ひさね
2024-10-13 16:12:21
4788文字
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腐れない肢体を眺める話 <改訂版>

同タイトルの改訂版。
ケンラトの死体埋めss。改訂前よりはちょっと訳が分かるかも。ケント視点。
燃えない、溶けない、腐れない。3つ揃ってやや愉快で不快な話。

「確かここじゃなかったですっけ。埋めた所」
 薄暗い森の中、ラトネィは言った。近くの廃墟に置いていたシャベルを背負って、ぼくと歩いていたら、周りより一層黒い木の前でふと立ち止まった。朝露と湿った匂いが緑の葉に溜まっている。
「ん、もう少し右だぞ。後三歩ぐらい」
「あっありました。あはは、ちょっと草が薄い。良く見つからなかったな」
 目当ての位置を指さしてやれば、ラトネィは呑気に笑って、草が剥げた地面にシャベルを突き刺した。そしてシャベルの縁に足をかける。
 この所、頻繁に月に二度通うものだから、所作も随分手慣れたもので、さくさく土を掘り起こしていく。ぼくはその様子を適当に二、三歩離れた所で、しゃがんで眺めて穴の中を待ちわびるだけだ。
 朝焼けで赤らむ空の下、森に入って、決まった位置の地面をわざわざ掘り起こすというのも客観的にはおかしな話だ。人が来たら通報されるんだろうな、とありそうもない事をぼんやり考えながら、かき出された土の山の表面に白い幼虫が居るのに気が付いた。それからまたシャベルから降ってきた泥に埋もれていった。可哀想に。
 他人事の様に見つめている。
 黙々と彼女は掘り進め、人一人分、すっぽり入るほど長い穴を作って、相応の深さまで至ったとき、とうとう埋まっていたものが顔を出した。
 文字通り顔だ。ぼくの顔、と言って良いかは知らないが、とにかく今のぼくに付いている頭部の表層があった。
「おー、出てきたな」
 感慨もなく口を切って、昔、自分の事も他人事みたいと他でもない正面の彼女に言われた事が過る。
 事実、元来自分の顔が自分のものとは思っていなかったし、更に言えば、今や、他人のものであるのには大方間違いがないのだから、未だにあの時の彼女の意図が掴めないし、どうでも良かった。
 訳を知るには、少し遠すぎた。それ位の事実だけ発覚してそのままにしている。
 ラトネィは、ふう、と一呼吸置いた。胸の高さまであるシャベルを支えにして息を入れている。
 彼女はやにわに口を開いた。
「結構深い所に埋めてましたね。やっと顔が出てきたけれど、もう少し掘らないと、体、起こせないな」
「そんな全身確認する必要あるのか?」
 二週間前に確認した事柄を、また見たい様だった。ぼくも定期的な確認は必要だと、確かにあの時燻る木炭を見て言ったが、何故ここまで頻繁に確認したがるかは分からなかった。
「何か変わっている可能性もあるし、見ておかないと」
「随分念入りだな」
「見つかったら困るでしょう」
 彼女は何時もはそこまで合わない視線をかっちりぼくに合わせて、これも決まって否定しようがない正論で誤魔化す。誤魔化している事までは分かるが、真意は知らなかった。
 ぼくは、そこから遠く離れている。自分のものが自分のものと言えない性質故に。大した問題じゃない事実が、その癖思考にずっと引っかかる不快な自問が、目の前にぶら下がってくるのを感じた。
 だから何時も誤魔化す。軍配は常に彼女に上がる。
「それはそうか」
 ぼくが言うやいなや、彼女は満足げに頷いて、手際よく地中の人を避けて掘り進めていく。その間、ずっと黙っていた。待つ時間が長くはない事を知っていた。
 数分すれば、ラトネィはこんなものかな、と言って、シャベルを穴の横に置いた。
 それから彼女はワンピースの裾に土がかかるのも厭わずに穴の中に踏み入る。
 そして、横たわるぼくの体を起こした。
 腹が裂けている様子もなく、虫が湧いている様子もない。勝手に光る銀色の髪も抜けていない。
 出てきた肢体は埋めた当時のままだった。
 彼女はそれを抱きかかえて、顔や四肢についた土を丁寧に拭っていく。そして関節としての役割を確認する様に肢体の腕を掴んで横に軽く揺らした。それに合わせて手が力なくぶらぶら揺れている。
 人形みたいだった。思わず顔を逸らす。
「あはは、結構綺麗じゃないですか?」
「複雑過ぎるんだぞ」
 無邪気に笑って宣う彼女に、目を合わせる事も出来ずに、苦笑を返すしかなかった。自分の身体の様なものをおもちゃの人形の様に扱っているのを見せられれば、誰でも何とも言えない気持ちになる筈だ。
 そんなぼくの気持ちも素知らぬ風で、彼女は異変がないかを確かめるために、肢体の胸から腹にかけてゆっくりさする。裾は長くて、生地が重たくて、動きにくい事この上ない外套の上から、戯れるみたいにやわっこく撫でている。腐敗した脆い肉の感触がないか見ているのだろう。
 実際に触れられている訳でもないのに、それだけの事ですらこそばゆい気持ちになって、それからきっとぼく自身の感情である所の情緒を無理矢理引き摺り上げられた気分になっては、面白くなくなってくる。自分でも気難しい自覚はあった。自覚だけで止められるものならとっくに止めていたのだが。
「絶対燃やして欲しかったんだぞ」
 毎回お馴染みの恨み言と昔の誓約内容を口にすれば、ラトネィはくすりくすりと益々楽しそうに笑みを深める。
「燃えなかったから仕方ないじゃないですか」
 事実、そうだった。これを埋めた時、一度ちゃんと燃やそうとした。側の枝を手折って火種にした。起こした火にその身体を焼べたが、髪一本も燃えない始末だった。二度、三度試しても変わらなかった。
 何の変哲もない死体だというのに。
「燃えないし溶けない。腐れもしない。呪いの人形みたいですね」
 楽しげに、歌う様に語尾を上げてラトネィが返事を待つものだから、耳に良く馴染んで、面白くなさが一瞬消える。それも束の間の事だ。分かっていた。それから馴染み深い不機嫌が一気呵成に雪崩れ込んでくるから、本当にぼくが感じているものだった。
 ぼくが感じているものなのか。反芻し飽きた疑念を、また反芻している。ぼくが確信を持とうとすればするほど、顔を出してくるこれも随分馴染み深い。本当に忌々しい、と思うこれはぼくのもの足り得るのか。
 じっと黙っていては思考に沈んで会話が滞って仕方がないから、答える。
「その手の人形だって燃えるもんだぞ」
「あはは、確かに。じゃあ人形どころじゃない、変な存在になっちゃいましたね」
 確かに変な存在ではあった。
 そもそも、あの夜。
 だらだら、歩きなれたスラムの奥、吐瀉物と鉄臭さと肉の饐えた臭いが充満する場所をうろついていたら、一等暗い路地のダクトの下、ぼうっと突っ立って居る同じ銀髪の人間を見つけた。
 青くて、裾は長くて、生地が重たくて、動きにくい事この上ない外套を着ていた。非常に身に覚えのある印であったから、あの貴族の一員だとすぐに分かった。だから、過去の誓約も好い加減進めなくてはいけなかったから、惰性半分、義務感半分で飛び掛かって首を絞めたら、こちらを向いた顔が自分の顔だったから随分吃驚した。対面のぼく、の様なものは碌な抵抗もしないで、形式に則る様に目を閉じた。そうすれば、同じぐらい冷たい身体はすぐに動かなくなった。実に、あっさりしていた。
 手を離しながら、首を絞められたのがぼくだったなら、きっと同じ様に抵抗はしなかったのだろう、と考えた。律儀な死体を見下ろして直感したから、そう反芻した。
 これが誰の感情かは知らない。
 放置していても厄介な事になるのは分かっていたから、何時も通り川に流そうと外套の襟首に手を掛けたら、すり抜けた。
 思わず自分の手を見た。微かな月影に手掌を照らすが、透けてもいないし、影も足元に落ちている。それは倒れているぼくも同様だった。
 もう一度試してみたが、空を切るばかりだった。ラトネィが、たまたま、まるでぼくの現状を見越した様にやって来なければ、今、地中に居るこのものも路地に打ち捨てられたままだったのだろう。流石の相棒も、腐れない死体は見つけられやしまい。
 兎に角、初めから変な存在だった。
 結局、結論は同じだから、返す言葉もなく黙る。腹の中で何とも言い難い感情が渦巻いていたけれど。
 よいしょ、と一通り確認が終わったのか、彼女は肢体を穴の中に戻す。
 その折に、ふと今思い付いた様にラトネィがふわりと笑った。
「触ってみますか?」
 無邪気な提案と一緒に、またあっちの僕を引き摺り起こした。左腕を持って、このぼくがあのぼくの手を触る様に督促するみたいに、ぶらぶら揺する。
 こうなったら彼女は引かないのを良く知っていた。だから、やっと膝を伸ばして立ち上がった。
 たかが数歩の距離をあっけなく潰せば、ぼくの身体があるし、影もちゃんと二人分溜まる。
 手を伸ばして、手首をひっ捕まえようとした。そうして。
 そうして? どうするのだろうか。川に流したかった。水に流して、それで? それで、ぼくは何を得るのだろう。結局の所、ぼくが手に入れられるものなどないのだ。
 手は空を切った。邪念に邪魔されたが、初めから知っていた事だった。
……こっちも変わりませんね」
 発案者の彼女は眉をたっぷり下げて、胸を痛そうに押さえて――顔を覆い隠す様な前髪を留めていたから微かな頬の引き攣りまでよく分かったし、そんな痛みを含んだ表情をぼくは見た事もなかったのだが――憐れみの様な言葉を呟いた。憐れみだと断言出来なかったのは、それが他人事でも俯瞰している訳でもない様に聞こえたからだった。畢竟、長い事存在している割に、ぼくには向けられる事がなかった類の表情のせいだった。見た事がない本物を本物だと言い切るのは中々難しかった。
 そんな詰まらない思考にかまけている内に、ラトネィは何時も通りに戻っていた。肢体も横にしたようで、穴から出てきて、服についた土をぱんぱんと払っている。パラパラと乾いた砂は落ちるが、裾に染み付いた汚れは落ちない。一応は裾も払ってはみるものの、三回ぐらいはたけば、こびりついたそれは特段気にもしないで、足元のシャベルを手に取った。
 泥が顔にも付いていたが、本人は気が付いていないようだった。教えると、彼女はまたふわりと笑った。
「じゃあ取ってください」
「仕方ないなあ」
 素直に顔を差し出して来るのに毒気を抜かれて、また面白くないなと思いながら指で拭ってやる。簡単に触れられる頬の温かさが、常に冷たい手に染みた。
 泥も取れて、手を離すついでに確認の結果を聞いてみれば、特に何も異変はなかったようだ。
 相変わらず、ぼくの肢体は存在し続けているし、ぼくはぼくの死体に触れられない。
 そういう規則だったのだろう。気にする必要はない。
 反芻する問いを終わらせた傍ら、ラトネィはシャベルで土を戻していた。そして「次は何時来ましょうね」と次回を約束しようとする。
「別に何時でもいいぞ。半年後でも一年後でも」
「流石にスパンを空けすぎですよ。掘り起こされたら困ります」
 また正論を言った。だから、ぼくもそろそろ同じ土俵に乗り込もうと似た様な事実を返した。
「でもここ、禁足地だから誰も入ってこないぞ。頻繁に出入りする方が目立つ」
「それはそうですけど。……じゃあ三ヶ月後位にしましょうか」
 言葉の間を大きく取って、でも彼女の中で妥協点があったのか、多少は折れてくれた様だった。それでもまだ頻度が高い方だと思うが、結局、誰にも見つからずに着けば問題ないかと考え直す。ぼくも彼女もそういうのは得意だった。
 それに、何だかんだでぼくも甘いのだろう。彼女の要望であれば、たとえ毎日来たいと望んだとしても、最終結論は変わらない予感がしている。
 肢体を再び埋め終わった頃には、雀がちゅんちゅんと鳴き始めていた。
 すっかり雲一つない、爽やかな朝だった。
 帰り際に何か朝食でも貰おうかと話しながら、帰路を辿る。