砂漠はもちろんながら、雨林の夏も暑い。砂漠からやってきて初めての雨林の夏の先例を受けたセトスが酒場で悲鳴を上げて、寄って集って湿度の恐ろしさを説かれていたのを思い出す。
これなら砂漠の方がまだましと彼が言い始めてさすがに雨林の民は言い淀んだのだけれど、今度は砂漠生まれの客が盛り上がり始めた。からりとした空気と共に暮らしていた彼らからすれば、雨林の者よりずっと湿度を意識しているらしい。
今年は一段と酷いと湿度を集めてびしょびしょになったグラスを持ち上げれば、その場の全員が頷いた。きっと来年はもう少し楽になるとカーヴェがセトスを慰めると、今が辛いんだけどと苦笑されてカーヴェも笑うしかなかった。
そういう一幕がある程度にはスメールの雨林は猛暑に見舞われていた。一つの集団の長とは思えない身軽さであっちこっちを走り回っているセトス曰く、砂漠は大体いつも通りとのことで羨ましい限りである。いや、その言葉を信じてカーヴェがアアル村ででも過ごそうとしたらそれこそぶっ倒れてしまうのだろうけど。
そこら中の窓を開け放って、天井のステンドグラスは覆って直接日が落ちてこないようにしていたが室内の気温は全く落ち着かない。外気温と揃えようとしたところで外が暑いのだから、どうしようもないのはカーヴェはもちろん隣に座っているアルハイゼンも承知しているはずだ。
二人で風通しのいい場所にカウチを一台を移動させて、時々首筋辺りに濡らしたタオルを宛てて思い思いの時間を過ごしている。この風の感じからすれば日が落ちればもう少し気温も落ち着いて話ができるようになるだろう。たぶん、きっと。ちょっと希望的観測も含まれているのは否定しない。
ぺたりと鎖骨に張り付いていた髪の筋が汗と水の混じった水滴を零して、胸の合間に滑り込んでしまった。その瞬間、胸の周りのあちこちに汗が溜まっていることに気がついてしまう。
堪らずタオルを手にとって、シャツの間から突っ込んで胸の下に溜まっていた汗を拭う。そうすれば、先程汗を吸い込んでしまった谷間が気になった。下から人差し指を差し入れればぐっしょりと濡れていて、思わず驚きと不快感を混ぜ込んだ声を上げてしまった。
この服を着こなすためには必要ではあるが今は憎きとしか表現できない胸を寄せるフロントホックを外せば、重力に従って肉が元の位置に戻る。たっぷりと汗を蓄えたそこを濡れたタオルで拭うと、ほんの少しだけ楽になった気がする。本当に、ただの気持ちくらいだろうが。
ホックを戻そうか考えて、カーヴェはそのまま胸から手を離した。どうせ、この家にはアルハイゼン――つまるところ自分の恋人しかいないのだ。それも付き合って日が浅いのであればともかく、体を余すことなく見られているのだから、今更胸の形がどうこうなんてカーヴェが考える必要もないはずだった。
それからシャツの裾をばたばたとはためかせると、じっとりと濡れた肌をぬるい風が滑っていく。空気の質は良くはないが、汗が気化するついでに体温を少しばかり奪ってくれるのはありがたかった。
少し気分が良くなって小さく息を吐いてからカーヴェは顔を上げて、アルハイゼンがカーヴェに視線を投げかけているのに気がつく。その眼差しは少々不愉快そうで、顔全体からはいかにも物言いたげな様子が見て取れた。
「……なんだよ」
「人がいる場所でやることじゃない」
会話をする精神をなんとか掻き集めて尋ねると、アルハイゼンも似たような状態なのかどこかかったるそうな雰囲気をそのままに溜め息交じりに指摘してくる。確かにカーヴェの仕草はアルハイゼンのような人の前以外ではするべきではないだろうけれど、目の前にいるのはカーヴェにとっての唯一の例外なのだ。
「人って言ったって君じゃないか。これくらい今更だろう」
「なるほど」
どこか挑発するような響きを孕んだ相槌に首を傾げるカーヴェの前で、アルハイゼンが片膝をカウチに上げてカーヴェを正面に捉えられるように移動する。カーヴェがその意図を把握しきらないうちに、アルハイゼンががばりと自身のシャツを捲り上げたので思わず目を丸めてしまう。
何度見ても美しく均衡の取れた筋肉の付き方に、思わず見とれてしまっているうちにお互いの体温を感じたくないとばかりに開けていたはずの距離を詰められてしまった。突然の事に息を呑みながら、カーヴェは背後に手を突いて状態だけをなんとか逃がす。
カウチから下ろしていた足をうまく動かせないでいる間に、アルハイゼンの体がカーヴェに覆い被さってくる。視線の先にある彼の浮き上がった鎖骨はしっとりと汗で濡れていて、鼻先に不快感の全くないさっぱりとした汗の匂いが香った。
運動をして汗みずくになっている彼の姿は毎朝見るが、びっしょりと濡れたシャツを脱いでカーヴェを上から見下ろしているのは、その。
「君はこれで平気なんだな」
「ごめん……」
一気に熱を集めてしまったカーヴェの頬を間近で見られてしまっていては、言い訳など意味はないだろう。カーヴェもアルハイゼンもお互いの裸など、珍しいものではなくなっているはずだ。けれど、それが平気だとか見飽きたとか、ましてや魅力を覚えなくなっているなんてことはないというわけである。
その相手が胸を構い始めた挙げ句に、褥で見せる状態に近い形で放っておこうとしたのだ。男としては当然、思うところがあったと言うことだろう。
「分かったのならいいよ」
満足したらしい声音だけに留まらず、アルハイゼンの熱の籠もった手のひらがカーヴェのこれまた汗みずくのシャツを捲って腰に触れてくる。どの仕草が決め手になったのかなんてカーヴェには検討もつかなかったが、彼はカーヴェの理解を促しただけでは満足できなくなったらしい。
アルハイゼンの手のひらを支えにして身を倒してカウチに仰向けになりながら、あちこちの窓を開け放っていることを思い出す。これからの事を考えれば窓を閉めなければならないが、閉めてしまえば自分達の安全は保証できない。
だから、本当ならアルハイゼンを止めなければいけない。そう分かっていたのに、カーヴェはどうしてもその一言を彼に告げるつもりになれなかった。
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