嶋利
2024-09-14 23:59:11
2943文字
Public FE 風花雪月
 

【SS】間者の真似事

シルヴァンとシャミアのちょっとした会話劇。カプ要素はありませんが距離が近すぎる描写があります。

酒を飲む男達の喧騒、踊る女達の高らかな声、給仕の元気で愛想の良い返事。
ここはガルグ=マク大修道院の食堂ではなく、麓の町にある、荒くれ共が集まる大衆酒場だ。
シャミアはその空間の隅で、酒に興じる人々を眺めながら葡萄酒を嗜んでいた。ふと入り口を見れば見知った顔の赤毛の男が目に付く。
この場において異質に感じるほど華やかな彼は、空間を一瞥してすぐシャミアに気付いたようだった。

「こんばんは、シャミアさん。葡萄酒片手に今日は一段とお美しいですね。同席しても?」

シャミアにとってはシルヴァンの甘い笑顔も、猫を撫でるような優しい声も、薄ら寒いものだった。浮ついた男は嫌いだ。安っぽい身分でもないのに、彼がわざわざそう振る舞う態度を理解できない。

「なんだ、ここは君のような者が来る場所じゃないぞ」

音を拾う意識をしなければ会話も難しいほどに、ここは騒々しい。声を聴きたいとばかりにシルヴァンはシャミアが座る卓に、対面ではなく対角にある椅子を引いて勝手に座り込む。

「いやぁ、俺、今フラれたばっかりなんです。けど美しいお姉さんと酒が飲めるならフラれ甲斐があったってもんですよ。どうです、俺と朝まで一晩過ごすのは」
「色事の相手を探してるなら他を当たれ。愚痴も聞きたくない。酒が不味くなる」
「つれないなぁ。ま、いいですけど」

シルヴァンは、すぐ側をとおりかかる女給に愛想良く蒸留酒といくつかつまみを注文する。

「随分強い酒を飲むんだな」
「故郷でよく飲むのはそういう類なんです。洒落た酒よりそっちのほうが舌に馴染む」

ファーガス出身の人間にとって、強い酒は暖気を得られる数少ない方法だ、とシルヴァンは言う。寒い夜には子供の寝かしつけに飲み物に少量垂らすことさえあるそうだ。

「そうか。まあ、故郷の酒を飲みたくなるのはわからなくもないな。私はもう、その味を忘れそうだよ」

故郷の味を思い出す暇もなく、さっとシルヴァンの手に自分の手を重ねる。えっ、とシルヴァンの戸惑う声は聞かなかったことにした。

「お前の故郷の酒は飲んだことがない。よかったら教えてほしい」

驚いてこちらを見るシルヴァンに、すかさず互いの額が触れそうなほどの距離を詰め、誰にも聞かれぬようシャミアは囁く。

――悪いが気付かれるとまずい奴がいる。協力してくれ。

……いいですよ。手取り足取り、教えてあげます」

シルヴァンが軽く笑ってシャミアの腰に手を添えたことで全身が粟立つ。嫌悪感はあるができる限り無を貫いた。
長めの口付けをするような素振りで彼の肩に触れると、腰に当てられたシルヴァンの手はびくりと跳ねて触れるか触れないかの位置に留まった。彼の瞳は揺れている。子鹿の毛皮みたいな色をしているな、と思えばその瞳の揺れ、それこそ立ち上がることに必死な子鹿そのものに見えた。
彼なら役得だと言わんばかりにこのまま本当に口付けてもおかしくはないと思っていたのに、唇の距離は微動だにせず見つめ合ったままだ。
自分が嫌悪感を消さないせいで踏み込んで来ないのか、彼にこそ自分に嫌悪感があるのか、読み取れなくともシャミアにとっては好都合だった。
ようやっと男が数人、酒場から出て行き気配が消えた。

……行ったな。すまない、助かった」

顔を、体を離せばシルヴァンは大きく息を吐いて少し身を屈めた。下唇を抑えながらくつくつと笑い出す。

「なんですかあの顔。こんなに至近距離で、さも嫌そうな顔で見つめられたの、初めてです」
「あの距離感で君の顔に落ちない女は私くらいかもしれないな」

俺、褒められてます?なんて茶化しながら笑うシルヴァンには、涙が出るほど新鮮で愉快だったらしい。
シルヴァンが眦を擦っているうちに注文した品が卓に届き、彼は支払いを済ませる。手に取った金額を見て女給はは大人しそうな雰囲気が急に華やいだ。

「君みたいに可愛い子が給仕してくれるなんて、運命の巡り合わせだと思ってね。……代わりに俺たちがここでデートしてたのは内緒にしてくれるかい」

口に人差し指指を当て、片目を瞑って女給に口止めを願い出るシルヴァンにシャミアは思わず手が出そうになった。歯が浮くような台詞と、自分たちが内密の関係であるかのような口ぶりが眉を顰める程、気に障る。
女給はシルヴァンの心付けをありがたそうに頂戴して、機嫌良く去っていった。

「よくあんな台詞がすらすらと出てくるものだな。もはや関心するよ」
「素直な感想を述べたまでですよ。ま、金で釣るのはあんまり好きじゃないんですけど」

酒を口にし、随分と苦い顔をする。酒のキツさのせいというより、本当に女を金で買うようなことを嫌っている、というところだろうか。

「ところで、今日は何の情報集めをしてたんです?」
「特秘事項だ。少なくともここでは言えない」
「まあそうですよね。ここは噂話を探すには絶好の場所だ。誰が聞いてるかわかりゃしない」
「ああ、不用心な会話は避けたい」

軽薄そうな態度から一変して、真面目な顔と用心深く声を落としてシルヴァンはシャミアを見る。
この顔のシルヴァンは戦場で見る彼のそれだ。シャミアにとっては、こちらのシルヴァンのほうがまだ好ましかった。

「教えてもらえる内容なら聞きたかったですけどね。……俺も、ちょっと聞き捨てならない情報を耳にしたので。もう少し確証が欲しくてここに来ました」
「今集めている情報の中で、きな臭いものは一つしかない。恐らくだがお前が求めている情報は今しがた去って行ったよ。そのうち軍議の議題になるさ」

お前がここにいる用はもうない、と言うシャミアの言外の意思表示を察してくれたのか、シルヴァンはいつもの軽薄さを取り戻していた。

「いや〜ほんと残念だな。シャミアさんと一晩飲み明かせると思ったのになぁ」

蒸留酒をぐいっと呷ったシルヴァンは席を立つ。

「そういうのは同級たちとやるといい。私は一人で飲むのが好きなんでね」
「へぇ。幸運にも同席できた男は俺だけかな。皆に自慢できますね。あいたっ」

にやつくシルヴァンにシャミアは軽く足蹴りを入れた。

「はあ、今日のことは酒のせいで忘れたことにしときます。それじゃ、お疲れ様です。つまみには手をつけてないので、俺の変わりに食べておいてください」

シルヴァンは手を振って酒場を出た。
彼のような男は下心と共にまとわりついて鬱陶しい部類の人間だと認識していた。
だがシルヴァンに軽薄さはあってもどこか一線を引いているようで、嫌悪感はあるものの不思議と性的な厭らしさはなかった。
遊びで酒場に来たというより、本当に情報収集で来たのだろう。だが。

……密偵には向かないな」

酒場を出る際にも女に声を掛けられて愛想を振り撒くような男だ。見目の良さも合わさってそんなことをせずとも強く印象に残る。
印象に残ったところで放蕩息子と揶揄されるあの貴族の若者は、シャミアにとって縁遠い人間だ。私事ではこれ以上深く関わることはないだろう。
シルヴァンから譲り受けたつまみを片すには酒が足りない。もう一杯嗜むためにシャミアは先程の女給に声を掛けた。