千代里
2024-10-15 12:58:35
8049文字
Public リーブラ14話
 

リーブラの針は問う・14話・その1


 白。一面の白。それが、今のノエの視界を九割埋めている色だった。
 吐息すら凍りそうなほどの低温と、目が潰れそうなほどの白の中、動くものがある。
 それは魔物だった。この地域に散発的に出現する魔物の中でも、とびきり凶悪だと言われている個体である。
 寒冷化にも耐え、それどころか氷属性のエーテルを吸収してより活発になったという巨人にも似たそれ――その名を、イエティという。
(見つけた)
 毛むくじゃらの二頭身の体は、遠目に見れば可愛らしいとも言える。しかし、その体長がヒトの三倍は優に上回るとなれば、愛でようという気持ちにはなりようがない。
 感覚が鈍くなってきた指に、意識を込める。寒さに打ち勝てと己を鼓舞して、ノエは剣を殊更に強く握りしめた。
 群れから逸れた巨大なイエティが、近隣を通る旅人や商人を無差別に襲っている。新参者のイエティに縄張りを荒らされた魔物たちは、餌を求めて人々への襲撃に拍車をかけたいる。
 騎兵の巡回は間に合っておらず、犠牲者の数は増す一方。どうか冒険者よ、討伐を手伝ってほしい。
 そんな風に頼まれてしまっては、ノエが否と言うわけがなかった。
 ノエがイエティを見つけたのと同時に、イエティも動きを止める。雪原の中にポツリと滲む異色な人間を、魔物は見逃さなかったのだ。
 吹き荒ぶ雪のせいで朽葉色の髪にうっすらと白を乗せた剣士へ、イエティの巨大な体が迫る。
 ――オオォォォ!
 鳴くように吹き荒ぶ雪風に酷似した雄叫び。同時に、巨大な丸太ほどもある腕が振り下ろされる。
 避ければ後退のために体勢を崩され、避けなければ潰れて地面のシミになる。
 そう思っていたイエティは、
「グオオ――……?」
 疑問と思しき音を口にしたのは、イエティの拳が地面へとぶつかる感覚がなかったからだ。代わりにその魔物の腕に伝わったのは、硬い鉄板を思い切り殴ったかのような、地面を殴る時とは全く異なる感触。
……力くらべは、もう終わりですか」
 そして気がつく。イエティの拳を、この剣士は盾一枚で受け止めていると。
 混乱を鳴き声で表す前に、イエティの拳が上へと弾かれる。間をおかず、ガラ空きになったイエティの胴体に銀尖が走った。
 白い毛皮を引き裂くのは、剣士が振るった剣により描かれた一本の軌跡。後を追ったドス黒い赤は、この白の世界ではあまりに鮮やかすぎる。
 イエティの絶叫が、かの魔物を切り裂いたノエの耳を打つ。それは、悲鳴というよりは怒りの咆哮であった。
 今までは弱く逃げ惑う生き物ばかりを潰してきた魔物にとって、ノエの反撃は予想外だった。彼は、自分を傷つける存在への恐怖を覚える前に、傲慢から成り立っていた矜持を傷つけられて、苛立ちから何度も足踏みをした。
 太い足が雪を蹴散らすたびに、重たい振動が地面を伝う。だというのに、剣士は姿勢を崩すことなく、そこに屹立したむまだ。
 姿勢をなんとか戻したイエティは、大きく息を吸う。続けて、腹の中に溜めていた力を、これまた巨大な口から一息に吐き出した。
 周りを吹き荒ぶ雪風と同等か、それ以上の低温の強風がノエへと降り注ぎ、
「オォォ――……?」
「この程度の魔法の体裁すら取れない攻撃なら、今の僕なら十分に耐えられるようになったみたいですね」
 声は、イエティの懐から聞こえた。
 薄く光る盾を周囲に展開され、イエティが吐き出した氷のブレスを受け止め、弾いている。その力の前では、イエティが吹きつけた冷気如きでは足止めにもならなかったらしい。
 慌てて身をひこうとしても、すでに雌雄は決した。今度は横ではなく縦に突き入れられた剣は、魔力を纏い、イエティの毛皮を突き破ってその肉体に突き刺さる。
――は)
 剣越しに指先へと伝わる肉の感触を、ノエは理性でもって打ち消す。
 吹き出した血の赤の禍々しさを、ノエは思考でもって意識から取り除く。
 魔力を帯びた一突き如きでは、確実に仕留めきるには至るまい。剣を抜くと同時に、ノエはその持ち手を逆手に持ち直す。
(は、は)
 隙は大きい攻撃だ。だが、イエティがたじろいでる今ならできる。
 魔力を剣に帯びさせ、勢いよく振り上げる。縦に通り過ぎていく魔力を纏った一撃は、剣の射程以上にその軌跡を伸ばしていく。
 刀身の長さよりさらに伸びた一撃は、イエティの全身に一本の赤い筋をつける。腹を突き抜け、その頭のてっぺんまでを縦断する、赤の軌跡。
 断ち切った傷から遅れて噴き出た血を一瞥もせずに、ノエは油断を捨てて、すぐさま身の内に巡る魔力に働きかける。
(は、は、は――ー)
 敵は大きい。小規模な魔法なら、仕留め損なうかもしれない。
 故に準備は入念に。かといって、あまり悠長にもしていられない。
 イエティがようやくぐらつく体を踏ん張り直したその瞬間。わずかな間隙に喰らいつくようにして、ノエは発動直前まで高めた魔力の引き金を――
(は――――
 引く。
 手を軽く横に振るうだけの、自分への合図。同時に、宙に生み出された魔力で練り上げられた剣が、一本、二本、三本、四本。
 地上から湧き出た五本目の刃と共に、剣がイエティへと突き立ち、魔法の刃で魔物を八つ裂きになっていく。
 派手に血を吹き出して、どうと倒れるイエティ。反撃の隙すら許さない怒涛の攻撃に、流石に強靭な肉体を持つイエティといえども耐えきれなかったようだ。
――――はっ」
 肩で息をする。残心を解かずに、イエティが起き上がってくる可能性を考えて、剣を構えたまま呼吸を整えようと意識する。
 けれども、ノエの意思に反して息は乱れたままだった。戦闘の途中から乱れ始めた呼吸は、戦闘の際は意識の外に追いやれたが、平時の状態になると違和感として際立つ。どれだけ外気を吸っても、気管が詰められたように苦しいと感じる。
(だけど、死ぬわけじゃない)
 自分の不調をにべもなく切り捨てて、ノエは代わりに周囲へと視線をやる。
 耳につくのは、自分の荒々しい呼吸の音のみ。真っ白の世界にあるのは、イエティの赤すぎる血と、その亡骸だけだった。
 周囲を見渡しても、建物の影すら十分に見当たらない。それも、細かく散りばめられた雪片を巻き上げる風が視界を妨げてしまうからだ。
「どっちから、来たんだっけ……
 ぐるりと見渡しながら、ノエはここに辿り着くまでの道のりを思い返す。
 父の治める街を旅立ってから、早いもので既に二十日が過ぎていた。街を旅立ったノエたちは、当初の予定の一つであるオデットの記憶の手がかりを求めて、各地の占星台を訪れていた。オデットの朧げなら思い出した記憶の中に、占星台で過ごした日々のものがあったからだ。
 手がかりはそれだけではない。オデットの記憶に繋がると目されている、ミラベルという名の司祭のこともノエは忘れていなかった。
 彼はノエたちが長らく滞在していた街にも滞在していたが、その次はニヴェール領に向かうという話だった。そのため一行は、件の領地に向けて進路をとりつつ、途中にある占星台や砦でも情報を集めていくという方針を打ち立てたのだった。
 残念ながら、今のところ成果は芳しくなかったが、踏破した距離だけを見ればなかなかの成果はあげられている。
 既に、ノエたちはノエの父が治めるラペイレット領から、隣接しているニヴェール家が治めている領地へと足を踏み入れていた。
 領地の境を渡る際には、ノエが持っていたラペイレットの紋章が刻まれた指輪が役立ってくれた。おかげで、多少の検問こそあったものの、ノエたちは表向きはラペイレット領からの客人という名目で他領に渡ることができた。
 閑話休題。
 そうして無事に他領まで渡ったノエたちを待ち受けていたのが、この強烈な雪嵐だった。ラペイレット領の比較的穏やかな天気に慣れていた一行を阻んだのは、魔物でもなければ、竜でもない。イシュガルド全土を襲っている、寒冷化がもたらした悪天候だった。
 雪嵐がある程度落ち着くまでは、暫く屋根のある場所で休息を取ろう。ヤルマルとルーシャンにそう提案され、雪原に不慣れな一行はニ、ヴェール領の辺境にある占星台に数日間滞在することにしたのだった。そして、そのついでに、ノエは周辺を荒らしている魔物の退治を火くけたのだった。
「風が落ち着くまで、動かない方がいいだろうか」
 は、と漏れた息が白く煙るより先に、逆巻く雪風の中に溶けていく。
 幸い、ノエの身につけている鎧は寒冷地で動き回れるようにと、寒さには強くできている。見た目は金属鎧であるというのに、この低音下において直に触れても凍傷にもならないのは、特殊な加工を経て作られた鎧であるからだろう。
 足回りはサーコートのような厚手の布で覆われているが、こちらも特殊な加工のおかげか、足の自由を奪うような重たさはない。手足の部分は甲冑に似た作りをしているが、胴体は板金鎧というわけでもなく、可動性は損なわずに柔軟に動くことができる。
 鎧の送り主が父親であるという部分には目を瞑りたいところではあるが、さすが領主として長年寒冷地で活動する騎兵を見てきただけはあると思える、納得の見立てだった。
 イエティがぴくりとも動かず、完全に雪の中に埋もれていくのを確認してから、ノエは体に走らせていた緊張を少しずつ抜いていく。
「は、は――
 それでも、息苦しさは消えてくれない。だから、いつもより早く、何度も何度も浅い呼吸を繰り返す。ここ最近は、このような状態になりがちだ。だから、特段気にすることもなしと、呼吸を続けて、続けて――
「若人、こんな所にいたのか」
 背後から聞こえた声に、一瞬息が止まった。
 振り返ると、ノエと同じように周辺の魔物を狩りに出かけていたルーシャンが立っていた。暖をとるためか、それとも灯りのためか、彼の手には炎が湧き上がっており、ぼんやりと二人分の影を雪原に焼き付けていく。
「ルーシャン、さん」
「ひでえ雪だな。じっとしていると、どっちから来たのか分からなくなっちまいそうだ」
「ルーシャンさんは、帰る方角がわかるんですか」
「わかるも何も、占星台の連中が灯りをつけているだろ。ほら」
 ルーシャンの示すように、少し離れた場所に灯台よろしくポツリと光る灯りが見える。昼日中なので、存在感は夜に比べると薄いが、一面の白の世界においては十分すぎるほどに役にたつ。
 そういえば、帰る際は目印にしてくれと言われていた気もする。知らず知らずの間に、記憶から落としていたらしい。
「で、そっちにいるのが件のイエティか。とんでもない巨体だな」
「はい。ですが、既に……倒し、ました」
 喋っていても、ノエの息苦しさはおさまらない。会話のせいで乱れる呼吸は、容赦なくノエの中から生存に必要な空気を奪っている。実際に窒息しているわけでもないのに、そんな錯覚を覚える。
「異常に成長したせいで、群れから弾き出された個体ってところか。それとも、成長してお山の大将になったせいで、群れに置いて行かれたのかもしれないな。どのみち、ここで仕留められたのは僥倖だ」
「ええ。この辺り、は……騎兵の数が、たりて、いないようです、から」
「ニヴェール領は、領主の経済力に対して領地自体をでかくしすぎたんだよ。併合するのはいいが、統治能力も資産もまるで足りちゃいない。だから、こうやって爪の甘いところができる」
「その点、は……あの人は、うまくやっていた、のでしょうね」
 ノエの父が治める領地は、決して広大とは言えなかったし、皇都に近いとも言い難い。
 それでも、ベルナールの管理の手は領地の隅々まで行き届いていた。領地の半分以上を巡ることになったからこそ、ノエは自分の父親の治世における手腕の高さを認めざるを得なかった。
「ああ、まったくな。手放しでほめるわけにはいかない部分もある御仁だったようだが、少なくとも政治的手腕についてだけは確かなようだ」
 ルーシャンはそこで話を一区切りし、無精髭を手で擦る。中途半端に凍りついたそこには、白い霜がこびりついており、ぱりぱりと音を立てて透明な破片が落ちていく。
 ノエも顔に吹き付ける雪を乱暴に拭い去る。立ち話を切り上げてそろそろ動こうかと思いかけ、
「ところで、お前。いつも、戦闘の後はそんな状態なのか」
……そんな、状態?」
 一瞬、どきりとした。だが、すぐに気持ちを切り替える。この息苦しさは、低温の環境で大立ち回りをしたせいだ。直に落ち着く。実際、いつもなら。
「息がしづらいって感じてるんじゃないか」
――――
「胸の辺りがぐっと詰まって、呼吸がしづらい。どれだけ息を吸っても、喉の辺りの空気を通す管が詰まったような感じがして、息苦しさが消えてくれない」
…………この気温にこの天気ですから。戦闘時の影響が、いつもより大きく出ているだけです」
 ノエが自分なりの推論を口にした矢先、ルーシャンは大きく肩を落とした。その所作は、どうしようもないやつだ、と呆れているような素振りに見えた。
 ルーシャンはノエに歩み寄ると、ぱんぱんと背中を叩く。鎧ごしに、わずかな衝撃がノエの体を走る。同時に、微かに感じていた体の冷えがじわりと消えていく。
「ルーシャン、さん?」
「軽く魔法で温めただけだ。まずは体温を戻さないとな。それと、俺に合わせて呼吸をしろ。深呼吸の要領でだ」
「ですが、もう戻らなければ」
「いいから。息が整う前に戻ったら、お嬢ちゃんたちが心配するぞ」
 ノエの脳裏に、自分を気遣うように見つめる少女の顔がよぎる。それを思い出しているうちに、言われるがままにルーシャンの呼吸の音に耳を傾けていた。
 彼の息に合わせて、少しずつ息を整えていく。呼吸をせねばと急く体を宥めて、自分の中で乱れていたリズムを均していく。
 深く吸い、深く吐く。平常な状態のルーシャンに合わせていれば、自分も正常になっていくはずだ。その想定に違わず、ノエの中の息苦しさはゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
……ありがとうございます。今のも、魔法ですか」
「あれは、ただの過呼吸に対する初歩的な対処法だ。なあ、ノエ。前々から聞くべきかどうか悩んでいたが――
 そこで一息挟んでから、ルーシャンはノエの双眸を射抜くかのように視線に力を込める。
「お前、相当参ってるだろ」
……肉体の不調は感じていませんが」
「そうじゃない話をしているってことを、いちいち言わなきゃならないか?」
 遠回しの指摘を受けずとも、ルーシャンが何を言いたいかはノエには分かっていた。
 それを誤魔化し続けていたら、いずれルーシャンは自分に愛想をつかすだろう。
 この男は、ノエの心情を無視することは受け入れてくれても、それが体調にまで影響を及ばした場合は改善を求める。ノエがどれだけ強がりを言い、誤魔化したところで、彼が一緒に騙されてくれるのは最初だけだ。
 そして、その『最初』はもう過ぎてしまったようだ。
……参っている、のかもしれません。ですが、そう言って何か変わるのですが。僕には、やらなければならないことがあります。今、どうしようもないことに嘆いている暇はないんです」
「そうだな。お前の言っていることは一から十まで正しい。物語の主人公ならば、満点を与えてやるところだ」
 皮肉混じりの言葉が飛ぶ。話しながら、ルーシャンは腰の細剣に手をかける。
「だが、お前はヒーローじゃない。世界を救うための英雄でもない。その意味では、今のお前の回答はゼロ点だ」
 胸の端が、ちくちくと嫌な痛みをもたらす。悲しみとは異なる、パチリと爆ぜた火花に触れたような、鋭い痛みが。
「たとえ、やむを得ない理由があったとしても、だ。自分が手にかけてしまった子供のためにお前が嘆く時間を必要としても、誰も咎めやしない。それくらい、分かってるだろ」
――グレンさんを殺したと僕が悲嘆に暮れたとして。……それで。何がどうなるというのですか」
 それこそ偽善だ。ノエは口の端に引き攣れた笑みを浮かべる――笑みを、浮かべられてしまった。
「僕は、オデットとコーディを守るために、助けられるかもわからない竜に変じた少年を手にかけることを選んだ。僕は、それが間違っているとは思っていません」
 以前も、似たようなことはオデットたちに向けて話した。
 落ち込んだ様子のノエを気遣う彼らに、自分は間違ったことをしたと思っているわけではないのだ、と告げた。
「偶然、僕はその少年のことをよく知っていた。少なくとも、他の人よりは。ただそれだけです」
 そうだ。竜に変じた異端者という意味なら、自分はすでに他にも手にかけた人がいる。名も知らない男だ。彼がどこの誰かすら、結局ノエは知らない。
 彼のときは感じなかった痛みが生まれた原因。それは、自分が手にかけた人物を知っているか知っていないか、という違いだけだ。そのささやかな差を大事のように扱うのは、あまりにどちらの命に対しても不誠実だ。
 だから、嘆かないことをノエは選んだ。
「それが、お前が用意した理論武装ってことか」
……用意も何も、これが事実です。だから、僕が嘆く理由なんてない」
「事実はそうかもしれないな。だが、綺麗な理屈で固めたお前のもっと奥深くにいる、聞き分けないのないお前自身は何と言っている」
 ひく、とノエの喉の奥がひきつれる。また呼吸が少しずつ浅くなる。
……僕には、ルーシャンさんが何を言いたいのかわかりません」
「そうかよ。……それなら、無理やりでも引き摺り出してやった方が早そうだな」
 言うと、ルーシャンは腰に下げていたレイピアを抜き放ち、ノエへと突きつけた。練習用の木刀ではない。刃のついた、人を殺すための武器を。
「ルーシャン、さん?」
 刹那、レイピアがノエの鼻先に迫る。咄嗟に剣を抜き、彼の刺突を弾かなければ、ノエの鼻には今頃三つ目の穴をあけていただろう。
「何をするんですか、突然!」
「手合わせだよ。お前が随分と、溜まってそうだから、な!」
 再びの刺突に対しては、多少の余裕を持って弾き返すことができた。
 盾を構える余裕はない。ルーシャンの攻撃は面ではなく点だ。盾で防げば、視界が遮られてしまう。そこにできた隙を縫って、返り討ちになるのが目に見えている。
「剣を打ち合えば心の声が聞こえる……なんて、洒落たことは言うほど、夢を見てるわけじゃないが、な!」
 再び刺突がくると構えていたノエは、魔力を伴ったルーシャンの剣に目を丸くする。それは、点ではなく面の攻撃だったからだ。
「少しばかり無心で体を動かした方が、お前も色々発散しやすいだろ!!」
「何を言いたいのか、よくわかりませんが……!」
「だったら分からないまま付き合ってくれ。そうすりゃ、そのうち見えてくるってものさ!」
――!!」
 再び突き出された一撃は、予備動作がほぼ見えなかった。その速さは、知っていたはずなのにノエの予想を遥かに上回っていた。はらりと一筋、朽葉色が落ちる。避け損なって切れたノエの髪だ。
 自分に向けられた迷いのない攻撃に、ノエは一歩下がる。は、と浅い息がノエの調子を乱していく。だが、ことここに至ってもなお防戦だけに回れるほど、ノエも大人しくはない。
……怪我をしても、知りませんよ」
「魔物の討伐に行ったと話してるんだ。多少のやんちゃの言い訳はできるさ」
 とん、とレイピアを肩に当て、ルーシャンは目をすがめる。
……まったく世話の焼ける若人だ」
 一言呟いてから、雪を蹴り立てて、彼はノエへと迫る。本人も気づいてないのだろう、声なき叫びをあげている青銀の双眸を睨みながら。