北国の雪景を写した写真や映像で、真っ白な雪原にこんもりとした雪のかたまりがあちこちに点在している光景を見たことがある。あれはなんなのかと不思議に思い調べたところ、低木や茂みや大きな岩などが降り積もった雪で覆われた結果、どこかかわいらしい丸みを帯びたオブジェのような形状になるらしいことが分かった。
この光景を獅子神は同シーズンの自宅にて見かけることがある。ただし、それは庭などではなく寝室内にてだ。
今朝もまた、寝室のドアを開ければキングサイズのベッドで、真っ白なシーツの上に饅頭のような丸い大きな塊が載っていた。中身は木でも草でも岩でもなく、体長一九〇センチになるヒト科ヒト属ヒトのオスだ。その長い身体と四肢は丸められ羽毛布団が包み込んでいる。
「おい、かのぉー?」
ぴったりと閉ざされた布団の端をそっと捲って声をかけてみる。が、捲った箇所が悪かったのか、顔のすぐ近くだったようで、すぐにピッチリと閉ざされる。どうやら眩しかったようだ。獅子神は仕方なくその丸い塊をポンポンと叩く。布団の上からなので、それが叶のどこに当たるのかは分からない。
「そろそろ起きてもいい時間じゃねーか?」
声をかけて数秒待つと布団の隙間から右手だけが出てくる。タシタシとシーツを叩きながら、どうやら獅子神との距離を測っていたようで、その手が獅子神の手に到達する。と、途端にもう片方の手も出てきて獅子神を布団の中へぐいぐいと引き摺り込もうと動き出す。急な凶行に少し驚きつつ、なんだかこういう妖怪の類か食虫植物みたいだなとも思ってしまう。引き摺り込まれそうになりながらも、獅子神は冷静に逆の手を布団にかけると一気にそれを剥いだ。
「酷い、敬一君……」
剥がされた布団を追うように手を伸ばすものの届かず、奪取を諦めた叶は仰向けにどさっと寝そべると往生際悪く両腕を顔の前でクロスさせる。どうしてもまだ起きたくないらしい。
「いつまで経っても埒が明かねぇだろ」
「うぅ……」
「起きねぇならオレだけ出かけんぞ」
「えぇ……」
声をかけても暖簾に腕押しな反応しか返ってこなくて獅子神は痺れを切らせる。
「あーっ、っとにっっ!」
ベッドに腰かけていた身体を完全にベッド上へ移動させると、獅子神は叶の身体に馬乗りになった。マウントポジションを取るとクロスしてる両腕を掴み、無理やり剥がして押さえつける。
叶は渋々その大きな目を四分の一ほど開いて様子を確認する。視線は動いているが、頭はまだそこまで働いていなさそうだ。コイツにはもしかしたら冬眠が必要なのかも、と獅子神の頭を一瞬過ぎったが、そんなはずはないと打ち消す。叶は熊ではなく人だ。だから交渉もできるはず。
「三分以内に起きるってんならキスしてやる」
「一〇分……」
「却下」
「五分……」
「交渉決裂か?」
「うー……じゃあ、三分にするから。その代わり敬一君から舌入れていっぱいして」
寝ぼけていても叶は叶といったところなのか。獅子神が飲める落としどころを提示してくる。
「仕方ねぇな……。してやるから、ちゃんと起きろよ?」
この位は譲歩してやるか。承諾した獅子神は、そのまま覆い被さるように顔を寄せてボサボサ頭の恋人の唇を塞ぐ。
「ん……」
リクエストどおりに舌を入れ、掬いとるように舌先を動かして叶の長い舌に絡める。いつもは積極的に動くのにされるがままだ。最近はめっきり上向きのキスのほうが多いからか、なんだか新鮮に感じてしまう。さて、どうしようかと口内を捏ねくり回しているうちに調子が出てくる。
「ん、ん…ぅ……んっ⁈」
頬に手を添え、顔の角度を変えて吸いついていると、不意に背中に腕が回され、服の裾から手が差し入れられた。あ、と、思った時には絡めていた舌が生き物みたいに動き出して舌の動きを封じ込められる。
さてはコイツ、目、完全に覚めてたな? その上で交渉に負け気味に見せてたんだろ。
絡みつく舌からどうにか脱し、グイッと顔を離すと見下ろした叶の目はパッチリと開いていて、目が合うとすうっと細めて笑みを浮かべる。
「ねえねえ、敬一君」
「なんだよ」
「冬眠明けの熊ってさ、めちゃくちゃお腹空いてんの」
であれば、とっとと起きて朝飯を食えと言いたかったが、そういうことじゃないのは獅子神も分かっている。
「三分て約束したから却下」
「えー、目は覚めてんじゃん」
「オレは起きろって言ってんだよ!」
こんな攻防で冬の訪れを感じるようになるとは。冬は始まったばかりで、これがまだ暫くは続くことを考えると、いつか負けてしまいそうな可能性に獅子神は小さく溜息を零した。
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