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しゃどやま
2024-10-17 16:38:25
9866文字
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【宗戴】血と肉(吸血鬼パロ)
もんさん(
https://x.com/suppai_lem0n/status/1846566523898572852?t=HkYKgW_316GSt_m75aHUqw&s=19)
の仮想パネルトラップイラストの「吸血鬼宗雲、噛まれてる闇医者戴天、ゾンビの雨竜くん」が良すぎて書きました。
雨竜くんも戴天に惚れてる感じです。かわいいね。
「叢雲坊ちゃんが死んだそうだ」
「いいや、家を出たんじゃなかったのか?」
「人さらいにあったと聞いているが」
一族の罪になった俺は、村でも森でもない辻に埋められた。もちろん天国にも行けない。けれど地獄にも行けない。俺は、墓石はおろか存在自体を無かったことにされるはずだった。
気がつくと、辻に立っていた。生前よく着ていたシャツとズボンはそのままで、死んだことが夢だったとさえ思った。
しかし、家にひとまず帰れば
――
扉が開けられない。十字架を見つめられない。窓ガラスに姿が映らない。世界が変わった訳じゃない。俺が吸血鬼になったのだと、思い知らされた。
背信者の魂は吸血鬼になる。有名な話だが、怖かった。よくばあやが、眠らない子は吸血鬼に拐われてしまいますよと言っていた。信じやすい雨竜の前でこそ「それは作り話だ」と言ってはいたが、不気味な物語は夜を長くする。ひとまず日差しの入らない森の洞を見つけ、そこに隠れ住んだ。不思議と夜目は効いたし、腹も減らない。現実を受け止めるまで、暫くかかった。
俺の他の吸血鬼に出会うことが無いことがわかった俺を襲ったのは、人恋しさだった。
夜になったので洞を出て、村へ戻る。馴染んだ道を歩き、家族の眠る家へ行く。雨竜の眠る、二階の窓まで飛び上がる。吸血鬼になって身体能力が上がったことは便利だった。
雨竜。俺が遺して逝ってしまった弟。純真で真面目な彼は、夜更けにはもう眠っている。けれど夢見が良くないのか、うなされているようだった。しばらく前に一人で眠れると言っていたのに、クマのぬいぐるみを再びベッドに運んでいる。俺がいなくなったことが、雨竜を不安にさせている。そう思うと、胸が痛んだ。
窓をノックして起こそうとして、手が止まる。兄は罪を犯して吸血鬼になったと、伝えることが彼の為になるだろうか。吸血鬼の弟。どんな誹りを受けるか、わかったものではない。
何もせずに、窓から降りる。ただ安らかな寝顔を祈った。
フードを被って姿を隠し、夜の酒場で酒を飲んでみる。気分は晴れない。踊り子を口説いてみる。本気にはなれない。夜に雨竜を見守ることだけが、俺の幸せだった。
今夜も、雨竜の窓辺に降り立つ。違和感に気付いたのは、その瞬間だった。
「雨竜がいない
……
?」
ベッドはもぬけの殻だ。おまけに窓が緩んでいる。手をかけて、中を覗こうとした。
瞬間。
「何者ですか!」
死角から、聞き覚えのある声がする。そして剣を突きつけられる。
「
……
戴天」
家同士の付き合いがあった、雨竜もよくなついていた金髪の青年。戴天は、俺の顔を見ると目を見開いた。
「叢雲
……
? 死んだ、はずでは」
「
……
確かに死んだ」
敬虔な信仰者である戴天の顔が青ざめる。ゆっくりと言い聞かせた。
「けれど、吸血鬼になってしまった」
「そんな
……
なぜ
……
背信者に
……
」
俺は口を閉ざす。事情がどうであれ、魔のものに堕ちたのは事実だからだ。もう雨竜を見守りに来ないほうがいいだろう。背を向けて、窓から出ようとした。
「待ちなさい、逃げるな!」
「
……
ッ!」
戴天が剣を投げ捨て、俺に飛びつく。窓から身を乗り出していた俺はバランスを崩す。怒鳴りつけようとする、我を忘れた戴天の口を塞ぎながら揉み合う。そして、二人で二階から落ちた。
頑丈な吸血鬼の身体は、地面に叩きつけられようと、戴天に押し潰されようと怪我はない。けれど戴天は衝撃があったようで、俺の上にくったりと寝そべったまま動かない。
「大丈夫か
……
?」
そう言いながら揺する。首に髪が巻き付いて苦しそうだったので、指で払った。
ゾクリと、背筋が粟立つ。
首に触れた瞬間、甘い香りが立ち昇った。
戴天の身体からだ。まるで上等な果実のような。葡萄酒のような。貪り尽くさなければ収まらないような誘惑が、戴天の身体にある。
身体を起こすと、戴天が地面に転がる。俺は息を荒くしたまま、戴天に覆いかぶさった。
「
……
むら、くも?」
戴天が意識を取り戻したことなど、関係なかった。自分がどうしたいのか、わかった。
「
……
あ」
顔を寄せ、首筋にキスをする。戴天はまだ朦朧としているのか、拒まない。一度舐め、濡れた肌に牙を突き立てた。
「
……
っ、あ
……
」
血が溢れ出る。形容したことのない、幸福そのものの味わい。夏の日に沢の水を飲んだような。冬の日に暖かいシチューを食べたような。すべての充足感が、身体を満たしていく。
「
……
ぅ
……
ん」
戴天もどこか官能的に頬を染めている。うっとりと、身体の力が抜けている。血を啜られながらも、幸福そうに目を細めた。
俺は理性を取り戻す。青白い戴天の首からは、もう血が溢れてこない。
「戴天! しっかりしろ!」
耳元で叫ぶが、冷たくなっていく肌は蘇らない。空を見上げると、星が消え薄紫になり始めている。俺は戴天を抱えると、隠れ住む洞に逃げ帰った。
「
……
殺してしまったのか?」
洞に寝かせ、脈を測る。死体のように静かだ。青ざめた唇は動かない。
人工呼吸。ふと思い出した救命方法に、俺は縋った。神がアダムを作った時も、たしか息を吹き込んだんじゃないか?
唇を重ねる。そこまで顔を近づけて、戴天の眉が意外と優しい形をしていることや、つり上がった目を閉じさせると案外あどけないことなどを知った。
「駄目か
……
」
俺は身体を起こす。吸血鬼になっただけでなく、人殺しまでした。雨竜に会わせる顔がない。
「
……
なにが駄目なんですか」
低い声がする。俺は座ったまま飛び上がった。死体がしゃべった。怖い。
「叢雲
……
ここは
……
私は、家に帰らないと
……
」
頭が回っていないのか、眉間に手を当てながら戴天が起き上がる。立ち上がると、ふらふらと洞の外に出ようとする。
「
……
いけない!」
「え?」
外は、朝日が始まっていた。
陽光に当たった戴天の指先が火傷したかのように熱される。驚いた戴天は、動きを硬直させる。俺は勢いよく戴天の肩をつかみ、洞に引きずり戻した。
「痛
……
!」
「すまん」
俺は戴天の指先を見つめる。吸血鬼の身体能力で、すぐに皮膚が修復していく。それを見た戴天の目が、恐怖に歪んでいく。
「なんだ、これは
……
私は
……
」
「落ち着け。吸血鬼になっただけだ」
落ち着けるわけのない俺の言葉に、戴天はパニックになった。
「
……
という理由で、俺は雨竜の寝顔を見に行っていた」
「そうなんですね
……
黒い不審者がいると、噂になっていましたよ」
戴天はようやく落ち着いて、俺の話を受け止めた。
「ですから私が雨竜くんに代わってあの部屋にいたのです。罠として」
「そうか
……
目立ってしまったな」
俺が肩を落とすと、戴天はフンと鼻を鳴らし、不機嫌そうに腕を組む。
「あなたは賢い一方で抜けている。もっと上手い方法があったでしょうに」
戴天は言いながら、上着を脱ぐ。ポケットに入っていた本の白紙のページを探した。書くものを探してポケットを漁る。
「夜になったら置き手紙を家に出してきます。もう帰れないと、死んだものだと」
「
……
そうだな」
「雨竜くんも心配しないように、あなたのことを
……
」
言いながら戴天は口ごもる。俺の表情が曇ったことを察しているのだろう。俺は首を振った。
「いや。俺のことは
……
知らないままでいい」
「生死不明のままにするんですか?」
「
……
罪人と関わらせるわけにはいかないだろう」
責めるように睨む戴天は、頷いた。俺の意思を尊重してくれることに感謝しながら、視線を逸らす。
旅人のようなフードを被り、二人で酒場で酌み交わす。家にいた頃は考えられない、闇夜に紛れて生き、悪徳に交わる日々。
戴天も数年で酒を覚え、上機嫌に葡萄酒を飲んでいく。俺はつまみのブラッド・ソーセージを噛みながら、戴天が歌うように言う言葉を聞いていた。
「雨竜くんは大きくなりましたね。あなたによく似て、賢く頑固なようですよ。正義感が強く、年上にも負けない」
ふふ、と笑う。こっそりと集めた情報だけでも、健やかに育っていることがわかった。俺たちにできることは祈ることだけだが、本人が真っ当であることが嬉しい。
「もうすぐ酒も酌み交わせる歳だな」
ふと、人間のようなことを口走ってしまった。次の年で十八になる。だからといって、祝える訳ではないのに。
戴天は口元をグラスで隠す。逡巡の後、囁いた。
「
……
姿を現してやらなくていいんですか?」
俺は答える。内容は決まっていた。
「あいつがもう少し大きくなったら
……
夜も出歩けるだろう。その時に考える。まだ子供だ」
嘘だ。二度と会わないほうが雨竜のためになると思っている。俺という存在は、あいつの人生にいないほうがいい。
戴天は気づかない。少し酔った様子で笑った。
「フフ。兄からすればいつまでも子供なのですね
……
私は、彼を吸血鬼にすることも
……
許されると思いますよ」
指先でグラスの縁をなぞる。家を大事に思い、信心深かった戴天らしくない言葉だった。
吸血鬼にする。戴天にしたように血を吸い付くし、夜の住人にする。そうすれば一緒に暮らせるが、人としての幸せから離れる。人を襲い、生きていくことになる。
戴天は目を伏せる。
「あの家で、孤独に生きていくのは
……
きっと辛いですから」
戴天の金の瞳には、優しさと悲しみが混ざる。なにかを思い出したようだった。
俺は葡萄酒を喉に流し込む。目を逸らして言った。
「雨竜には、太陽のもとで生きてもらいたい
……
そう俺は思っている」
戴天は頷く。それ以上の詮索はしなかった。
「こんばんは、お嬢さん」
「こんな時間にお出かけでしょうか?」
俺と戴天は、一人で歩く女に声をかけた。あくまでも穏やかに、裏路地に誘い込む。
戴天は優雅に女の手を取ると、エスコートするように階段を降りさせた。俺は背後から肩に手を回す。
「少しだけ、お時間をいただければ」
「ええ。少しだけ」
誰もいない暗がり。酒に酔った高揚感。
女は恍惚とした表情で目を閉じる。戴天に目配せをした。
戴天は女の首筋に、笑みの形の唇を寄せる。
鋭い牙で、肌に穴を開けた。舌で舐めながら、血を啜る。身体に負担がかからない程度に止めると、崩れ落ちた女を座らせた。
「戴天」
俺が言うと、戴天は口を開ける。赤い血に満たされた口内を見せた。別な生き物のようにぬめる舌に、俺の舌を絡ませる。深く口づけ、角度を変えて貪り合う。どんな血であっても、戴天とする口づけは絶品だった。
「ん、ふぁ
……
」
戴天の瞳が潤む。血を吸った夜を思い出す。俺は戴天の腰を抱き寄せた。
雨の夜だった。森の枝が雨粒に叩かれ、賑やかな音を立てる。
「兄さん!」
叫び声に俺たちは隠れ家を飛び出した。聞き間違えるはずのない雨竜の声。声変わりをしてもなお、懐かしいあの声。
「兄さん、いるんでしょう!」
離れていく声を追いながら、雨に濡れていく。
「雨竜ッ!」
「どうしてここにっ?」
動揺する戴天の前で、懸命に焦りを覆い隠す。姿は隠していたつもりだった。
「誰かに目撃されたのかもしれない。あるいは、俺が死んでいないと誰かに聞かされて
……
」
考察している場合じゃない。視界の悪い雨の森の中を駆る。吸血鬼の夜目で、やっと見つけた雨竜は、濡れた苔で足を滑らせていた。二人の声が重なって叫ぶ。
「危ない!」
滝壺に、落ちて。
「雨竜! しっかりしろ!」
俺は叫ぶ。水から引きずりあげた。肺から水を出した。呼吸ができるよう横に寝かせた。心臓が動くように何度も押した。寒くないよう覆いかぶさって雨を避けさせた。
雨竜は動かない。
戴天は崩れ落ち、白い顔を青くしたまま頭を掻きむしっている。
「あ、あ
……
なんてことだ
……
」
「雨竜! 雨竜!」
雨竜は動かない。目も開かない。暖かく柔らかい身体が、冷え切っていく。
戴天は、立ち上がる。雨の中、金の髪が濡れていく。
怒鳴る声が、俺の脳に突き刺さった。
「あなたが、あなたがもっと早く姿を現してやれば!」
鬼のような形相が、声からもわかる。俺は顔をあげない。ただ雨竜の頬を撫でる。
戴天の怒声が、雷雨のように俺を射る。
「どうして罪など犯したのですか! ずっと傍にいてやればよかった! 死なずに、傍にいられた筈なのに!」
声は、涙声に変わっていく。
「こんな形で死んでしまっては吸血鬼にもなれない! あなたは
……
貴様は!」
俺は立ち上がる。戴天にも雨竜にも背を向けて、森を出る。
戴天の最後の言葉が、背中を貫いた。
「臆病者!」
吸血鬼に、人生はあるのだろうか。生きているとも言えない年月を過ごした。酒に溺れ、女を騙す。血に溺れ、人を騙す。旅に出て、村を忘れようと都会に住んだ。人外の友人をみつけ、つるんだ時期もある。
馬車が汽車になり、新聞がラジオになる。時代は進んでいくのに、俺はまだ俺のままだ。
夜の街を歩く。舗装されたレンガ道は快適で、時代遅れの革靴でも問題なく歩ける。獲物を探し、ガス燈の下に立った瞬間。
「
……
雨竜?」
居るはずのない人影を見た。帽子を目深に被り、買い物の紙袋を抱える。俺が最後に見た雨竜がそのまま、当世風の吊りズボンを履いて小走りで去っていく。
「そんなはずは
……
」
他人の空似だ。でなければ遠い親戚だ。そう思いつつも、俺は後を追いかけることが辞められなかった。
街外れにある、工房のような建物。窓は雨戸までしっかり閉められている。
「ただいま戻りました」
明るく言う声も雨竜のものだ。木戸をノックし、雨竜に似た少年は中へ入っていく。
堪えきれず、震える手でノックする。
返事を待った。吸血鬼は、招かれていない部屋には入れない。招いて貰うしかない。
「どうぞ」
雨竜は、不思議そうにドアを開けた。
俺は動揺しながら雨竜を見下ろす。帽子を取ったあどけない顔は、まさしく雨竜のものだ。
「雨竜
……
!」
そう呼びかけると、真面目そうな眉をひそめる。
「
――
あなたは?」
訝しむ態度は当然だ。もともと賢い子だった。慎重で真面目で。記憶が濁流のように脳を打つ。懐かしさがこみ上げる。吸血鬼になったのか? どうやって? 背信者でもなく、吸血鬼の眷属にされたわけでもないのに?
「俺は
……
」
「初対面ですよね?」
雨竜は冷たく言う。その瞳に、俺への懐かしさは微塵もない。
もう一つの馴染んだ声が、聞こえた。
「雨竜くん。離れなさい」
奥の暗がりから現れた人影。長い白衣は当世風で、人間の医師や研究者のように見える。そんなはずはない。あいつは、もう吸血鬼としてしか生きられないはずだ。
「
……
戴天」
俺を鋭く睨みつける戴天に、雨竜は顔をあげる。
「兄さん!」
「兄さん、だと?」
俺を呼んだ訳ではない。戴天を兄と呼び、駆け寄った。戴天は手を伸ばし、雨竜を抱き寄せる。
「その男は
……
関わってはならない人間です」
「
……
旧交を温めることもしないのか」
「去っていったのはあなたでしょう」
「拒んだのはお前だ」
剣を交えるような鋭い声。返す俺の言葉も硬質だった。あんな別れ方をした。手を取り合えるとは、思っていなかった。
「雨竜くん、少し席を外して貰えますか」
「は、はい」
戴天は奥の部屋に雨竜を送る。扉を閉ざし、俺に椅子を勧めた。
机に椅子が二脚。二人で暮らしているようだった。俺は拳を握る。
「どういうことだ? あいつは
……
」
「ブードゥー教のゾンビを知っていますか?」
「あぁ
……
だが、あれは意志のない肉人形のはず」
死体を生き返らせる方法は知っていた。だがどれも肉体を操るのみで、理性的な振る舞いをさせられるものではない。
「努力しました。脳から人格を再現する」
戴天は俯き言う。この服装も、研究を重ねる日々の影響だろう。
脳。記憶を司るという未知の器官。それならば。
「それで
……
俺の記憶を奪ったのか」
戴天はちらりと俺を見る。なにかを求めるように。
「
……
そうだと、言ったら?」
「
……
それは」
俺は口ごもる。雨竜の尊厳を侮辱するなと、俺が言えるのか? 雨竜を返せと、無責任に言えるのか? 雨竜から逃げるように何十年も過ごしていた俺が?
戴天は苛立ちを顔に浮かべる。獣のような形相。
「許せないと、言いなさい。私を敵だと罵りなさい」
立ち上がる。物語の悪役のように両手を広げて、俺を見下ろす。
「会いに行かなかったあなたが」
荒げる息を堪えて、言った。
「執着を見せないあなたが、大嫌いだ」
そう罵る戴天は、俺よりも傷ついた顔をしていた。
俺が何も言えずに黙っていると、戴天は扉の向こうに声をかける。
「雨竜くん。彼を外に送りなさい。丁重に」
「はい。兄さん」
心配そうに雨竜は顔を覗かせる。怒声が聞こえていたのだろう、優しい子だ。俺は頷いて、ドアから出た。
雨竜に見送りをさせた戴天の意図がわからない。最後の別れをさせるつもりか。俺は、夜道で問いかける。
「
……
いつから、兄弟で暮らしている?」
「よく覚えていません。でも、小さい頃から一緒でした」
尋ねられたことに、雨竜は平然と答える。嘘をついているつもりも無いようだ。本当に、戴天はなにも教えていない。
「
……
どこで生まれたかは覚えているか?」
「兄さんの研究所です」
あの村を知らない。俺の記憶が残りすぎる村ごと、戴天は奪い去った。
無言になりながら、人通りのある街へ近付く。雨竜が、足を止めた。細い声で、慎重そうに聞く。
「
――
あなたは兄さんのなんなんですか?」
雨竜は、俺との距離を計りかねているようだった。腕を組み、見下ろす。
「何、とは?」
「この研究所を知ってる人なんていません。訪ねてくる人なんて、いなかった。けれどあなたはやってきた」
話し慣れていないのか、訥々と語る。けれど、必死な感情はあった。
「そして、兄さんは僕に見せない顔を見せた。あなたは、誰なんですか?」
雨竜は俺を見上げる。その瞳孔は丸く開いている。どんなに生きていても死体なのだと、悟った。
俺は俯く。戴天の顔からは、怒りしか受け取れていなかった。
「そんな顔をしていたか」
「はい。切なそうな、もっと話したいような顔をしていました」
俺は唇を噛む。
憎いはずの俺を雨竜と話させたのは。
「
……
もう一度、あいつと話がしたい」
「
……
はい。兄さんもそれを喜ぶと思います」
雨竜は微笑む。頭を撫でてやりたかった。
戴天は自分の部屋に閉じこもっていた。扉は固く閉ざされ、吸血鬼である俺には開けられない。ゾンビである雨竜も、気を使ってか離れていた。
「戴天」
「私は出ませんよ」
短い拒絶。俺は伝える。
「お前と話したいことがある」
「ありません」
扉越しに、俺は話し始める。聞いてもらいたかった。
「本当はもっと早く言うべきだった」
「何のことですか?」
「あの夜、雨竜の部屋にお前がいたこと。雨竜を守るためだったんだろう」
黒い不審者から守るため、俺の親にも話を通して、雨竜を避難させた。自分を危険な罠の中に置いた。
「ゾンビの研究をしたこと。雨竜を蘇らせるためだった」
資格を失ったと、一人で消えた俺には思いもよらない方法だった。そして途方もない努力をした。
「俺と雨竜を二人にしたのは
――
雨竜の人生を、雨竜に選ばせるため」
今、戴天はおそらく荷造りをしている。雨竜を俺に渡す事になったら、跡形もなく立ち去るために。
「お前は、お前なりに雨竜を愛してくれた」
息を吐く。これが、愛でなければなんだと言うんだ。
「俺はお前に、感謝すべきだったんだ。同じく、雨竜を愛するものとして」
戴天は黙る。小さく一言、呟いた。
「
……
どうぞ」
ドアの鍵が開く。吸血鬼は、迎えられた部屋には入れるのだ。
戴天は棚から、小さなガラスの箱を取り出した。中には灰色の肉片が入っていた。
「これが雨竜くんの脳の一部です。食べさせれば、記憶が蘇ります」
グロテスクな表現にやや身体をすくめる。変わりありませんね、と戴天は少し笑った。
旅行鞄に荷物を詰めながら、戴天は言う。
「本当の兄を思い出し、そして私はお払い箱だ」
「そうとは決まっていない。見届けろ」
自嘲する戴天に俺は言う。雨竜は、愛に背くような男ではないと思った。
肉を渡された雨竜は、笑顔で「いただきます!」と言うと立ったまま貪り食った。ゾンビらしい振る舞いに、俺は戴天の陰に隠れる。
「あ、れ
……
?」
雨竜は眉間を揉む。気分が悪そうにしゃがみ込んだ。瞳が焦点を失い、そしてまた取り戻す。俺の顔をじっと見つめ、唇を震わせた。
「
……
兄さん。叢雲兄さん!」
俺に駆け寄った。俺の手に触れ、身体に触れ、瞳を潤ませる。
「どうして、ここに
……
生きていたんですか!」
驚く様子を見た戴天は、満足そうに控えめに微笑む。自分の腕を、強く掴んでいた。
「待ってください、じゃあ、兄さんは
……
戴天兄さんは」
記憶と現代の齟齬。家族ではなかった、仲の良いい相手だったはずの戴天を兄と呼んでいた混乱に、雨竜が固まる。俺は、雨竜の肩を抱いて戴天に向き直らせた。
戴天は怯えて目を伏せる。断罪を待つ罪人の面持ちで俯いた。
「雨竜。戴天はお前のもう一人の、大切な兄だ」
ゆっくりと言い聞かせる。真実ではない。けれど、偽りでもない。
「お前をずっと守ってくれた家族だ」
こちらは、絶対に真実にしてみせる。
雨竜は戴天を見上げる。そして、微笑む。
「ありがとう、戴天兄さん!」
戴天は、掠れた声で「はい」と応える。俺にも、涙声に聞こえた。
雨竜はゾンビであって吸血鬼ではない。なので、招かれていない部屋に入れる。ドアの閉まっている店にも入れることから、買い出しはもっぱら雨竜の担当らしい。
「ただいま帰りました!」
手に生肉や研究資材の入った紙袋を持った雨竜が明るく帰る。
俺たちは慌てて手を離した。戴天が髪を整える。
「おかえりなさい、雨竜くん」
「頼んだものはあったか?」
そそくさと紙袋を受け取り、俺たちは何事もなかったかのように振る舞う。
雨竜は、じっとりと俺たちを睨みつけた。
「あの。兄さんたち、距離が近くはありませんか?」
「
……
む」
「それは、その
……
」
口ごもった俺たちに、逆に雨竜が赤面する。ゾンビには一応血が通っているのだ。咳払いを一つして、説教するように言った。
「僕も子供じゃありませんから、察してはいますが
……
ここはリビングですよ」
戴天は髪の毛をいじりながら、雨竜に頭を下げる。弱ったように眉を寄せた。
「すみません。あなたの兄を独占してしまいましたね。好きなだけ叢雲兄さんに甘えなさい」
さ、と手を俺に向ける。どうぞと言わんばかりに。俺は口を出すか否か悩んだ。雨竜が甘えたいのは、俺とは限らない。
甘えたいのかどうかも、限らない。
雨竜は慌てた様子で首を振る。戴天の手を取った。
「ち、違います戴天兄さん!」
「違う?」
唇をとがらせた雨竜は、もごもごと小声になる。耳まで赤くして恥じらって。
「僕もその
……
戴天兄さんにハグされたくて
……
」
戴天の手をぎゅっと握る。生きていれば手汗がすごいだろう。
「
――
叢雲兄さんにヤキモチを、妬いてしまいました」
「
……
やはりか」
俺は腕を組む。どこまでなのかはわからないが、恋敵として見られている。俺の危惧に気づかず、戴天は感動し目を輝かせた。
「なんて可愛らしいことを
……
!」
「戴天、そういうハグではない。雨竜、お前にはまだ早い」
「子供じゃありません! そ、そういうハグだってしたいです!」
俺に向かって叫ぶ雨竜。村にいた頃は見られなかった顔に、微笑ましさと危うさを感じる。
「いいですよ、雨竜くん。私がいくらでもハグをしてあげますからね」
慌てる雨竜を抱きしめて、背中を擦る。ポニーテールにしている髪が揺れた。
戴天の首筋には、俺の噛み跡が残っている。
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