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史加
2024-10-17 22:37:55
2044文字
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原神(鍾タル)
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夢路の足跡をたどる夜に
鍾タル/かわいい青年はミルクと貝殻で出来ている お題の話
『ほらアヤックス、お土産だ』
それは吹雪が続いた後の、雪の深い日のことだった。
落雪による事故の多い冬国では、白魔が落ち着いて晴れ間を迎えても、大人たちによる除雪が終わるまで子どもは外遊びを禁じられる。何日もの間外へ遊びに行くことが出来ず、退屈を持て余していた子どもたちを見かねて、その日除雪と買い出しのために外へ出ていた父と母は、大量の食糧と一緒に一人ひとりへお土産を用意してくれていた。
少年のまだちいさな手のひらの上に乗せられたのは、うすい青色をした巻き貝だ。両手で持ってもすこし余るくらい大きなそれを、凍てつく冬国の浜辺で見たことはない。物珍しさに目を丸くしていると、父がぽんと少年の頭を叩く。
『この吹雪で足止めされていた行商人が売り出していたんだ。なんでも、海を越えた先にある国の貝殻で、耳を当てると貝に吹き込まれた音が聞こえることがあるらしい。もしかすると俺も知らない物語を貝が聞かせてくれるかもしれないぞ。試してみたらどうだ?』
海の向こうの国にある貝殻というだけでも、日常では目にすることのない特別なものなのに、父のことばは少年の胸をますますときめかせた。
父の語る冒険譚を聞くのも好きだが、父も知らない物語を貝が教えてくれたら、今度は少年が父に語って聞かせてやる側になれる。そうしたら父は少年の話に真剣に耳を傾け、同じ興奮を分かち合い、喜んでくれるかもしれない。
純粋な好奇心を掻き立てられた少年は、うん、と頷いて、貝の声を聴き逃してはいけないから後でこっそり聞いてみようと、貝殻を自分の部屋へ持っていった。枕元にそっと置いて、家族全員が集まっている暖炉の前へ戻る。ちょうど母が家族全員分の温かい飲み物を入れて、配っているところだった。
『はい、アヤックス。今日ははちみつ入りのホットミルクよ』
差し出された少年専用のマグカップを受け取る。白い湯気のたつカップの中には温められたミルクがなみなみと入っていて、ほのかに甘いにおいがした。
外で遊べないのは不自由で面白くないけれど、こうして家族が暖炉の前に集まって過ごすひとときはあったかくて、胸の奥がぽかぽかとするから少年は嫌いじゃなかった。特に吹雪で冷え込む日が続くと、毎晩この団らんの時間はやってくる。子どもはホットミルクやココア、大人はブランデーやホットワインを飲みながら他愛のない話をして、妹や弟が眠いとぐずりだしたり、その場で寝てしまったり、全員がカップの中身を空にしたら終わるやわらかな時間。たまに妹や弟が早くに寝落ちて静かになると、両親は彼らをベッドへ運んだ後、暖炉の前に戻ってきて少年を膝の上に乗せ、甘やかしてくれることもある。その時だけは「兄」でいる必要がなくなるから、カップの中のミルクやココアを大事に大事に、ゆっくりと飲みながら、父に冒険譚をねだったり、母に抱きしめてもらったりするのだ。
もちろん、団らんの時間は大切だけど、強制的なものでもない。少年はカップの中身を空っぽにしたら、いつでも自分の意志でベッドに入れる。いつもなら自然と冷めるまで待つそれに、今日ばかりはふうふうと息を吹きかけた。そわそわと浮き足立っている様子の少年が、いつになく急いでマグカップの中身を減らしていっても両親は特に咎めない。舌をやけどしないよう気をつけてね、とだけ言って微笑ましく見守る母の声に頷いて、はちみつの甘さの溶け込んだミルクをこくこくと飲み進める。
その日は誰よりも早くカップの中身を空にした少年は、おやすみと言ってひとりで部屋に戻った。部屋の中は暖炉の前と比べるとひんやりとしていてすこし寒い。素早く布団の中に潜り込んで、枕元に置いておいた貝殻を手に取る。
明かりもついていない、暗い部屋の中で、少年はどきどきしながら耳を欹てた。
だけど、貝殻は何も言わなかった。
期待に膨らむ胸の鼓動が貝の声を掻き消してしまったのかもしれないし、まだ少年の手元にやってきたばかりだから緊張していて何も話してくれないのかもしれない。
それから毎晩、少年は異国の貝殻にそっと耳を寄せた。別にワクワクするような物語じゃなくてもいい。見知らぬ国で響く波の音だけでも聞かせてくれないかなと、ちいさな夢を絶やすことなく抱いたままで。
「
……
それで、結局貝の声を聞くことは出来たのか?」
丸くかたちの良い頭をゆっくりと撫でながら、男が問いかけてくる。
はちみつを溶かした甘ったるいホットミルクを啜り終えた青年は、たくましい肩にことりと頭を預けると答えた。
「さあね。覚えていないけど、何も聞こえなくてよかったと思ってるよ」
だってあのとき潮騒の音が聞こえていたら、それが初めて耳にしたこの国の音になってしまっていたから。
自分の足でこの地に立って耳にした音が「初めて」でよかったんだと、冒険に焦がれる若者らしく頬を色付かせる青年を、男は慈しむように黄金の目で見つめていた。
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