コット
2024-10-15 11:11:41
3404文字
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桃源郷之娘

老齢ソル×アゼムの魂を持つ少女
光の戦士になる前に、ソル帝(=エメトセルク)に出会ってしまったif

それは桃源郷の夢の如く幸せな、幸せな時空



「ここは」
「たまにいらっしゃるの。貴方みたいに迷い込んでくる方が。……御自身の名前は言えて? 白銀のきみ

 なんと名乗るべきか。
 そう思い至ってやっと、今の自分の姿に気づく。
 黒いローブに、白い髪。
 
「私は、……エメトセルクだ」
「よかった。名を覚えているのなら、まだ帰れます」

 少女はほっと息をつき、安堵に微笑む。

 何を言っている。
 私が帰る場所は、いつだってお前の。
 ……その太陽の魂の、側だろう。

 戸惑いに眉を顰めると、少女は困ったように笑った。

「ああ、ふいに魂抜けされてしまったのね」
 少女はゆっくりと此方に歩み寄り、背伸びをして男の胸あたりをトンと突いた。
 力が入っていたわけではないのに、何かに引き寄せられるように後ろにたたらを踏む。

「さぁ、早くお帰りになって。……あなたの身体が、生きているうちに」

 ザァ……ッと強い風が吹き抜ける。
 視界烟る花びらと共に。

 ⌘

 ヒュッ……と、強く息を吸う。
 しばらく自発呼吸を忘れていたらしい身体に酸素が行き渡る。

 視界に映るのは豪奢な天蓋。周囲はがやがやと騒がしい。
 すぐに、この舞台と自分に課した役を思いだす。
 あぁ……、面倒な。

「陛下! 陛下がお気を取り戻しました!」
「申し訳ございません! 御身を守れず」
……良い。こうして生きておる。蘇生、大義であった」

 ゆっくりと身を起こし、周囲を見渡す。主治医に数人の近衛兵。
 戦勝パレードの最中に、レジスタンスに襲われたのだったか。
 まぁあそこで逝っても、程よい良い結末だったかもしれない。皇帝の急逝。責任の擦り合いに、過度の粛清。
 筋書きとしては上出来だ。
 クッと喉を鳴らし、漏れた笑みを隠そうと腕を持ち上げて、ふと、自分がなにかを握りしめていることに気づく。

 ゆっくりと掌を広げると、淡い花びらが数枚。
 渇望がみせた夢。……ではないのか。
 あの魂が、何処かに転生しているということか。
 ならば。

「まだ、死ねぬな……




……またいらしたの? 銀の御髪の方」
 以前より成長した少女が、困った顔で首を傾げた。
 花盛りだった桃の木は青々と葉を繁らせ、今は無数の固い実をつけている。少女が抱える蔓籠には摘果した青い実がこんもりと乗っていた。
「お前の名を聞いていなかった」
 言外にお前の所為だと嘯けば、聡明な少女はころころと笑った。
「悪いヒト。そういうことを仰る方には名乗れません」
「では少々話でも」
 胸に手をあて丁寧に腰を折ってみせると、少女は諦めたように微笑んだ。
 切り株に腰掛けた少女が語る。
 此処は絶海の孤島であること。地図に無い島だということ。彼女の一族だけが住っていること。時折、商船が寄港するのだということ。
 ──風が強く吹き始める。
 少女は籠からひとつ、実を取り出して男の手に乗せた。
「ご存知かと思いますが、熟していない桃には毒があります。どうか、お気をつけて」
 
 ⌘

 口に含んだ瞬間、毒を盛られたのだとすぐに気づいた。
 だが、それを指摘するのも億劫で、素知らぬふりで飲み下した。結果、血反吐を吐いてのたうち回ることになったが。
 ──やめてくれ。もういいだろう。
 老いた身体が悲鳴をあげる。
……いいや、まだだ」
 ソルは口元の血を拭い、青い実を握りしめる。
 あれを手に入れるまでは。
 
 ⌘
 
 たわわに実る果実の下、少女は困り果ててため息をついた。……いや、もう少女と呼んでは失礼だろうか。
 四肢は健康的にすらりと伸び、緑なす黒髪は艶を増している。以前と変わらぬ東方由来のシルクの装いはその曲線を際立たせ、深いスリットの入ったスカートからわずかに覗く素肌がとても官能的だ。
 儚い仙女のようだった少女は、すっかり美しい大人の女性に成長していた。
「お前に会いに来た」
「そう何度も死に目に遭うような方に想われても困ります」
 幼い頃からの聡明さはそのままに、きっぱりと言い切る。
「此処が夢の中ではないこと、とうにお気づきでしょう」
 彼女はもう一度、深くため息をついた。
「この島は、何らかの理由で一時的に身体を離れた魂が辿り着きやすい地脈の上にあるんです」
「そうだろうな」
「おわかりなら、何度も此処にいらしてはいけません。お身体に障ります」
 珍しく怒った口調の彼女に、男はクッと喉の奥を鳴らした。
「それはつまりお前が」
 男は腕を伸ばし、そっと彼女の頬に触れる。
「此処に実在するということだ」
……そう、ですが」
「ならば私は、お前を手に入れることができる」
 彼女は驚いたように目をぱちくりと見開き、それから少し悲しそうに笑った。ゆっくりと首を横に振る。
「それは無理です。白銀の王」
「何故だ」
 彼女は出会ったばかりの頃のように淡く微笑み、すっと身体ごと男から離れた。
「不思議には思いませんでしたか」
 自分の姿を掲げるように、両手を広げてみせる。
「野良仕事をする姿ではないでしょう。こんな辺境の島なのに、丁寧に櫛削られ装われ、ただただ美しく育てられる。……それがどういう意味かおわかりになりますか?」
 彼女はすっかり熟した桃のひとつを捥ぎとった。甘く香るそれは柔く美味そうだ。
「私はこの桃と同じ。大事に育てられて出荷を待つ果実。しかも、ただの果実ではありません。この身は幼い頃より果物だけを食むことで作られた、甘い体液をもつ不老の妙薬」
 手にした桃を齧り、滴る果汁を赤い舌でぺろりと舐めとる。それからとろりと甘く微笑んだ。
……貴方がどこかの王でもない限り、私を手に入れることは叶わない」
 突如巻き起こった風に、男は腕で顔を覆う。

 ⌘

 年老いたソル帝は、寝室で静かに目を開いた。
 ああ。老衰で逝くとは、こんなにも美しい夢を見るのか。
 ソルはゆっくりと腕を持ち上げ、自分の手を見つめる。皺だらけの掌にはなにも掴んではいない。
 ただ、甘い桃の香りだけを纏っていた。
 
 ⌘

 時は帝国暦47年。独裁者が晩年、権力と生に執着し始めるのは世の常なのだろうか。齢七十有余にもなるガレマール帝国のソル・ゾス・ガルヴァスも例外ではなかった。
 後継を決めずいつまでも前線で指揮をとる。三大州統合を推し進め、逆らう者は勿論、苦言を呈する身近な者たちを粛清する。挙句に『不老長寿の妙薬』などという怪しげな代物までもを探しはじめた。人々は眉を顰める。だが、今や表立ってそれを指摘する者はいない。
 そして、ついに。
 小国をひとつ、その国民ごと買えるほどの財を費やし、その『妙薬』を見つけ出した。
 それを手に入れた貴族は2階級特進という異例の褒美を約束された。そして、それをソル帝へ直々に献上する名誉を与えられたのだ。
 意気揚々と登壇した男はドマ人だ。下賤な笑みを浮かべて一礼する。屈強な奴隷の男に鎖引かれて現れた彼女は、それは美しく装われていた。
 薄く透ける布が申し訳程度にその肢体を隠し、あらゆる宝石を繊細な意匠の金で加工したアクセサリーを素肌に直接身につけている。
 この小娘ひとりにどれほどの国費が流れたことか。その裏でどれほどの人生が狂い、どれほどの血が流れたか。
 憤怒、怨嗟、羨望。
 あらゆる負の感情渦巻く玉座の間で、その女はしっかりと背筋を伸ばしソル帝を見つめる。そして、まるで世俗を知らぬ清き仙女のように、ふわりと微笑んだ
 しん、と静まりかえる玉座の間に透きとおった声が響く。
「ようやくお会いできました、白銀の王」
 その場にいたほとんどの者は、それをソル帝の豊かな白髪と髭を言祝ぐものだと理解した。
 ソル帝は笑みを深くする。そしてあろうことか玉座から腰を上げ自ら女の側まで歩み寄った。マントを外し、手ずから女の肩にかける。
……ああ。お前は、私の物だ」
 仙女はその皺だらけに手に頬を寄せ、幸せそうに笑った。

 妙薬の力か、ソル帝はさらに十数年もの歳月を生きた。それがその後の歴史に及ぼした影響は大きい。だが、晩年のソルは穏やかであったという。
 
 その魂を持つ『光の戦士が現れなかった』この世界がその後どうなったのか。

──それを語る者はいない。