ふみかぜ@壁打ち
2024-10-15 22:30:02
4676文字
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【30年後ドラロナ】準備運動三〇年のスロースターター【webオンリー展示再録】

「30年目のアンコール!!」ありがとうございました! こちらは展示小説の再録です。(内容はクロスフォリオと同一)
ロくんがドに「お前のこと好きだったんだよな」と口を滑らせたのをきっかけに、できてない30年後ドロがお食事デートに行く話。糖度は控え目ながら前向きハピエン。

「そういや言ってなかったんだけどよ」
「うん?」
 目の前の吸血鬼が事務所に棲み着いていよいよ三〇年が過ぎてしまった今、どうしてロナルドは言葉にしたのか。
 後から思い返してみれば、ダイニングのテーブルで向かい合わせに座っているドラルクを見て、つい気が緩んでしまったのだろう。いつからか伸ばし始めて腰に届くまでになった黒髪とか、現代に合わせたスーツ姿とか。手袋を外したことでより薄さが目立つ手でホットミルクの入ったマグカップを持ち、ロナルドがただデザートを食べているだけの様子を眺める視線の柔らかさとか。
 今更ロナルドが何を言おうと、目の前の吸血鬼が事務所を去ることはないのだろう。少なくともロナルドより先には。はっきりとそんな思いが言葉に浮かんだわけではないが、無自覚に安堵のようなものを感じ。
 それでつい、口が滑った。
「俺さ、お前のことが好きだったんだよな」
「え」
 瞬間、口元へカップを運んでいたドラルクの手の動きが不自然に止まる。テーブルの上で一緒に莓ババロアを食べていたジョンも「ヌッ」と短く鳴いて固まった。
 やっちまった、と後悔して冗談と誤魔化すか殴り殺して有耶無耶にするか迷っていると、
「過去形なの?」
「は?」
 首を傾げた男の返しに、この場を誤魔化す言葉を失ってしまった。
 ごくりと唾を飲み込んで、スプーンを置く。甘いミルクココアで喉を濡らして、緊張で強張った口を慎重に動かした。
「まさか、知ってたのかクソ砂」
「知ってるも何も。このハンサムでキュートな真祖にして無敵の吸血鬼ドラルクさんと一緒にいれば、君が好きになってしまうのは自明の理では?」
「クッソ自信満々でムカつく殺した。……いやちょっと待て」
 床の上で丸まっていたメモ用紙を拾い、ドラルクの額に投げ付けて塵にしたところで、ロナルドは少し冷静になる。三〇年前よりはこの手の話について察しがよくなった人間は、呆れを滲ませた声で続けた。
「ドラ公、てめぇ何か勘違いしてるだろ」
「勘違い?」
「だから……その、アレだ」
「何だ何だ、濁さずはっきり言いたまえよ」
 改めて口に出すのも野暮な気がするが、ドラルクはこちらの話に興味津々だし、ジョンも耳を立てて聞きたがっている。むず痒い気持ちになりながら、ロナルドは観念して言葉にした。
「お前が言ってんのは、コンビとしてとか、友達とか、もう一つの家族みたいなとか……いわゆる、親愛の『好き』だろ」
「ふむ……そうだな、概ね合っているとしよう。ロナルド君は違うと?」
「いやまぁ、俺もそういう意味で好きだけど。お前に対しては、恋、みてーな……そういう『好き』があったんだよ」
……へぇ」
 分かっているのかいないのか曖昧な声を返し、ぱちぱちと数度瞬きしたドラルクは、すっかり湯気が消えたホットミルクに再度口を付ける。五秒ぐらいそうしてから、こん、と音を立ててマグカップを置いた彼は、赤く塗られた爪が目立つ指を組ませて両腕をテーブルへ置く。その動作を何となく目で追っていたロナルドへ次にかけられた言葉は、予想もしないものだった。
「じゃあ、デートしようかロナルド君」
「は」
「私は明日でも構わんが、君は確か週明けに〆切の」
 勝手に話を進めようとする上に、忘れかけていたものを口にしたドラルクを使用済みメモ用紙投擲で再度殺す。
「思い出させんじゃねぇ殺すぞ!」
「殺してから言うなボケ! 私が言いたいのは、デートするには再来週がちょうどいいってことだ」
「でっ……だから、何で急にそんな話になってんだよ!」
「だって、私のことが好きなのだろう?」
 楽しげな笑みを浮かべて傲慢にそう言ってのける吸血鬼に、ぐっと歯がみした退治人は負け惜しみのようにもう一度言葉を絞り出した。
「好き『だった』って、言ってんだろうが」
「なら、デートしたくない? これっぽっちも?」
……そういうてめぇは、したいのかよ」
 顔がじんわりと熱くなるのを感じながらロナルドが尋ねれば、ドラルクは声を上げて笑った。
「デートしたくなかったら、私がわざわざ誘うわけないじゃないか!」

 ――何で断らなかったのだろう。
「やぁ、お待たせロナルド君」
……おう」
 あれから結局、ドラルクのペースに乗せられたまま日取りが決まり、気づけばデート当日を迎えてしまっている。釈然としないまま夕方のパトロールを終えたロナルドは駅前の広場へ向かい、日が沈みきった十九時にドラルクと合流した。
「では行こうか。折角だし、手でも繋ぐ?」
……やらねーよ、いい年したおっさん同士で」
「全く、変なところで頭が固い若造だ。気が変わったらいつでも構わんからな?」
「へいへい」
 どちらからともなく歩き出し、目的地へ向かう。今回の予定はシンプルで、ドラルクが予約したレストランで食事をするだけ。町内会行事でジョンが不在なことを除けば、心配する要素は何もない。
 ないはず、だけど。使い込んだ退治人衣装の状態を何となく気にしてしまうのは、ただ外食するだけの行為にデートという大袈裟な名前がついてしまったからだろう。隣を歩くドラルクがパッと見ラフな恰好に見えて、ジャケットを羽織り整えればフォーマルな場にも馴染むスーツを着こなしているから余計に。
「今更だけど、いつもの服で良かったのか? 俺も何かこう、バシッとしたスーツに着替えた方が」
「ドレスコードが厳密に決まっているわけでもないし、店主もラフな恰好でいいと言っていたから大丈夫さ。それに君の言うスーツといったら、ミラーボールをまんま貼りつけたようなアレだろう。あんなもの着られたら目に痛くて死ぬわ」
「ああいう派手なのがカッコいいのに」
「感性が進歩しない五歳児め」
「五十路のおっさんをそういうのはテメーぐらいだ千代に八千代にクソガリおじさん」
 いつもの調子で何てことない会話をしながら、大通りを曲がって細道へ入っていく。行き先はつい半年ぐらい前にオープンした洋風レストランで、人間向けと吸血鬼向けのメニューの両方出していることが特徴の店だ。隠れ家的な雰囲気が口コミで評判を呼び、種族の垣根を越えた一時の憩いの場となっているらしい。ロナルドも噂を度々耳にしていたが、行くのは今回が初めて。どんなものが食べられるのか楽しみだ。
 ……うん、デートとかいう言葉に落ち着かなくなっているものの、それ以上に今夜を楽しみにしている自分がいる。過去の自分がとうとう踏み出せなかったことを、懐かしむことができるようになった今やってみるというのは悪くない。そう前向きになるくらいには、ちゃんと歳を重ねられたのだと思えば感慨深いものだ。
「ロナルド君」
「ん」
 目的の建物まで後少しといったところで、隣を歩くドラルクに名前を呼ばれる。やけに神妙な響きを帯びた音に振り向けば、月明かりの下で笑みと真顔の合間みたいな表情をした吸血鬼が、やんわりと目を細めてロナルドを見ていた。
「何だよ」
……いや」
 緩く首を横に振ったドラルクは肩を竦め、一転して調子づいた声音で続ける。
「君が泣いて転がって赤ん坊に返らないよう、セロリはちゃあんと抜いて貰ったから安心したまえ!」
「お気遣いありがとうよ!」
 反射的にクソ砂の脳天へチョップを喰らわせて殺した。わざわざ言わなければもっと有り難がれただろうよ。

 結果から言うと、食事はとても良かった。
「肉うっっまっ」
「良かったじゃないか」
 牛フィレ肉のステーキを口に入れ、その旨みに思わず声が上擦った。今食べている肉だけじゃなく、前菜やスープ、パンに魚料理も凄く美味しい。フォークとナイフを動かす手が止まらない。
 ドラルクの方はというと、皿に控え目な量を盛られた赤黒いソーセージの切り身を少しずつ食していた。入店してからグラスの冷たさに驚いて塵になって以来、何と一度も死んでいない。それだけ無理なく美味しく食事を楽しめているということだろう。
「ふーむ、このブラッドソーセージも雑味がなくて素晴らしいな。血の味をしっかりと感じられる」
「へー。吸血鬼向けに味つけも変えてるのかな」
「恐らくは。……うん、ワインとの相性もバッチリ。評判通り、大当たりの店だね」
「次はジョンも一緒に来れたら良いよな」
「うむ」
 最後に出されたデザートのパンナコッタも美味しくいただきました。食後のコーヒーに程々の砂糖とミルクを入れて飲み、ほっと一息。
「ロナルド君って、これから何かしたいことある?」
「え」
 コーヒーカップとワイングラス以外の食器を片づけて貰ったところで、ドラルクから唐突に問われたロナルドがぱちりと瞬きする。
「これからって、今からか?」
「明日でも明後日でもその後でも。最近は君の後輩たちも立派に独り立ちして、パトロールの当番も減ってきているだろう? バーベキューなりキャンプなり旅行なり、時間をたっぷり使う余暇を過ごすのも悪くないのではないかな。勿論、家でゆっくりゲームや映画鑑賞としゃれ込むのも素敵だがね」
 空になったグラスをくるくると回しながら、淀みない口調で言う吸血鬼の表情をじっと眺める。少し回りくどくこちらの言葉を引き出そうとしている様子を何となく感じて、もしや、とロナルドは浮かんだ疑問を躊躇いながらも言葉にした。
「もしかしてだけど、お前」
「何かな」
「次の……デートに、誘おうとしたり、してる?」
――、」
 少しだけ緊張感のある沈黙。真向かいに座っている吸血鬼は弄んでいたグラスをテーブルに置くと、ぎこちなく頷いた。
「マジかよ」
「マジだぞ畏怖いか?」
「畏怖くはねーけど。……俺、好き『だった』って言ったじゃん」
 今は楽しいけれど。終わった感情を面白半分でしつこく揺さぶられるのは、きっと困る。
「嫌なら断っても構わんよ? デートはお互いが満足してこそだ、君が楽しめなくては意味がない」
「んなこと言って、断らせる気なんてない癖に」
「君が自ら乗ってくるように作戦を練るだけさ」
……本気じゃん」
「本気だと言っただろう。私はね、ロナルド君」
 言いながら身を乗り出したドラルクの、長く伸びた黒髪が揺れる。いつになく真摯な顔でロナルドを見据える吸血鬼の、赤い眼を見返してしまえばそこから視線が外せなくなる。
「君が過去形にしたもの含めて、言葉にできる、できない全ての『好き』があるよ」
……すべてって、全部ってことか?」
「そう、全部」
 友達とか、もう一つの家族みたいな親愛も、胸を焦がすような恋も、言葉にできない、しない形のものも。この男はロナルドに対してあらゆる意味合いの好意を持っていると言ってのけるのか。
「ズルじゃん、今更」
「吸血鬼はズルいものさ。……白状すると、私がロナルド君を好きな事実だけがあれば十分だと考えていた。君が私への好意を棄てたと知って、こんなに焦るとは思わなかったよ」
「バカだな」
 自己完結して一人満足しやがってたこいつも、一人怖じ気づいて諦めようとしていた自分も、バカでアホで滑稽だ。今夜送り出してくれたジョンたちにも、たくさん心配させてしまったのだろう。
 終わってしまったものを蘇らせることは、多分難しい。
「なぁ、ドラ公」
……うむ」
 緊張の面持ちで頷くドラルクに小さく笑う。同じ相手に新たな恋を始めるってのは、ありかもしれない。
「帰りは手、繋いで帰ってみるか」