お芋さん太郎
2024-10-13 20:35:28
6461文字
Public ロシナンテ生存IF
 

⑪鎮静




白馬の背中にごろりと寝そべり、見上げた空は粉塵だった。
ローが長年ずっと練り続けてきた作戦は、たったの数時間であっけなく無になったのだ。
 
王は非道の手の内をさらし、血ぬれの民衆は大パニック。
大地と青空のあいだには糸の檻が不自由を主張する。
それらはローが決して見たくなかった光景だ。

同じ馬に乗っている麦わらの男。
こいつさえ来なければ、こんな最悪の事態にはならなかったかもしれない。
人の気も知らないでギャーギャー騒ぐまぬけ面に、ローはひどく腹がたった。

「コラさんを連れてゾウへ行けと、おれは言ったよな! なぜ行かなかった、麦わら屋!」
「なんだよコラサンって」
「お前が連れてきたあの人だ。ドンキホーテ・ロシナンテ、おれの恩人だ」

ああ、ドジ男のことか。
ルフィはそう納得して、無駄な言いわけをツラツラと並べ始める。

「そう怒んなって、おれにも事情があったんだよ! 海より高~い事情だ」
「それを言うなら『海より深い』だ、ルフィランド」
「あれ? そうか?」

馬に乗り合わせたキュロスが口を挟んだが、ローが睨みをきかすとスンと黙った。

「ミンゴのやつが美味しいお肉をくれるっていうから……
「なんだその理由は、フザけてんのか!」
「フザけてねェよ! それだけじゃねェ、山より深~い事情もある!」
「それを言うなら『山より高い』だ、ルフィランド」
「あれ? そうか?」

キュロスが再び口を挟んだが、ルフィはかまわず続けた。

「錦の仲間がここに捕まってるっつーから……
「おいて行けよ侍なんざ!」
「でも錦がいねェと忍者に会えねェ!」
「忍者? 忍者がいるのか?」
「ゾウにな」
「そうか。じゃあしょうが……なくない!」

ローが「忍者」という単語にわず納得しかけ、すんでのところでなんとか正気にかえる。

「なにをソワソワしているんだ、トラファルガー」
「ソワソワなんてしてねェ。話をそらすな」
「僕が悪いのか!?」

ニヤニヤ顔でちょっかいを出したキャベンディッシュに釘を刺すと、ローの頭もちょうどいい具合に冷えた。

ルフィの行動が規格外なのはシャボンディ諸島やマリンフォードで見た通りである。
文句ばかり言っていても何も変わりはしないのだ。

そのタイミングで、キュロスがローに向き直る。

「君はドフラミンゴの仲間じゃないのか?」
「あいつはおれの大切な人の命を奪おうとしてるんだ。相容れるはずがねェ。あんたには……あんたらの国には、悪いことをしたと思ってるよ」
……そうか」

理不尽に踏みつけられ奪われる者の気持ちは、ローにもよくわかっている。
どんな事情があったって、国の乗っ取りなんて許されるはずがない。
いくら言葉を並べても謝罪には足りないし、慰めなんてもってのほかだ。
それでも謝らずにはいられなかった。

キュロスがわずかに目を落とす。
そして自らの固い握りこぶし――おもちゃではなく人間のこぶしだ――を見て、すぐに顔を上げた。

キュロスは王宮でのローとドフラミンゴ、そしてペンギンとのやりとりを、部屋の外から見ていた。
初めはただの仲間割れだと思ったが、どうやらなにか事情があってドフラミンゴ側にいるのだろう。
そう察するのに十分なできごとだった。

そもそも国の乗っ取りのとき、このコラソンという最高幹部は子どもに近い年齢の若者だった。
浮かない顔をして冷たい目を隠しもせずに、ファミリーの面々を見ていたのが印象に残っている。

「にわかには信じがたいが、王宮でのやり取りに嘘はなかった」

ドフラミンゴがこの国に来なければ。
何度そう思ったことだろう。

思いだすだけで、がむしゃらに剣をふるい、目に見える敵全員に切りかかりたくなる。
頭のてっぺんからつま先までのすべてが、燃えるほどに熱くなる。

キュロスはファミリーのすべてが憎かった。
しかしローへの複雑な気持ちには、ひとまず蓋をした。
まずは国を取り戻すことが先決なのだ。

「今はひとりでも多くの戦士が必要だ……ドフラミンゴを討つために!」
「おい兵隊! ミンゴのやつを倒すのはおれだからな!」
「バカいえ、おれがやる! コラさんの悲願でもあるんだ」

キュロスに張り合ったルフィに、ローが張り合う。
目的が同じであっても素直に仲良しこよしができないのが、海賊というどうしようもない生き物の性らしい。

「そういや、ドジ男はどこ行ったんだよ」
「おれのクルーに任せた。あいつらなら確実にコラさんをゾウに送り届けるはずだ。命令は確実に守る。てめェと違ってな」

ローの口調はルフィを咎めるようなものだったが、ルフィはまるで気にせず、のんきに鼻をほじるだけだった。

失礼な男からは視線を外し、ローはドフラミンゴがいる王宮のある台地へ目を向ける。
決戦はの時は近い。





シャチとロシナンテは、武器を持ったハートのクルーたちにぐるり取り囲まれていた。
しかしその刃の先は、ふたりとは別の人物に向かっている。

「命令違反だ、ジャンバール」
「ああ。そうなるな」
「そうなるな……って、なに冷静に言ってるんだよ!」

武器をむけられているジャンバールよりも、むしろハートのクルーたちの方が冷静を欠いている様子だ。
ただならない雰囲気に、部外者なはずのシャチとロシナンテは冷たい汗を流した。

「お、おい! どうしたってんだよ」
「お前ら仲間じゃねェのかよ!」

答える者はいない。
ジャンバールは両手を上げて敵意のなさを示しながら、堂々と胸を張る。

「弁明はしない。思ったことを言ったまでだ。シャチたちと共に、ドレスローザへ引き返すべきだ」
「ジャンバール! なんだよ急に、そんな……!」

頑ななジャンバールに、ハートのクルーたちが肩を揺らす。
ジャンバールはそれを無視してロシナンテに向き直った。

「コラさん、あんたはどうしたい?」
「おれは…… やっぱりローのそばで戦いたい。さっきはちょっと弱気になっちまったが、今のおれには仲間がいる」
「なら問題ないな」

ニヤリと笑ってシャチを指すと、彼は少し照れくさそうに鼻の下を指でこすった。

涙はすでに止まっていた。
ドレスローザから離れたときの絶望感はどこへやら。
シャチの啖呵はロシナンテの心にまっすぐ届き、いまやどんどんエネルギーが湧いてくる。

「なに言ってるんだよ!」
「問題大ありだ!」
「規定違反だぞ、ジャンバール!」
「破ったら下船の掟を、お前はいま破った!」
「承知の上だ」

破ったら下船と聞き、ロシナンテはハッと息をのんだ。
ローの船にそんなに厳しい掟があるなんて思ってもみなかった。

「あんたはおれたちの中で一番キャプテンに忠実だったのに!」
「あの人の覚悟を無駄にする気か!?」
「この船の船長は、お前じゃなくてキャプテンだぞ!」

ジャンバールはハートのクルーたちの怒声を甘んじて受け入れた。
八方から浴びせられる厳しい非難に、ロシナンテのほうがだんだんヒートアップしてくる。
それでも部外者が口を出すわけにいかないと、理性で押しとどまっていた。

しかしその我慢ができないのが、隣に立つ彼である。

「ふざけんな! どいつもこいつもローさんを見捨てようとして!」
「シャチ!」
「命令だなんだってご立派な理由ならべて、ローさんひとりあの国に置き去りにして!」
「なんだと!?」
「やめろ、シャチ!」
「てめェらなんて、ローさんの仲間なんかじゃ――

それ以上、言っちゃいけない。
ロシナンテがいきり立つシャチの肩にポンと手を置く。

「〝沈静(カーム・ダウン)〟」

つい先程まで青筋を浮かべていたシャチだったのに、突然スンと肩を落とした。
ロシナンテをジトっと見つめ、「おれ、これ嫌い」と不満タラタラな様子で文句を言う。

それをよそ目に、ロシナンテがハートのクルーらに向き直った。

「悪ィな、こいつは少々頭に血がのぼりやすい」
「な、なんだ? どうなって……
…………6秒。落ち着いたか、シャチ。さあ話を続けてくれ、ジャンバール」

ロシナンテは場違いなほど穏やかにジャンバールを促した。
あまりに奇妙で不思議な空気が満ちる中、ジャンバールは居心地悪そうに口を開く。

……おれたちハートの海賊団のクルーは、危ない目にあってるところをキャプテンに助けられた者たちばかりだ。もちろんおれも。命を救われて、心をもらった。だからキャプテンの、コラさんを死なせたくない気持ちはみんな痛いほどわかる。だから言いつけ通りにゾウに連れていきたい」

ハートのクルーたちが、コクリと頷く。

「だが考えてもみろ。おもちゃにされていたシャチとべポが元に戻ったということは、当然おもちゃになっていた全ての者が戻っているはずだ。ドレスローザの衛兵たち、闘技場の戦士たち、各国の要人や強者たち。きっといま、国は大混乱だろう。つまり――
「つまり……?」

誰かの喉が、ゴクリと鳴った。
ジャンバールは神妙な顔して、静かな空気に一石を投じる。

「ドフラミンゴがめちゃくちゃキレてる」
「めちゃくちゃキレてる!」

ドフラミンゴと実際に向かいあったロシナンテが、ウンウンと肯定する。

グリーンビットで対峙した時でさえ、あの荒れ具合。
きっとさらに怒りはヒートアップしてるはずだ。

それに。

「アー、言いにくいんだが、麦わらの一味にスマイル工場の破壊を頼んである。それが成功していたら……
「さらにぶちギレてる」
「さらにぶちギレてる!!」

ロシナンテが告げると、ジャンバールの眉間の皺がいっそう深まる。
ハートのクルーたちは、アー! とかギャー! とか叫びながら、ジャンバールが言ったことを素直に復唱した。
彼らだって、ドフラミンゴの恐ろしさは十分に知っている。

「ドフラミンゴは非道なやつだ。国すら簡単に人質にとるだろう」

律儀なジャンバールは悲鳴が止むのを数秒待って、自分の見解を続けた。
二十数人が、静かに耳を傾ける。

「キャプテンの目的がドフラミンゴの撃破だとしても、あの人は海賊である前に『医者』だ。傷つく人たちを放ってはおけない。人々を守りながら戦って、ドフラミンゴに敵うのか? 誰がキャプテンの背中を守る?」

顔を真っ青にしているクルーたちひとりひとりに、手振りで、目線で訴えかける。

「キャプテンには助けが必要だ。今、まさに!」

ロシナンテは、ジャンバールに拍手を送りたかった。
ローが仲間に恵まれたことに感謝したし、きっとみんなの心を打ったはずだと確信した。

しかし現実は、うまくはいかなかった。
クルーたちは目を背けて、絞ってやっと出したような声で。

「そのキャプテンの命令だろうが……!」

彼らは背を返して、ぞろぞろと部屋を出ていく。
背中のジョリーロジャーはいつものように笑ってるはずなのに、なんとなく泣いてるようにも見えた。

「キャプテンを失ったら、おれたちに帰る場所は無くなる!」

最後のひとりに向けて、ジャンバールが声を上げる。
彼の手は一瞬止まったものの、扉の閉まる冷たい音だけが返った。

深い息を吐くジャンバールがなんだかとても小さく見える。
シャチが彼の肩……には手が届かないので、腕のところをポンと叩いた。

クルーたちから賛同は得られなかったが、それでもジャンバールは胸を張った。

「悪いがコラさん、おれはあんたよりもキャプテンの命の方が大事だ。キャプテンがそうでなかったとしても」
「あんたは正しいよ、ジャンバール」

ジャンバールも、背を向けた彼らも、どっちだって間違ってない。
どちらもローを大切に思っての言動だった。

複雑だが、少なくともロシナンテにはそう思えた。

「おれだってお荷物は嫌だからな。シャチたちが来てくれたから決断できた」
「おれ?」
「死なせないんだろ」

「頼りにしてるぜ」とシャチの背中を叩く。
彼は少しよろけたが、両足でしっかり踏みとどまった。

「当たり前だ! なあべポ……え、べポ!?」
「ハクガン!」

いつの間にか操舵室のハッチは開いており、ベポとハクガンが仲良くひょっこり顔を出していた。

二人は穏やかな顔で――ハクガンは仮面だが、どことなく雰囲気がやわらかい――指をさし合う。

「こいつら良いやつだ。おれはお前に従うよ、ジャンバール」
「操舵の話で盛り上がってたんだけど、こっちの話し合いは終わったのか?」
「あ、いや、すまないが……
「まあ……終わったよ」
「悪い意味でだけど」

ベポの問にジャンバールが肩を落とした。
あまりにも後ろめたい結果に、ロシナンテもシャチも口ごもりながら返す。

ベポは肩をすくめたが、もともとこの船を乗っ取って無理やりドレスローザに戻る手はずだったので、そこまで悲観的ではない。
 
ハクガンも同様。
べつに怒るでもなく呆れるでもなく、軽い感じでジャンバールに向き合った。

「ま、大丈夫だろ」
「だが」
「あいつら、キャプテンが大好きだからさ」

ハクガンの言葉にジャンバールは苦く笑った。
めげずにスッと前を見すえて、ドレスローザへの航路を確認する。

「彼らがいないと動力をいじれないのが痛いが、この時期はドレスローザへ向かう海流が何本かある。それに乗ろう。ハクガン、3時の方角へ」
「よしきた。べポ、ソナーの経験は?」
「もちろん!」
「あいつら仲良くなったな~」

息を合わせて持ち場につくハクガンとべポに、ロシナンテはしみじみ呟いた。

「そういえばコラさん、さっきのはあんたの能力か?」
「ああ、シャチにやったあれか。おれはナギナギの実の能力者、どんな波も凪にできる」

ジャンバールの質問に、ロシナンテは惜しまず答えるた。

「波を凪に……?」
「音を消したりな。安眠したいときは言ってくれ、おれが寝かしつけてやるよ」
「いや、やめておく」
「そりゃ残念だ」

まったく残念そうには思えない口調で、ロシナンテが笑いながら言った。

「昔はそれくらいしかできなかったが、今はいろいろできるようになった。シャチにやった〝沈静(カーム・ダウン)〟は、感情の波を凪にする」

ロシナンテがジャンバールを触ると、彼の眉間の皺がいくぶんか減った。

……なるほど。すっきりする」
「怒りや不安も凪にできる。たった6秒しか効かねェけど、パニックを落ち着かせるには十分だ」
「ファミリーの幹部はだいたい能力者だが、なんでもありだと改めて実感したよ」
「ははは、同感だ」

ふたりが顔を見合わせ、軽く笑った。
少し沈黙ののち、ロシナンテが言いにくそうにジャンバールに切り出す。

「あいつらともう一度でいい。冷静に話し合っちゃくれねェか。お前たちが分断しちまったのは、おれのせいだろう。手伝うぜ」
「いや、これはおれたちの問題だ。自分たちで解決するさ」

ジャンバールはきっぱりと返したが、ロシナンテは我慢ならんとばかりに口を尖らせる。

「おれがイヤなんだよ。おれのせいでローの仲間が喧嘩するなんて。待ってろ、話つけてきてやる!」
「あ、コラさん」

ジャンバールが手を伸ばす間もなく、ロシナンテは行ってしまった。
ドアに体をぶつけながら。

その様子を見ながら、ジャンバールは眉尻を下げてひとり納得する。
まっすぐで、強引で、動かずにはいられない人だ。
それにいい人。
ただしドジ。

なんだかんだで面倒見のよいローが気にかけるわけである。

船は潜水中なのに、新しい風が吹いた気がした。
この風がこの船を順調にドレスローザまで運んでくれるといい。

船長を失ってしまう前に。
なにせこの船に乗る全員、ローのことが大好きなのだから。