毎年夏にマ⚪︎ンクラフト内に構築されたお化け屋敷で行われる肝試し企画。そのクオリティの高さに毎年楽しみにしているファンも多く、様々なゲーム実況者やVTuberなどが招待されている。今や人気実況者となったテセウスとニュートも参加しないかと誘われた。最初はホラーが苦手なテセウスが断固拒否していたが、以前よりこの企画に興味のあったニュートがテセウスを説得し、今回の参加が決まった。
肝試しが始まった現在、テセウスは目の前に腰掛けたニュートを抱き込むように腕を回し、ニュートの腹の前でゲームコントローラーを握っている。ニュートは最初は暑苦しいと嫌がったが、テセウスの反対を押し切って参加した手前強く言えず、甘んじて受け入れていた。視聴者には声しか聴こえないため、この姿を見られることもないし、問題ないだろう。
ニュートは肝試しエリアの作り込みに感動しながらすたすたと進むが、テセウスはびくびくと怯えてなかなか進まない。ニュートは進んでは待ち、進んでは待ちを繰り返していた。
「うわっ!!」
「耳元で叫ばないでよ」
その言葉に一部の視聴者は疑問を呈する。この兄弟はいつも同じ部屋で実況しているため、弟の近くで兄が叫んでいることについては何の違和感もない。しかし弟は『耳元』と言った。兄の顔が弟の耳元にあると言うことだ。一体どういう体勢なのかと、視聴者たちは様々な想像を巡らせた。
一方、ニュートは自身の失言に気付かないまま、肝試しを進める。
「この仕掛けすごいね。どうやってるんだろう?」
「待て、先に行くな。危険だ!」
「あっち側に何かあるよ」
「こら、待ちなさい、ニュ、ひっ!」
「兄さん、ビビりすぎ」
「
…………」
急に静かになったテセウスに視聴者も心配する。
『死んだ?』
『泣いてる?』
『完璧超人テセウス様にも苦手なものがあったとは
…』
『イケメン※ただしホラゲープレイ時を除く』
『イケメンはホラー耐性なくても許されるから』
「ちょっと、痛い。抱きつかないでってば」
ニュートのその発言に視聴者のコメントが急増する。
『抱きついているのか?』
『恒例のハグタイム』
『テセウス様まさかニュート君を膝に乗せてるのか?』
ゲーム実況者スキャマンダー兄弟と言えば『過保護な兄』と『兄の扱いが雑な弟』として有名だ。弟が大好きでそれを隠そうともしない兄と、素っ気ないようでいて兄のことを好いている弟。特にテセウスのブラコンぶりは凄まじく、常軌を逸したその行動には古参ファンですらいまだに驚くことも多い。
「ニュート
…お前は細いな
…ちゃんとご飯食べてるか
…」
「今関係ないでしょ」
「兄さんお手製スコーンを食べような
…」
「現実逃避しないで。顔上げて画面見て」
「嫌だ」
「
——わかった。じゃあ離れて。僕一人でやるから。テセウスのコントローラーも貸して」
「冷たいこと言うなよ
…」
「もー!面倒臭いな!」
ニュートは内心焦っていた。このままでは企画を潰してしまう。テセウスがこんなにホラー耐性がないとは思っていなかった。というより人前ならもっと取り繕うかと思っていたのだ。何とかしなければ。
「
——テセウス」
「行かない」
「兄さん、もうちょっとだけ頑張ろ?」
不意にニュートの声が柔らかくなる。動物たちに接する時のような声だ。
「
…怖いんだ」
「大丈夫。僕がついてるよ」
「
……」
「いい子だから、ね?」
その甘い声に視聴者はどきまぎする。いつもは弟ムーブ全開のニュートが急に母性を見せてきたのだ。
『えっ?』
『ママみ溢れすぎでは』
『弟は母だった?』
視聴者からのコメントが大量に流れる中、テセウスのアバターはゆっくり進み始めた。
「さすが兄さん」
「今言われると複雑だ
…」
「ふふ、じゃあ今度兄さんお手製スコーンを食べるときに言うよ」
「そうしてくれ
…」
その後もテセウスが歩みを止めるたびにニュートが優しく囁く。まるで歳上のお姉さんに宥められているようなその声は、視聴者の新しい扉を開いてしまうには充分だった。
『俺もニュート君によしよしされたい』
『わかる』
『おいお前ら兄が正気に戻ったら消されるぞ』
テセウスが元気なときであれば即削除されるようなコメントも、テセウスが使い物にならないためスルーされていく。
***
なんとか二人がゴールまで辿り着くと、ニーズル風のアバターが出迎えた。
「テセウスさん、ニュートさん、お疲れ様でした!」
ずっと姿を消して様子を見守っていた肝試し企画の主催者だった。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました
…」
「テセウスさん、大丈夫ですか?ホラーが苦手とは聞いていましたが、とてもいい反応でした!私としては親しみやすさを覚えて、ますますテセウスさんのファンになってしまいました。それに、主催者としてはあれだけ驚いてもらって嬉しい限りです」
「はい
…」
「テセウス、もう終わったんだからしっかりしてよ。いつまで抱きついてるの」
「抱
…??ああ、いや、ニュートさんも見事な手腕でしたね!細かいポイントまで目を向けていただいて
——それにテセウスさんを励ます甘い声には私もどきどきしてしまいました」
「甘い声
…?よくわからないですけど、なんとかテセウスを引きずってゴールできてよかったです。それよりも中の仕掛けがすごくて感動しました」
「それは嬉しい感想ですね!後で制作チーム含めた運営メンバーと話す時間がありますので、ぜひいっぱい話してください」
「ほ、本当ですか
…?楽しみです!」
人見知りを発揮していたニュートの声のトーンが上がり、視聴者たちはほっこりする。
『ニュート君嬉しそうかわいい』
『マ⚪︎クラ肝試しに出るの念願って言ってたもんね』
『テセウス様まだ死んでる?』
『かわいい弟を見逃して後でもう一回死ぬやつだ』
「ねぇ、兄さん。楽しみだね」
「ああ
…」
「テセウスさんもまだ落ち着かないようなので、一旦配信はここで終わりましょうか!また後で別枠でお話ししましょう」
「あ、はい!ありがとうございました」
「ありがとうございました
……」
「それではスキャマンダー兄弟のお二人でした!ありがとうございました!」
***
配信翌日。
「兄さん」
「
……」
「まだ拗ねてるの?」
「落ち込んでいるんだ」
「主催者さんも言ってたけど、むしろ親しみやすさを覚えたっていう感想をよく見かけるよ」
「
…僕の醜態のことはどうでもいいんだ。それよりもお前のあんな声を放送に乗せてしまうなんて
…」
「あんな声?」
「あんな、あんなエッチな声を
…!」
「耳腐ってる?それとも頭が腐ってる?」
「お前の『元気出して』という囁きで息子が元気になったという感想をいくつか見かけたんだ
…」
「?息子さんが?いいんじゃないの」
「何もわかってないお前はかわいいな
…」
「馬鹿にしてる?」
「してないよアルテミス」
テセウスはニュートの肩を抱き寄せ、額にキスを落とす。
「それよりスコーン焼いてくれるんじゃなかったの?」
「ああ、もちろんだ!何味がいい?」
「うーん
…無花果練り込んだやつがいいな」
「無花果は家にはないな。買ってくる」
「いってらっしゃい」
テセウスがバタバタと部屋を出て行った後、ニュートはぽつりと独り言を溢した。
「あんな情けないテセウス知ってるの、僕だけだったのにな
…」
そんなニュートのかわいい独り言を扉の外で聞いて悶絶する男が一人。もちろんテセウスだ。忘れ物を取りに戻った際に偶然聞いてしまったのだ。盗み聞きしてしまったことがニュートにバレれば照れて暫く口を聞いてくれないことは必至。テセウスは音を立てないようそっと再び家を出た。
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