えのうえ
2023-12-03 00:13:37
2523文字
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その樹の下には、

チャイマ世界線で、名無しのシタイ達がどう処理されるのかなぁと妄想を膨らませた結果。
問題あったら消すのでこっそり教えてください。

あたりサンは、何の肥料になりたいですか」と聞くと、すぐに「大根だな。才郷さいごうは?」と返ってくる。
 当のレスポンスの速さと正確性は世界一だろうな、と才郷は思った。有限会社オークニの一員になって以来、つまりは当が己の指導係シスターになって以来、才郷がいかにトンチキな質問をしてもその意図を聞き返されたことはない。物わかりがいいというより、反射に近い感じだった。
「スギヒノキっすね」才郷は言った。
「いつも才郷の春を涙と鼻水で台無しにしている張本人じゃないか」
「だからっすよ。内側から、じんわり攻撃するんス」と拳を握り、当の方を見遣る。当は「お前の代わりに第一次産業の皆さまが涙を流すことになるなぁ」と首を傾げ、くつくつと笑っていた。
 ガラガラと台車が騒音を響かせる。上には、米袋が三つ。中には才郷たちがふた・・月強かけて作った堆肥が詰まっており、それなりの重量があった。
 才郷は台車を押す手を離し、己のポケットから社用車の鍵を取り出した。開錠ボタンを押すと、白の軽バンがピ、と甲高く鳴いた。当がスライドドアを引き開け、才郷が米袋に手を伸ばす。あとは袋の底に指をねじ込んで、一息詰めて膝を伸ばすだけ。腰を捻って、車内に押し入れる。それを三度繰り返した。運動不足のためか、たったそれだけだというのに心音が耳の奥で響いた。車体が数センチ沈んだのではないか。才郷はふうと息を吐いた。

「そういえば、この前言ってた新しい友人さんとはまだ続いてんの」
 ほら、お笑いライブで会ったっていう、関西弁の。と運転席から当が投げかけてくる。
「あー、そういや最近見かけないっすね。まあそこまでメジャーなコンビが出るってわけでもないですし。仕方ない」
「連絡先とか交換しなかったんだ」
「それどころか名前も知らないですよ。お互いそんなタイミングも、必要性も? なかったっていうか」
「そいつ、身体のどっかに龍の刺青とかなかったか」
「どうだろ。見える範囲にはなかったと思います。それがどうかしたんスか」
「いや、聞いてみただけ」当の呟くような声で会話が途切れた。

 才郷は運転免許は持っているものの、ハンドルを握った経験は殆どなかった。それこそ教習所が最後ではなかったろうか。よって、運転はいつも当の担当だった。カーステレオはその周波数の合わせ方がわからず、いつも砂嵐しか発しないものの、当がそうしたがるのもあって何となく習慣的につけていた。古い車であるし、もしかすると壊れているのかもしれないとは、最近気づいたことだ。
比山ひやま警備の奴から聞いたんだけど、《図鑑ずかん》のところの金庫番が消えたらしい」
 え、と才郷は己の顔から血の気が引くのを感じた。図鑑といえば界隈の底に蔓延る宗教団体の通称で、確か裏ではヤサイ・・・の売買や戸籍のロンダリング業をしていると聞いたことがある。その金庫番が、消えた? 他組織の仕業か、それとも内部の分裂か。どちらにせよ平和的な展開は望めそうにない。
「まさか、死んでるとかないですよね」
「わからん。ただ、もしうちにソイツのあし・・が流れてきたら教えろってさ」
「えー、ヤダな。絶対面倒ごとじゃないスか!」
「比山のとこよりマシだろ。あいつら口の中まで確認しろって言われてるらしいからな」
 才郷は己の指が、他人の、しかも死んだ人間の・・・・・・口内を這うのを想像した。体温はなく、液が湧くこともない。だらりとゴムのようになった舌を掻き分け、もしくは切断し、口内をまさぐる。おそらくは提供された資料をもとに歯の治療痕やら何やらを照合するのだ。単純に、気持ちが悪い。
 対して己と当たちは、腿の付け根から足趾まで、膝を折った状態で運ばれてきたのを解体するだけだ。爪があればペンチで剥いで細かく砕き、血の抜けきった肉は電動のこぎりと骨切り鋏で約十センチ角に切り分ける。その作業中、もしくはバクテリアや土、牛糞等を混ぜた専用機に放り込む前にちらと刺青の有無を確認すれば事は済む。
 肉に人格をもたせてはいけない。
 エプロンを着けた瞬間に、好奇心と共感は殺せ。これは、誰でもない。我々は、この肉がよい糧となって大地の赦しを受けられるよう、手助けをしてやろうではないか。
「ほんとに人間は、肥料になれるんですかね」初めての現場で吐気に震えていた時、社長の近國おおくにからかけられた言葉を思い出し、呟いた。
 当は依然、前を向いたままだった。当も己と同じことを考えているのだろうか。目の際に、静かな疲れが滲んでいるように思えた。
 才郷は窓を少し開けた。新鮮で冷えた空気が流れ込んできて、車内の淀みを追い出した。カーステレオのチャンネルを適当にいじると、ずっと鳴り続けていた砂嵐が止んだ。
「牛のうんこでもなれんだから、大丈夫じゃねぇの」
「今の、私以外の子に言ったらセクハラで訴えられるっすよ」
「それは困るな」
 ラジオ番組がCMに切り替わる。よく耳にするメロディのあと有名な洗濯洗剤商品の名が叫ばれていた。聞いたことのある声だったが、思い出せそうにない。
「もし私がその金庫番だったら、当さんはどうしますか」
 一瞬、当のアーモンド型の目が己を映し、すぐに前方を向いた。
「それも困るが、そうなった時はちゃんとスギとヒノキへの復讐を果たさせてやるよ」 
 ビルの陰に隠れていた太陽が、その頭をちらりと覗かせた。オレンジ色の眩しさと、温かさに包まれる。ラジオパーソナリティが「良いお年を」と囁く声が静かに響いた。ああ、だから景色が浮ついていたのかと一人、納得する。
「当さんは、なんで大根?」才郷は聞いた。
「だって、大根は煮ても焼いても美味いし、葉っぱもふりかけとか和物にしたら最高だろ。そういう人に、私はなりたいのよ」
「風情っスね」
 石を踏んだのか、ガタンと車体が跳ねる。
 後部座席、米袋の更にその中にある黒いビニール袋。その中にある堆肥たちは、全て完全に腐熟がなされている。ああなってしまっては、誰も原材料などわかるまい。
 進行方向にパトカーが停まっている。彼らにも、わかるまい。才郷は思った。