溶けかけ。
2024-10-13 07:45:10
2472文字
Public ほぼ日刊
 

お誕生日休暇の一日目

法律系のお仕事してる社畜ヌヴィレットと女優フリーナの夫婦同棲現代パロディです。
投稿日がフリ誕に被ったので誕生日に絡んだお話になりました。

 今日は帰れなくなった。

 フリーナはスマートフォンの画面を見て、溜息をつきながらロケバスの窓に頭を寄せた。たったの一文。社交辞令もなければ労いの言葉もない。彼らしい、といえばそうなのだが、もう少しくらいあってもいいじゃないか、と唇を尖らせる。
 フリーナの様子に周囲にいた男性の何人かが唾液を飲み込んだ。撮影用の黒のノースリーブのドレスに対比が眩しいほどの白い肌。不機嫌そうに結ばれた唇は薄い桃色で吸い付きたくなるような妖しい魅力を放っていた。白い頬は薔薇色に染まり、長い睫毛に縁取られた色違いの蒼玉は物憂げに伏せられている。
「フリーナさん。この後一緒に飲みに行きませんか?」
 新人俳優の一人がフリーナに声を掛けた。彼の視線はフリーナの鎖骨や形のいい膨らみを値踏みするように行き来する。
 ぞわりと肌が粟立ちそうになるも、フリーナは持ち前の演技力で押さえつけ、笑みを浮かべた。
「申し訳ないんだけど、夫の帰りを待たなくちゃ」
「でも、それ、旦那さんからのLINEでしょ? たまには少しくらい遊んだって罰は当たりませんよ。それに皆もフリーナさんと飲みに行きたいと思ってるんですよ」
 なあ、と彼が他の人たちの方を振り返る。スタッフや後輩の俳優、女優が揃って頷いた。
「私、フリーナさんと食事に行きたいなって思ってて!」
「俺も! いつもフリーナさんが一番に帰っちゃって声かけづらくて!」
 スタッフたちもおずおずと手を上げている。
「ね? 本当にちょっとでいいから、顔くらい出してくださいよ」
 これほどの人数に誘われては断れない――フリーナは渋々首を縦に振るうのだった。ああ、ヌヴィレットに怒られるなぁ……と思いながら。

 ソフトドリンクで良ければ、という条件でフリーナは酒宴に参加することになった。普段はいないフリーナが条件付きとはいえ、酒の席にいるとあって場の盛り上がりは最高潮に達していた。
「フリーナさん飲んでますか〜?」
 例の俳優がフリーナの肩を抱いた。酒臭い呼気に肩に置かれた手を払い除けたくなる衝動に駆られるも、ぐっと堪えて口を開く。
「飲み過ぎなんじゃないか? ほら水」
 男に水の入ったグラスを握らせる。えー、と不満げな声を上げる男に「あっちでこわーいプロデューサーが君のことを睨んでいるぞ」と脅せば、男は慌てて水を飲み干した。

 おかしいな、とフリーナは重くなりつつある目蓋を持ち上げる。身体が火照り、思考は霧がかったように朧気になっていく。
「フリーナさーん」
 件の俳優と彼と仲の良い俳優に挟まれたフリーナはぼんやりと二人を見上げた。
「ん……ごめん、なんだっけ……?」
 ぐるぐると視界が回る。
 お酒を飲んだとヌヴィレットに知られたら、また怒られてしまう。
 ゴシゴシと目を必死に擦り、眠気を飛ばそうと躍起になるフリーナを前に男二人は密かにハイタッチをした。酒が弱いと噂のあるフリーナのグラスに酒を混ぜたのは、下心からだった。人が良いフリーナを酒宴に誘った時から、上手く行けば一発ヤレるかも、と二人で盛り上がっていたのだ。
 その野望の結果が今、ここにある。
「フリーナさん、なんだか眠そうなんで家まで送ってきます!」
「こいつだけだと心配だから俺も!」
 二人でフリーナの腰に手を回すと肩を組んで立ち上がらせる。ふわりと香る甘やかな花の香水に下腹部から興奮が湧き上がってきた。
「大丈夫……一人で帰れるよ……
「いやいやいや、女性の一人歩きは旦那さん心配しますって!」
「そうっすよ!俺たちがきちんと送りますから!」
 キミたちの方がよっぽど危険だよ、というフリーナの言葉は音にならなかった。眠気に抗えず目をしぱしぱとさせるフリーナを連れて男たちは店を出た。
「家どっちですか!?」
「あ、それとも遅くなるならホテルっていう手も!」
 既に眠りこんでいるフリーナを座らせて、わざとらしい演技をしながらホテルを探す二人に近づく影があった。

「────……ぬゔぃれっと?」
「すまない、起こしてしまったか?」
 嗅ぎ慣れた匂いにフリーナは目を開けた。ヌヴィレットはフリーナを慎重にベッドへと下ろす。
「あいたかった……
 ヌヴィレットの首に腕を回し、しがみつくようにして抱きついて来たフリーナを受け止める。男たちに飲まされた酒精がまだ抜けていないのか、吐く息からは僅かにアルコールの香りがした。
「フリーナ、寝た方が……
「やだ……寝たらぬゔぃれっと、またお仕事いっちゃうだろ……
「行かない。休みを取ったからな」
 ヌヴィレットの言葉にフリーナの表情が俄に明るくなった。
 ホントに? と小さな子どものように繰り返すフリーナの頭を撫でる。
「ああ。今日は君の誕生日なのでな。君の休みに合わせて一週間の休暇をとった。二人でゆっくりしよう」
 うん、うん、と頻りに頷くフリーナを抱き締めたままベッドへと横になる。やがて、フリーナが健やかな寝息を立て始めた。
 あどけない寝顔を眺めながら、間に合って良かったと胸を撫で下ろす。偶然とはいえ、男二人に囲まれて意識を朦朧とさせているフリーナを見つけた時は肝が冷えた。考えるよりも先に足が動き、二人からフリーナを取り返したところで追いついて来た思考を武器に口汚く罵り出した男たちに法律を持ち出して圧力をかけた。後ほど、彼らの事務所にも正式に抗議を入れる予定だ。

「ん……
 白い腕が伸びてきてフリーナがヌヴィレットに身を寄せた。ぴったりと隙間なく密着すると満足そうに頬を緩めて微笑んだ。幸せそうな顔にヌヴィレットの毒気が抜かれていく。
「おやすみ、フリーナ。良い夢を」

 フリーナに釣られるようにして、ヌヴィレットの目蓋も重くなっていく。ヌヴィレットも一週間の休暇をもぎ取るために連日、過重労働を繰り返した疲れが溜まっていたのだ。フリーナの身体を抱き寄せ、休暇の一日目くらい寝て過ごしても罰は当たらないだろうと思いながら目蓋を降ろした。