ミイ
2024-10-16 21:36:36
4095文字
Public 静なつ 誕生祭
 

玖我なつき 誕生祭2023

 玖我なつきさん、お誕生日おめでとうございます。目的に向かって突き進むあなたが大切なひとのそばで羽を休めることができますように。アニメ本編前と本編後の話になります。

 なつきさんの視点から書くお話は初めてだったように思います。なつきさんの心情を考えていると、静留さんという存在が、彼女にとってどれだけ救いだったかを、少し感じることができたように思ったのを覚えています。

「なつき」

 どこにいく、とも言っていないのになぜ、ここにいるとわかったのか。校舎裏の草原。夏季休業中の今は誰も来ないはずの場所。そこで寝ていた私を呼ぶ声に振り向くと、いつもの掴めない笑みを浮かべた静留が立っていた。休みで教師すらいないのに学校に侵入していることを咎められるかも、と思うとなんだか居心地が悪くてふいと目を逸らせば、静留は私の前に回り込んで、屈託のない笑みで私を捕まえてくる。

「なーつーき」

 ……どうして、ここがわかったんだ。

「ふふ。うちがなつきのことで分からへんことなんてあらしまへんえ?」
「人の頭を勝手に読むな。……いいから放っておいてくれ」

 木陰に寝転び、また子犬のように小さくなって目を閉じる。今日は一人でいたいんだ。だって今日は、私の……

 もう、どこにもいないんだ。私の大切な人は。独りになったあの日からずっと、「この日」は、誰かといると惨めな気持ちになる。私が生きているのは、復讐のためだ。母さんをあんな目に合わせた奴らに復讐ができればそれでいい。そのために私は、独りで生きてきた。それ以上のことは望まない。好きだったかわいいものも、友達もいらない。大切なものも、大切な人も作らないようにして、今までずっと過ごしてきた。

 でも、この日だけは。……独りだということを、自覚してしまうんだ。もう、本当に母さんはいなくて、私は独りなんだと。母さんがいた頃、毎年この日は、研究が忙しいのに母さんはたくさんお祝いをしてくれて、私がそこにいることを喜んでくれた。あの頃この日は、一年の中で一番好きな日、だったのに。

 母さんがいなくなって、ひとりぼっちになってしまってからは、この日がこなければいいのにと願うようになった。カレンダーの月が八月に変わるたび憂鬱になる。帰省だなんだとテレビから騒ぎ立てるようになるとこの日が近づいてくることを思い出してしまうから懐かしくて、悲しくて、苦しくて。母さんに会いたくて、胸が、張り裂けそうで。

……だから今日は、誰とも会いたくなかったのに。

「なつき」
……静留?」

 あたたかいものに、頬を包み込まれた。その声に、温もりに、思わず薄く目を開けてしまう。じっと熱い眼差しで見つめてくる静留は、なぜだかひどく優しい顔をしていて。

「これ、うちからなんやけど」
 静留は、なにやら華やかな色の袋を差し出して、私の胸の上にぽんと置いた。……なんだ、これ。というかどこに隠し持ってたんだ。
「誕生日、おめでとうさん、なつき」
……え?」

 静留が私に告げた言葉に、頭が真っ白になった。

 私は、誰にも言ってない。だから誰も、私の誕生日なんて知らないはずで。なのになんで、なんで静留は。

 いろんなことで頭がぐちゃぐちゃになって、何も考えられない。ほうけているように見えたのか、静留は私を見て、楽しそうに声を上げて笑った。

「ふふ。なんで知ってるんだ? って思てはるやろ。かいらしなぁ」
……揶揄うな」

 そんな言葉しか返せない自分も嫌になるが、正直意味がわからない。なんでこいつが私の誕生日を? しかも、祝う、とか。やっぱり意味がわからない。まて、そもそも今日、学校はないはずで。帰省の時期なのに実家に帰ってる様子もない。それに、校門は閉まっていたのに。あれを超えてきたのか? この優等生様が?

「うちは先生方に信用されてますから。他の生徒たちよりすこぉし、見れるものが多いってだけどす。なつきが心配してるようなことはなーんもありませんから安心しよし」

 静留のいつものふわふわとした掴めない笑みと声が私を包み込んできて。ずっと気づかないふりをしていた、なんとも言えない感情が溢れ出していく。期待なんてしていなかったし、こんなことがあるなんて思ってもなかった。だから、急に湧き上がってきたこれを、どうしたらいいのかわからなくて、ぎゅっと胸の前で手を握りしめる。

 そうだ、静留は出会ったあの時から、私を見てくれていて……ひとりぼっちだった私を、見つけてくれていたんだ。

……あり」
「なつき?」
……あり、がとう」

 言葉にして仕舞えば、胸が苦しくてたまらなくなった。涙だけはこぼれないようにと、必死に唇を噛んでこらえる。

 誕生日なんてもう、誰にも祝ってもらえることはないと思っていた。ひとりぼっちになったあの日から。それなのに、静留はいつだってこうやって、するりと私の心に入り込んできて、春風のようにかき乱していく。そんな彼女と過ごす時間は、私にとって心地いいものだった。だけど、怖かったんだ。静留が、私の大切になってしまうのが。もしもまた失ってしまったらと思うと怖くて、いつだって素直になれなくて、静留の好意から逃げていた。

「好き」と言われたことも、「友達」だと言われたことも嬉しかった。そんなことを言ってくれる存在は、母さん以外にずっと私にはいなかったから。静留は、誰も信じるものかと気を張って生きてきた私の隣にいつのまにかいて、聞かないでほしいことは聞いてこないし、私にとってのちょうどいい距離感を保とうとしてくれる。だから私は、都合のいい時だけそっと近づいて。自己中なわがままにもほどがあるのに、静留はこうやって、私がそばにいてほしい時に、いつだってそばにいてくれる。

「お礼、言ってもらえるやなんて思てなかったから嬉しいわぁ。気に入ってくらはるとええんやけど。ああ、でもサイズはあってるはずやから」
……サイズ?」

 そういえば、この袋の中身はなんだ? サイズって言ってたし……

……これ、開けてもいいか?」
「ええ、もちろん」

 寝転がっていた体をひょいと起こして草むらに座り込む。いつのまにか隣に来ていた静留は、いつものように楽しそうに笑いながら私の手元を覗き込んだ。

……なっ!?」
「ふふっ。気に入ってくれはった? なつきに似合うと思たんやけど」

 袋の中身は、鮮やかな藤色の……下着だった。な、なぜだ!? 眩しいピンク色の袋でラッピングされたそれは、レースが繊細で綺麗だし、デザインも可愛くて、思わず目を奪われてしまう。……こんなの自分じゃ絶対に選ばない。でも、か……かわいい。

「しかもこれ、有名なブランドのものじゃないか!」
「せっかくのなつきの誕生日やさかい。そのくらいさせてほしいわぁ。まあ、わがまま言ってええんやったら、着けたとこ見せて欲しいんやけど……
「そ、それは」
「ふふ。冗談どす」
「おまえなぁ……

 やっぱりこいつは読めないし、何考えてるかさっぱりわからん。だけど……

「なつき?」
「静留……少し、こうしててもいいか?」
……なつきの好きなように」

 隣に座った静留の肩に頭を預けて目を閉じる。静留から香る甘い香りは、初めて会った時のことを思い出させた。
 一人で過ごすのには慣れたはずだった。だけどこうやって静留と過ごすのは悪くない。少し頬が緩んでしまっているのは、自覚しているが、今日くらいいいだろうって思える。だって今日は……私の誕生日なんだから。

 ありがとう、静留。私のそばにいてくれて。

     ◇◇◇

「なつき、誕生日おめでとうさん」
「ありがとう、静留」

 静留の言葉に、素直に返せるようになったのはいつからだったか。照れくさい気持ちをはにかみに変えると、静留の頬も緩む。

 自分を見つめて頬を赤く染めながら微笑む彼女のことを、綺麗だと思う。初めて会った時から静留は綺麗で……まあ、変な女だっていう印象も、未だに変わってはいないけれど。

「はい、これ。サイズは合ってると思うんやけど」
……はぁ。今年はどんなデザインなのやら」
 あんまり変なのは着ないぞ? なんて言えば、静留はいたずらっ子みたいに微笑んで、「変なの、て。なつき、どないなの考えてはるん?」

なんて返されるから、口喧嘩でこいつに勝てることは一生ないかもしれない、と思う。

 まるで恒例のように渡される柔らかな袋は、今年でいくつめになるだろう。誕生日以外の時にも渡されることもあるが、静留は毎年、私にこうやってプレゼントをくれる。それが嬉しいのは事実で、だけどこの日一番嬉しいのは静留と一緒にいれることだってことは……いつかちゃんと伝えられたらって思う。消耗品だから全て取っておけるわけではないが、包装されてる袋をこっそりととっているのは、きっとバレていないと思いたい。……静留のことだから、知らないふりをしているだけかもしれないけれど。

「静留」
「なんどす? なつき」
……その、えと」
「かいらしなぁ」
……っ! 不意打ちは、卑怯だぞ」

 ちゅっとリップ音が響いて、頬に柔らかな感覚を覚える。キスをされたのだと理解した時には静留は楽しそうな笑みを浮かべて私の反応を見つめていた。……仕返し、というわけではないが。

「静留」
「なつき?」

 名前を呼んで、視線を合わせる。肩に手を添えて、静留の顔を少し隠していた髪を一房払い、今度は私から唇を重ねる。

「好きだ、静留。一緒にいてくれて、ありがとう」
……なつき」
「照れてるのか?」
「もう、いけず」

 赤くなっている頬を手の甲でなぞれば、静留はふいと目を逸らす。……かわいい。愛おしさが込み上げてきてくすくすと笑っていれば、静留はぽかぽかと痛くないくらいに私の胸を叩いてくる。そのままそっと抱きしめれば、静留は大人しく私の腕の中におさまってくれた。

 誰も信じられないと思っていた。大切なんて、もう作れないと思っていた。だけど今は、静留といられるこの時間が幸せで。

「静留」
「なつき?」
「愛してる」
……うちもなつきのこと、愛してますえ」

 湧き上がる感情のまま言葉にすれば、静留も応えてくれる。ぎゅうっと抱きしめられる強さが愛おしくて、私は負けないようにと、最愛を抱きしめる腕に力を込めた。