シノハラ
2024-10-17 18:50:47
3935文字
Public 星レイ
 

予想外に告白に成功した星レイ


 答えは一つ目はイエスで二つ目はノーだと確信していた。彼の友達と賭けたっていい。そう思っていたのに、レイシオの返事はどちらもイエスだった。
……ほんとに?」
「疑うようなら撤回するぞ」
 思わず目をまんまるにしてしまい問いかけると、頬に熱を集めながら目を逸らしたレイシオがいつもより低い声で応える。朝焼けみたいな虹彩を見たくなって覗き込めば、からかわれたと思ったのか悔しそうに表情が歪んでしまう。人の告白にオールオッケーを出した人の態度とは思えないものの、強い言葉が使えないままの彼はいたく可愛らしかった。
「いやだって、ちょっと信じられなくて」
 顔を合わせると肩透かしになる感は否めなかったけれど、人の目のないところで話すとき彼はメッセージを送ってくれるときの雰囲気が少し増す。星と話をしたがって、その一つ一つが自分の領域に引き込もうとする内容なのが可愛らしい。時折まるで自分と同年代のような振る舞いをして甘えてくるところも、生徒として捉えて道を示そうとしてくれるところも好ましいと思う。
 その状況の時々で随分反応を変えてくる男に最初は随分と翻弄されて、気がつけばひとときも目を離したくなくなってしまっていた。彼が学者であるならば、分からないものに惹かれると言えば不服な顔をしながらも言葉自体には共感してくれるはずだ。
 今だってレイシオはそういう意味で星をどきどきさせてくれている。どうしてこんなにあっさりと星との交際を受け入れてくれたのか、これっぽっちも分からなかった。
 自分を好いてくれている確信はあった一方で、付き合ってくれるとは微塵も思っていなかったのだ。星は絶世の美少女である手前子供に属する見た目をしており、レイシオも子供として星を扱っていた。一方でレイシオは成人はとっくに越えた男であり、年齢の違いを気にする精神の持ち主のはずである。
 そのレイシオが星への好意を明らかにしたばかりか、交際の申し出も受けてくれたのだ。君がそう望むのならとやや緊張した響きを思い出して星はちょっと、いやかなり嬉しくなる。
「君は振られる覚悟で来ていたのか」
「まあ別に、あんたに振られたところで私の恋が終わるわけじゃないからね」
「相手の拒否で終わりにできないのはトラブルの素だ」
 何か思い当たる事でもあったのか、レイシオは悩ましげに溜め息を吐いた。この綺麗な顔を普段は石膏のようなもので隠しているのだがら、まあ色々あったのだろうと思う。
 途中で諦めて、誰かのものにならないでくれて本当に良かった。そういう安堵も込めてへらりと笑って見せると、ちょっと得体の知れないものを見るような目で見られた気がした。
……本当は待ちたかった」
 長い息を吐いた後のしばらくの沈黙の後、レイシオは観念したように口を開いた。その声音に偽りは感じられず、星と共に過ごす選択をした事実に後悔が入り交じっているのが分かる。
「君が大人と言えるまで成長して、それでもまだ君の思いが枯れていないのであれば。そう、伝えられたらよかった」
 さらりとこれからも少し伸びるかもしれない位置にある頭にレイシオが触れて、そっと髪を梳いてくれる。その指先には年長者としての慈愛が込められていた。
「あんたはずっと私の事を好きでいてくれるつもりだったんだね」
「君にとってはそちらの方が都合が良いだろう?」
 嬉しくなって手の甲に手のひらを押しつけると、彼であれば正式名称を知っているだろう指の付け根の尖った部分がぴくりと動いた。全くその通りの指摘は少々口早になっていて、照れくさいのかもしれない。それとも、大の大人が子供に恋愛感情を抱いてしまっているという社会理念に反する罪悪感からなのか。
「なんで待てなかったの」
 レイシオが自覚的に道を誤った明確な理由を知りたかった。 彼の苦悩に寄り添いたいとか、正当化したいとかではなく、ただ彼について知れる事があるなら少しでも知りたかったから。彼の論文を読み解くなんてことはどうしてもできないので、こういう方面からアプローチしていきたい。
 少し躊躇ったらしい彼の瞳を覗き込むうちに、レイシオがゆっくりと瞼を落とす。それから同じくらい時間をかけて瞼を持ち上げてから、君が、と小さな声で口にする。
「君が大人になるのに必要な時間、君の体が持つか分からない」
 思ったよりもずっとシリアスだった内容に、応答も思いつかないまま口を開こうとすると最後まで聞くようにと窘められた。時間をかけても何を言ってやっていいのか分からなかったので、言うことを聞いたように見えるように唇を閉じる。
「君は星核を保管するために造られた命だ。作り主のコンセプトがそれだけしか分からない以上、君の体がどこまで持つのか分からない。星核がある限り無制限なのか、定期的に取り替える必要があるのか。取り替えるとして、その期間はいかほどなのか。その全てが判然としない。今の君の体は少なくとも健康体だとデータは示している。けれど、明日が明確に保証されているわけではない。そう教えてくれたのは他ならぬ君自身だ」
 いつだったか、自身の身の上の不安を吐露したことがあった。ピノコニーで共に仕事をしていたらしい彼の友人が星の正体を知っていたのだからと話したとき、彼は非常に建設的な対処をしてくれたはずだった。それなのに今、彼は星と同じような先の見えない不安を抱えている。
「だから今得られるのであれば、待ってやれない。待っていては君を失うかもしれない。命というものは突然失われるものではあるが、君にははっきりとした条件が存在する。僕はそれが恐ろしい」
 されるがままでいてくれた手が意思を持って、星の頬にそっと触れる。彼の指の温かさが星に伝わるように、彼が頬の温度を感じ取ってくれていると良いと思う。
「杞憂だって」
 口を開くと頬の筋肉が動いて、彼の指を刺激するのが分かった。それに気を取られて言葉が途切れてしまったせいで、レイシオは途端に機嫌を損ねたらしい。これだけ聞けば、意図と正反対の内容になってしまうので当然ではあるのだけれど。
「私はちゃんと聞いたけど、あんたは最後まで聞いてくれないの?」
 指に頬を押しつけるように首を傾けながら問うと、レイシオが逡巡しながらも口を噤んでくれた。良い子、と褒めてやれば思うところがあるようだったが、口元はむにゅりと動いただけで音を発することはない。律儀だ。
「いつか笑い話になったらいいね」
 先に少し笑って見せると、痛ましさを隠さずにレイシオが目を眇めた。自分の前でくるくるとよく変わる表情は星も好んでいるところだけれど、こういう悲観的なものはいただけない。彼の気質的に結構見る機会があるのも困りどころなのだけれど。
 とにかく、彼の表情を見る限りはそうならない可能性の方がずっと高いと考えているのだろう。星だって、自分の身の内にあるとかいう星核の脅威は肌で知るところであるし、あんなものを抱えている我が身が平穏無事にいつまでもいられるとは気軽には思えていない。
 けれど、現状は何も分からないのが答えだそうなのだ。ヘルタの調査でも今のところしばらくは持つはず、という結論しかもらえなかった。その上、星核に異変があればその限りではないなんて面白くもない注釈が付いている。星には全く分からない数字の羅列ばかりの資料を渡した時に、レイシオもその結論に異論はなかったらしかった。
「でも、もしものことを思ったら、我慢なんて一つもしたくない。やりたいことを私はやるだけだよ」
 レイシオが言った通り、もしもは星の身にだけ降りかかるものでも何でもない。他の人より一つだけ多く懸念があるだけ、なんて言うことだってできるだろう。星が他の人と変わらない形で生まれてきていたとしても、多分同じ事を考えていたに違いないと思う。
「レイシオ、私の人生に付き合って」
 それが自分の望みなのだと重ねて願えば、じっとレイシオが星を見下ろしてくる。その探るようでいて実のところ自身への問いかけに満たされているであろう眼差しから、星は瞬間の瞬きですら視線を外したくなかった。
「ああ」
 ようやくレイシオの自問自答が終わったようで、微かな相槌と共に頷かれる。そっと伏せられた瞼から伸びる癖のない睫毛に堪らず口づけると、星の唇を払うように瞼が持ち上げられてレイシオの目がまん丸になってしまった。
「あんたにとっての付き合うってこういうことじゃなかったりする?」
 宇宙は知覚できないほどに広く、果てに到達できた者はまだいないらしい。それだけ広い宇宙の方々から来ている人々の間で文化や認識の差が出ることなんて、さして珍しいことではないのだ。元々逃がすつもりはないけれど、認識のずれは早い内に解消しておく必要があるだろう。
……いや、そういうことだ」
「それはよかった」
 どうやら急な接触に驚いてしまっただけらしく、戸惑うような視線が星から逃れるように逸らされてしまう。それでも隠せず目の色が滲み出してしまったような淡い朱が愛おしくなってしまって、星は色づきつつある目尻にそっと指の腹を押しつけた。
 それから今度は彼の唇に触れるだけの口づけをすれば、びくりと彼の体が緊張したのが分かる。このまま舌を差し入れたらどうなってしまうのだろうと悪戯心が沸き起こりそうになるのを感じながら、星は彼の名を呼んだ。そうすれば、逃げるように伏せられた瞼を持ち上げて、動揺を残したまま自分がどうすればいいのかも分からないとでも言いたげなまなこがそこにある事をレイシオは教えてくれたのだった。