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史加
2024-10-17 22:37:25
1957文字
Public
原神(鍾タル)
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報いはやがて恋のかたちとなる
鍾タル/一緒にご飯を食べているだけの話
「ごちそうさま! はー、食った食った!」
肉片ひとつ残さずきれいに平らげられた皿の前に、箸が揃えて置かれる。満たされた腹を撫でさすり、満足気に表情をやわらげているタルタリヤを、鍾離は気持ちの良い男だと思いながら眺めていた。
冬国の最年少の執行官は健啖家だ。並の成人男性よりもよく食べるし、肉も魚も野菜も基本的には選り好みせずなんでも口に運ぶ。若干の好き嫌いはあるようだが、出されたものは残さず完食するところも好ましい。
「久しぶりに璃月料理を食べたけど、絶雲の唐辛子の辛さがしみるね。最初はなかなかこの辛味の良さがわからなかったのを思い出して、なんだか懐かしい気分になったよ」
食後の茶を啜り、目を細めて余韻に浸るタルタリヤのことばがやわらかく耳朶を打つ。異国の人間が璃月の美食を堪能し、この国での思い出に浸ってくれるというのは、なんだか喜ばしいことだ。
「確かに、璃月に来たばかりの頃の公子殿は絶雲の唐辛子をふんだんに使った料理を複雑そうな顔で食べていたな」
同じ余韻に浸るのも悪くないと、往生堂の客卿として顔を合わせ、初めて食事をしたときのことを思い出す。
まだ箸を正しい作法で持つ知識すらなかったタルタリヤは、使い慣れたナイフとフォークで黒背スズキの激辛唐辛子煮込みを食べていた。ひと口食べるたびに、ほんの一瞬だけ目元が緩んだあと、すぐに唇が引き結ばれて、額に汗が滲み出す。璃月を初めて訪れた旅行客はみな、唐辛子料理に挑戦するとそういう顔をするのだが、冬国の執行官もただの人の子なのだなと微笑ましく思った瞬間だった。
「おっと、顔に出てしまっていたなんて失態だ。唐辛子の風味は嫌いじゃないけど舌がピリピリして、しかもそれがあとを引くものだからなかなかね」
その感想もよく耳にするものだ。ただ、そこで辛味自体が苦手になってしまう人間も多い中で、タルタリヤはそうではないようだった。
あのときも今と同じように、太く硬い骨や背びれなどの食べられない箇所を除き、彼はきれいに料理を食べ切った。カトラリーの作法が璃月料理にそぐわないのはさておき、タルタリヤのそういうところを気に入ったのは確かだ。
どの国にも、組織にも、相応の立場にいながら無作法な振る舞いをするものは一定数いる。けれどタルタリヤは存外礼儀をわきまえる、実直な男だった。
「けど、鍾離先生が連れて行ってくれた店の料理が美味くて、そこで唐辛子の効いた料理の旨味みたいなものがわかったんだ。今じゃ璃月に来たらこの辛い料理を食べないと落ち着かないくらいだよ」
緩んだままの唇から流れていくことばが、鍾離の胸の奥に温かく染み込んでいく。異国の人間に、愛する国の食を楽しんでもらえて嬉しく思わない人間はいない。
「
……
そうか。それはよかった」
あの時招かれた店も悪い場所ではなかったが、異国の人間が初めて口にするにはすこし刺激の強い料理が多かった。唐辛子の扱いをより心得ている料理人を鍾離は何人も知っている。なので後日、タルタリヤを別の店に連れて行ったのだ。
そのときには箸の作法を知り、上達するためにと二本の棒切れを握って悪戦苦闘していた姿も、料理をひと口食べた瞬間にぱっと華やいだ顔も、昨日のことのように思い出せる。あのとき鍾離が何を思って、タルタリヤを別の店での食事に誘ったのかだって。対価を求めたわけではない一方的な願いだけど、忘れることなく覚えている。
「こちら、お下げしてもよろしいですか?」
「ああ。美味しかったよ、ごちそうさま」
ちょうど夜のかきいれ時を迎えて、店の中は他の客で賑わい出していた。それでも忙しさにかまけて礼儀を欠くような真似はせず、丁寧に皿を下げに来た店員とタルタリヤのやり取りを見て、鍾離は口元を緩ませる。
忘れることなく覚えているものは、星の数ほどある。日々増えていく記憶は古いものから埋没していき、当たり前の取るに足らないなにかになっていく。
決してそれを悪いことだとは思っていない。けれど今、そのうちのひとつが輪郭を帯びて、鮮やかな熱を持った。報われるとは、きっとこういうことを指すのだろう。
「公子殿」
「なんだい?
……
やけに嬉しそうじゃないか」
「うん? そうだな。ところで今回は長く璃月にいるのか?」
「その予定だけど」
「なら、連れて行ってやりたい店がある。遺瓏埠にある小さな料理屋で、璃月の特産品を使った創作料理が美味いんだ。次はいつ空いているだろうか」
浮き彫りになった熱を絶やしたくないと目覚めた思いが、過去を未来までつなげようとする。
鍾離の誘いに、タルタリヤは微笑んだ。
微笑んで、次の休みの日とともに、小指を絡める意味の尊さを教えてくれた。
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