた事は無いが。
少年は少し黙り、言った。
……………玄真殿」
…………
俺は納得と同時に、呆れてしまった。
この山道の先………山を越えれば、玄真真君を祀る土地である。
南陽真君と玄真真君に関してはあらゆる逸話があり、大層仲が悪いと言われている。
特長的なのは、その信徒もまた相容れ無いと言うことだ。
南陽殿と玄真殿の信徒は長年競い合い、いがみ合ってきた。
有名なのは、中秋に捧げる灯だ。互いに捧げる灯の数を競い、そのせいで都には妙な取り決めまであると言う。
だが、参るのを拒む程の筋金入りの信徒には、今まで会った事はなかった。
やはり、コイツの方が余程罰当たりな気がするのだが。
そんな事を考えていたら、少年が腕を組んで俺を睨んだ。
「で?お前は何で祠を叩き割ったんだ?」
「だから、好きで叩き割ったんじゃな………‥ってアレ?何で俺が叩き割った事を知ってるんだ?」
反射的に怒鳴り、ぽかんとする。
これは南陽真君に誓っても良いが、あの瞬間、周りには誰も居なかった。
しかし、少年は鼻を鳴らしただけで答えようとしない。
じっとこちらを見る淡麗な顔の無言の圧に、俺は思わず冷や汗をかいた。
………………剣の、訓練をしてたんだ」
と言っても、本物の剣など農民の自分が持っている筈が無い。
自分で木を削って作った木剣だ。
ここは人が滅多に通らない開けた場所で、ひっそりと剣を振るうのに丁度良いのだ。それに
「南陽真君に……あやかりたくて……
この場所は、偉大なる南陽真君が村を苦しめていた鬼を討伐したと言われている。
嘘か真かはともかく、昔の村人は感謝を捧げ讃える為にこの場所に南陽真君の祠を建てた。
ここで剣の特訓をすれば、少しは加護があるのでは無いかと思ったのだ。
俺が説明するのを、少年は無感動に聞いていたが、ボソリと呟いた。
「これだから南陽殿の信徒は愚直なんだ」
「え?」
少年はこちらを見て、今度はっきりと軽笑した。
「それで手元が狂って祠を叩き壊していたら、世話ないなと言ったんだ」
「そ、それは!………悪かったと思ってる………けど………
「それに、南陽真君の神器は弓だろう?そんな事も知らないのか?」
ぐ、と俺の喉が鳴る。そうだ。南陽真君は弓で幾千の鬼を射抜く武神である。
「で、でも南陽真君は優れた武神だ。剣も扱えるに決まってる!玄真真君、明光真君、それに仙楽太子。武神と呼ばれる神はことごとく剣の使い手だろう?」
それに、南陽真君が鬼を“切り捨てた”逸話も存在する。
少年は不満げに眉を寄せた。
「チッ確かにそうだな」
何で舌打ちしたんだ?」
「何でも無い。それと…………
不満げな表情のまま、少年は俺を睨んだ。
「玄真真君は『刀』の使い手だ。間違えるな」

め、面倒くせぇ!
南陽殿の信徒が玄真殿の信徒と相容れない理由が、少し理解出来た気がした。

「そもそも、何で剣の特訓なんてしてるんだよ。お前は」
相変わらず大して興味も無さそうに、少年が聞いてきた。いつの間にか、その手には俺の木剣がある。
使い込まれたソレを見て、少年は目を眇めた。
片手で扱う様は手慣れていて、この少年は実際の剣を日頃から振るっているんだなと思うと胸の奥がそわりとした。
「そんなの、都に出て武官になる為に決まってるだろう?」
ツテも無い田舎者には無謀だと言われるが、俺は本気だった。
意外にも、少年は笑いも驚く事もせずにただ黙って俺を見返した。
……………無理だって、言わないのか?」
恐る恐る問うと、少年は下らないとばかりに吐き捨てた。
「そんなの、好きに目指せば良いだろう。その為の制度だ。世の中には、もっと底辺から成り上がった奴だって大勢いる」
当然と言った口調に、俺は一気に気分が高揚した。
「そ、そうだよな!?それに、かの南陽真君だって類稀な武の才を太子殿下に見初められて、皇族の侍衛になったって言うだろう?」
……………まぁ、そうだな」
かと思えば、少年が一気に渋い表情になる。
そう言えば、玄真真君の信徒はそう言った成り上がりの逸話を好まないんだったか。
潔癖主義だか完全主義だか知らないが、玄真真君はかつて貧民だった事を唯一の汚点としているらしい。
そのクセ、貪欲に上を目指す野心家と言ったら玄真殿の信徒が多いのだから
(やっぱり玄真殿の奴は面倒くせぇ……
俺は思わず内心で唸る。

逸話と言えば。

俺はふと、両真君にまつわるもう一つの“転身”の逸話を思い出した。
「成り上がったと言えば、南陽真君って“機会を掴む”神でもあるんだよな」
俺が口を開くと、少年の目がこちらを向いた。
「知ってるか?南陽真君は元は仙楽太子に仕えていたけど、堕落した太子を諌めて、最後まで高潔を貫いた末に飛昇し……………んグッ?」
唐突に口を塞がれ、俺は目を白黒とさせた。口の中に広がる、ほのかに甘い風味。
「饅頭は傷むから、食べてしまえ」
少年が、俺の口に供えた饅頭を突っ込んで、しれっとそんな事を言った。
いや、供物を食べるのも南陽真君に悪いのでは?
思ったが、今更吐き出すわけにもいかず、俺はむぐむぐと口の中の饅頭を咀嚼する。美味い。
そんな俺を横目で見て、少年は言った。
「南陽真君の信徒なら覚えておけ。南陽真君は『巨陽』と呼ばれようと祠を壊されようと、供物を食われようと大して気にしないが、太子殿下との関係を指して揶揄する事は嫌う」
真に迫った口調に、俺は瞬きをして、思わず頷いた。
少年はまた淡白な態度に戻って肩を竦めた。
「なら、いい。もう帰れ。暗くなる前にな。祠の修繕は、ちゃんと道士を呼んでしろよ」




◆◇◆◇


ソイツが立ち去って間も無く、祠の残骸を投げ込んだ林から音も無く少年が現れた。
黒く太い眉の間に深く皺を寄せ、腕を組んで口を尖らせている。
「人の信徒に変な事を吹き込むな」
低い声に、扶揺は冷ややかに笑う。
「本当の事だろ?他所の信徒の面倒を見てやっただけありがたく思え」
…………それはまぁ、助かったが」
南風は随分と簡素になった南陽真君の祠を見て渋い顔をする。
その表情に呆れはあるが怒りは無いのを見て、扶揺はやっぱり間違って無いじゃないかと思う。
南陽殿は、呆れる程にお人好しだ。神たる象徴を傷付けられても、気にしないのだから。
他の神官ならば、怒り狂っているだろう。
何千と言う廟を統べる力ある武神の余裕でもあり、南陽と言う神官が、神の座に固執していない証でもある。
南風は指先に霊力を宿すと、簡易的な祠に向けて印を切った。
一瞬、祠が淡く霊光を帯びる。
南陽真君の加護を取り戻した祠を中心に、周囲の空気が清浄になるのを感じる。


かつて、この地は鬼の被害が多発していた。
それを討伐したのが南陽真君だ。
この先にある山は鬼道に繋がりやすくなった場所があり、山道から先に鬼が侵入出来ないように祠を立てさせたのだ。
祠を壊した所で南陽真君は祟らないが、間も無く村は鬼に襲われていただろう。
詰まる所、たまたま近くにいて真っ先にそれに気付いてしまった扶揺は、山道から鬼が降りて来ないよう見張らざるを得なくなったのだ。
この山の向こう側は玄真殿の領地なので、面倒くさくとも、こちらに被害が及ぶ前に片を付けなければならない。
「一応、鬼が潜んでいないか見回るぞ」
ハァと嘆息して立ち上がる扶揺に、南風は何とも言えない目を向けた。
「その……………の将軍を勝手に語られる筋合いは無い………………………悪かった」
ひどく歯切れの悪い言葉に、扶揺は訝しげな目を向ける。
「別に、本当の事しか言って無い。謝られる覚えは無いな」
扶揺は口元を歪めると、素っ気なく言ってさっさと巡回へと向かった。
南風はその背を見送り、苦笑すると逆方向へと向かう。


南陽真君は確かに祠の一つや二つ壊された所で、悪意でも無い限りどうとも思わない。
しかし……………

太子殿下との関係を揶揄される事だけは自覚しているよりきっと、我慢ならないのだろう。