シノハラ
2024-10-17 19:06:13
2074文字
Public アルカヴェ♀
 

片思いの後輩の恋心に気がついてよかれと思った行動で後輩をめちゃくちゃにするタイプの先輩のアルカヴェ♀


 言われてみれば誑かしていたのかもしれない。いや、言われてなんかいないのだけれど。どちらかと言うと、かつてのカーヴェのアルハイゼンへの言動は有罪判決よりだった。
 学生時代のかわいいかわいいカーヴェの後輩は二つ年下の男の子で、カーヴェは年上のお姉さんだったわけである。アルハイゼンは気にした様子を見せたことはなかったように思うが、当時の二歳差というものは結構大きいものなのだ。
 自分よりずっと大人に思える見た目をした女の子がなんだかやたら構ってくるのだから、そういう気持ちになってしまっても仕方ないと思う。それを彼が何年も隠し通したのはなかなかの胆力だと言えるのかもしれない。
 この歳になればわざわざそんなことに踏み込んでくる者などいないが、少年少女時代はそうもいかなかったのだ。カーヴェもよくアルハイゼンとそういう仲なのかと尋ねられたのだからアルハイゼンだってそうだったのだろう。
 当時のカーヴェは彼のことを純粋に後輩としてそれはもう大切に思っていたので誠心誠意善意の真心から否定を続けたのだが、多分彼は全く違う気持ちでいたのだろう。あの瑞々しい少年が微かにでも心を引っかかれた思いをしていたのだと思うと、カーヴェは申し訳なくって仕方がなくなってしまう。
 僕のことが好きなのか。そう尋ねた瞬間に、いつも通り読書の手を止めてカーヴェを見上げようとしたアルハイゼンは瞬きすら上手くできなくなってしまった。いつから、と重ねればしばらく黙り込んでから、カーヴェが諦めないのに気づいたらしくずっと昔から、と観念したように自白した。
 もしかしたら、人並みにはとか、どこでそんな勘違いをしたんだとか、とにかく否定するような物言いをしようとも思ったのかもしれない。けれど、結局彼は自分の中でずっと温めてきた思いを蔑ろにできなかったらしい。
 ずっとずっと、一時期は絶縁していた相手にアルハイゼンは愛情を持て余していた。そんな、普段の彼を思えば想像すらできないような窮状を、アルハイゼンはカーヴェに教えてくれる。
 眉目秀麗と彼を表現して、真っ向から否定する輩は少なくとも現代のこの国にはいないだろう。学者として申し分なく、仕事の能力も十二分にある。更に言えば国の英雄なんて物件なのである。
 そうでなかったとしても、彼の歳ならもう子供の一人や二人いたってなんにもおかしくはないのだ。それがこんな女に引っかかってこんな歳までずるずると、なんてどこか他人事のように哀れんでしまう。
「アルハイゼン、付き合おう」
 彼をそんな状況に追い込んだ長い長い片思いに報いるのなら、それしかないと思ったのだ。申し出が口をついてから、彼との恋人らしい行為について検討して多分大丈夫なのではないかと結論づける。抵抗も躊躇いもあるかもしれないが、アルハイゼンが浪費してきた時間を考えればきっと安いものだろう。
「いい」
……え?」
 想定していた返事のいずれでもない音が聞こえて、カーヴェは口から疑問符を零してしまった。ひょっとして、今自分は振られたんだろうか。
 彼にしては解釈の余地を残す曖昧な言い回しだったが、いつもよりずっとつっけんどんな響きにはしっかりと拒否の色が宿っていた。少なくとも誠実な気持ちでいたので、なんだか凄くびっくりして、そしてそれを理解してもらえなかった事実に身勝手にも傷ついてしまう。
「俺がずっと君を思っていたのは俺の勝手だ。それに君が責任を感じる謂れはないし、そんなものなら必要ない」
 カーヴェが何も言えないでいるうちに、アルハイゼンはカーヴェから視線を外して溜め息を吐くついでとも言いたげに彼の返事を補足してくれた。
 カーヴェはこの口調を幾度か聞いた事があった。たとえば、止むに止まれぬ事情で知恵の殿堂での待ち合わせをすっぽかしてしまったときであるとかに。
 同じものをくれないならほしくない。代替品など、どうして受け入れられようか。どうやら、彼の言い分はそういうことらしい。言いたいことは分からなくもないが、まるで駄々っ子のような論調でもある。
「君、もしかして拗ねてる?」
……拗ねてはない」
 カーヴェの指摘に、アルハイゼンは瞼を落としてぎゅっと眉間に皺を寄せたアルハイゼンがもう拗ねているとしか思えない調子で呻くように文句を言う。もう自分でもうまく制御できていないらしい癇癪染みていて意地っ張りな感情が滲んでいて、ちょっとだけ痛んでいた心を柔く擽ってくれた。
 深く影が刻まれた眉間に指を置いて伸ばすと、アルハイゼンがぎょっとした様子で瞼を持ち上げた。アルハイゼンは不用心だとばかりに視線を鋭くするけれど、その点については男と同居している時点で相当なものだとカーヴェも理解している。だから、あんまりにも今更なのだ。
「僕を好きな君って、こんなにも可愛いんだな」
 隠さないでもっと見せて。そう、かつての自分が彼に語りかけた時のように聞こえるように意識しながら口にすれば、アルハイゼンが恨めしげな視線をカーヴェに寄せた。