chuahaaan
2024-10-17 01:11:28
3693文字
Public AC6
 

まぜまぜ

スッラの英語音声の担当の方はイタリア系だとXで聞いて生まれた「マンテカトゥーラ」をするスッラです。
スラウォルかな

 早朝を狙ってターゲットを暗殺に行ったスッラから通信が入る。
『ウォルター、寄るところが出来た』
「何かあったのか!?」
『ただの野暮用だ。昼は外で食べるから……そうだな、夕方には戻る」
 通信が切れた。
 何なんだ、まったく。
 子どもの頃から付き合いがある傭兵だが、未だに彼の考えに理解が及ばないことがある。彼の方はむしろ理解しなくともよいと考えている節がある。
 俺とは赤の他人で雇用主と傭兵なのだから仕方のないことだが。
「うむ……
 モニターの文字がぼやけて見えない。戻ってくるまでに送られて来た戦闘情報を分析し、彼に支払う報酬の計算をしなくてはならないのに一向にピントが合う様子もない。
 机の上に置いてある眼鏡をつけるとモニターの文字がはっきりと見えるようになる。
 老眼が始まってきてしまった。つけ慣れない眼鏡をかけると、忌まわしいあの男によく似た顔がマグカップの水面に浮かぶ。飲み干せば消えてしまう弱い姿なのに目をそむけたくなってしまう。
  ***
 冷凍食品で簡単に食事を済ませて「友人」の依頼のために都合がいい仕事と戦力調達の計画を立ていると。遠くで聞き慣れたAC輸送用ヘリコプターが着陸した。識別コードはスッラのものだ。
 作業に片を付けて玄関のかぎを開けると、丁度車が家の前に停まった。
 ドアを開ければ後部座席の荷物を運ぶスッラと目が合う。齢は六十も近いというのに背筋は伸びていて背中まで白髪が伸びているのにその相貌は四十半ばの俺より若く見られる。
「帰ったぞ」
「おかえり」
「悪いが、先にこれを降ろしたい」
 スッラの両手いっぱいに下げたビニール袋がダイニングテーブルに積み上げられた。
「なんだ、この食料の山は」
 理由を問いただそうとしたらスッラは小走りに外へ出て行ってしまった。車からまだ荷物を降ろすらしい
 白や黄色、店の名前が書かれていないものもある。中身は新鮮な野菜や鮮やかな赤身肉、卵にチーズ、ビスケット、乾麺の袋には「スパゲッティ」と書かれている。珍しいものが入っているとウォルターは乾麺の袋を手に取った。
「てっきりパスタが嫌いなのかと思っていたが、珍しいな」
 レーションはもとより、食糧庫の缶詰のトマトスパゲッティどころかマカロニチーズも冷凍パスタにすら一切手を付けないのだ。
「お前は気にしないだろうがな、あんなもの食べるくらいなら飢える方がましだ」
 テイクアウトしたコーヒーと、酒瓶でちぎれそうな袋を持って台所に行ってしまった。
「何か手伝おうか?」
「お前は仕事を終わらせろ、私はこれから24時間休憩に入る」
 台所から開栓の音が聞こえる。何かいいものを手に入れたようだ。
 彼のように若さを維持していたらもう少し生きやすくなったのだろうか。
 そんな無駄なことを考えている暇はない。
 「友人達」との約束を違えず、悲劇を再び起こさないためにも休む暇なんてないのだ。
  ***
 スッラの記憶は大きく分けて2種類ある。強化人間になる前とその後だ。強化手術を受けた後の記憶は大体覚えているが、後遺症で、ただの人間だったころの記憶をほとんど失ってしまっている。
 そんな数少ない記憶に子供のスッラより背が高い女ががフライパンを振るってパスタとソースを絡める姿があった。顔なんてもう思い出せない。彼女の声に合わせて「まーぜまぜっ♪まーぜまぜ~♪」と歌っていたことだけは思い出せる。
 私は食い意地が張っているのかもしれない。
 スッラは帰りがけに見つけたスーパーマーケットで入手したリキュールとソーダを混ぜて透き通ったオレンジ色のスプリッツを眺めて小さく笑った。
 その前には大皿に並べられたビスケットがラム酒入りのエスプレッソに浸されてその色を濃くしている。
 酒もこんな苦い菓子も子供の私は好かなかっただろうが、記憶の味と共に大人の私を喜ばせてくれる。
 ルビコン3の研究所から解放され、私を知る者がいない異星で生きていく中で、断片的な記憶の私の舌に合う料理を探し、記憶に合うようにレシピを模索していた。趣味かといえばそうではないが、気晴らしにこうして料理を作るようになった。とくに今日は求める材料がすべてそろってしまったのだから仕方ない。
 久しぶりにラグーボロネーゼを作ろう。
 この家の前の家主は料理をする人間だったことが幸いして、一通りの調理器具はそろっている。
 刻んだ野菜を炒め、焼き目を付けたひき肉とあら切りの牛肉をハーブと共に数時間煮込む。こうすることで歯ごたえと肉のうまみが両方楽しめる私のアレンジだ。
 この間に料理で使いきれなかったワインの味見をしながらティラミスを作る。ハンドミキサーはないが、強化人間の筋力があればメレンゲを完全に泡立てる程度で疲れることはない。ほどなくしてむらなく、くちどけの良いマスカルポーネチーズクリームが出来た。
 やや大きめのガラスのボウルにエスプレッソを吸わせたビスケットとチーズクリームを交互に二層に重ねる。今回はビスケットを多めに入れた。最近のウォルターは体の調子が悪いのか、脂の多い食事の後がつらそうだ。
 あいつも、年を取ったのかもしれない。
 ルビコン3を出た後の避難船の中で顔見知りが居れば互いに接点を持っても仕方ない。
 まだ10代前半だったウォルターが私の部屋を訪ねることが何度かあった。親がアレであればどこにいても居心地が悪いだろう。その中で私の居室が選ばれてしまった。特に何をするわけでもなく、互いに勝手に過ごしていた。無論、少ない物資の中で私の手料理を何度か食わせてやっていたことがあった。
 ある日、少年が恥ずかしそうに言った。
「あの、スッラ、お昼ご飯に……その、“マンテカトゥーラ”が欲しいです」
 私がパスタとソースをあえながら無意識に歌っていたらしい。
 未だに忘れられない。
 なぜ忘れられないのだろう。無意識な鼻歌を聞かれた恥ずかしさからだったのか、自分の料理が褒められた嬉しさだったのか、あるいは渾身の歌を披露しながら作ったチーズパスタが今一つ口に合わなくて愛想笑いをされたからなのか。
 いまだに黒髪の少年が遠慮がちに、悲しそうな顔でねだったあの日が忘れられない。
 とうとうつややかな黒髪に白髪が混じり、私に仕事を指示する上司になった今もだ。
  ***
 二人分のスプリッツと酒のあてを兼ねた前菜のズッキーニのマリネを食卓に並べる。
「おい!晩飯ができるぞ!そろそろ来い」
 疲れた目をほぐしながらウォルターが現れる。
 ラグーボロネーゼのソースとパスタを静かに混ぜ合わせ盛りつけてウォルターの前に置く。いつもならこだわった盛りつけの料理であっても「これはなんだ?」と聞いてくるものなのに、今日は皿をうれしそうに眺めている。
「何かあったか?」
「いや、久しぶりだな、スッラの“マンテカトゥーラ”」
 マンテカトゥーラ?これは……いや、このままでいい。
 味のないソーダにリキュールをほんの少し入れると旨くなるように、――嘘にはほんの少しの真実を混ぜると人は信じやすい。
「じつは、これは私の家族の味なのだ」
「そうなのか、いい思い出が残っているな」
 肉を突き刺し、フォークで巻き取ったパスタと共にほおばる。おろしておいたチーズの小皿を渡すとたっぷりかけ、もう一口食べた。
「ソースはまだあるから明日も作ろうか?」
「明日は俺がやろう」
「できるかな?」
「茹でて混ぜるだけだろ?子ども扱いをやめろ、俺もいい年だ」
「ああ、そうか」
 空のグラスの向こうには大きくなった少年がいた。
  ***
 次の日の昼、ウォルターが昼食を作りにパスタを手に取った。スッラが買った粉を吹いたように表面が白いスパゲッティである。
 湯を沸かそうと鍋を探すとスッラが使っていた大鍋は重ねられた鍋の一番下にある。
 面倒だ。どうせ使うなら洗い物は少ない方がいいだろう。
 コンロに置いてあるフライパンへパッケージの裏に書かれた表示通り、適正量の塩と湯を入れて火にかける。すぐに茹で始めることになるだろう。
 スッラがタッパーに移した“マンテカトゥーラ”のソースを電子レンジに入れて自動加熱機能を使って温める。
 強火の鍋はすぐに沸いたが、フライパンをどう使ってもパスタが完全に入らない。
 ならばこうするまでだ。
 パスタの両端を手でつかんで半分に折って茹で始めた。
「なんてことを!!!」
「どう、した?」
 珍しく驚愕し叫ぶスッラ。PTSDか、コーラルの幻覚でも見ているのだろうか。念のためタイマーを動かす。
「それだ!」
「これか?」
 スッラにはこのトマトを模したタイマーが何に見えているのだろうか。
「ちがう!それはタイマーで、お前は半分に折ったスパゲッティーを茹でている!」
「そうだな」
 正常に世界を認識できているようだ。
「冒涜だ!」
 電子レンジのマンテカトゥーラが爆発した。彼を理解するのはかなり難しいようだ。