破壊
2024-10-12 21:38:43
4563文字
Public 伏せ
 

灰になってよかった:KPCについて


キャラシ引用:
〔物静かで柔和。大勢で集まるよりも数人で語り合う事を好む。〕


参考名 詩人:トマス・グレイ『田舎の墓地で詠んだ挽歌』より

探索者(背塚氷海)の由来がカスパー・ダーヴィト・フリードリヒ『氷の海』より希望や後悔を想うのであれば、詩人トマス・グレイ用いる薄墨万火は"弔い・挽歌"を告げる。宗教と死に囚われているフリードリヒがその道に進むきっかけとしたのは地元の詩人コーゼガンテンの思想の影響が考えられるそうなので、そのコーゼガンテンが傾倒したトマス・グレイを使わせてもらった。薄墨万火の『ばんか』はそのまま挽歌を、加えて灰になる為の万の火を意味している。

詩集『田舎の墓地で詠んだ挽歌』抜粋
For who to dumb Forgetfulness a prey,
This pleasing anxious being e'er resigned,
Left the warm precincts of the cheerful day,
Nor cast one longing lingering look behind?

On some fond breast the parting soul relies,
Some pious drops the closing eye requires;
Ev'n from the tomb the voice of nature cries,
Ev'n in our ashes live their wonted fires.

忘却の餌食になりたい人などいない。
不安ばかりでも楽しい生を棄て、
陽気であたたかい日の世界から去りながら、
寂しげにじっと後ろをふり返らない人などいない。

去りゆく魂も誰かのやさしさを求めている。
閉じゆく目も身近な誰かの涙を求めている。
墓からも愛を求める叫びが聞こえる。
灰になっても彼らの命は燃えている。

引用サイト:https://blog.goo.ne.jp/gtgsh/e/3c9f43696ecd0e09f29f95bb807cd422

KPCの部屋での改変情報
机上なった洋書:詩集だ。恐らく英文だろう、「Thomas Gray」というのは著者だろう。
<英語>:「Elegy」、墓畔の哀歌という書らしい。あるページにメモ書きが挟まっている。
<知識>:「エレジー」はトマス・グレイ書の中でも傑作と呼ばれ、『田舎の墓地で詠んだ挽歌』は現在でも人気が高く、英詩でもっとも頻繁に引用される作品のうちの一つであるという事をどこかで覚えていていいだろう。

メモ書き:洋書の隣に置かれている。本の一文を訳したものだろうか。生憎文字がミミズを這ったようで読み難い。
<日本語>:上記『田舎の墓地で詠んだ挽歌』の訳文
<知識/2>:これこそ『挽歌』の一節である事がわかる。数多の作品に引用された事がある詞だ、こんな話も聞いた事があるかもしれない。『挽歌』は素朴な田舎に眠る名も無き人々の生涯に想いを馳せて社会的正義をうたったものであり、また、彼は生を形成する情念を手放せば人はたちまち生きた屍となってしまうと考えていたとされている。

食事描写
1日目 夜
居間に向かえば、彼の宣言通り彼の手料理であろうものが並んでいる。

「口に合えばいいのですが」

そう言うと彼は一度台所へと戻り、氷の入ったグラスになみなみと注がれた緑茶を両手に携えて戻ってきた。料理が置かれたちゃぶ台の上に、それは狭そうにしながら空いた場所へ居を据える。

真ん中に置かれた大皿には、正しく山盛り、といっていいほどの量を揚げられた天ぷらが、まるで自身がこの机の主だとでも主張するように大きな顔をしている。この辺鄙な山奥でどう仕入れたのだろう。海の幸、山の幸。いや、殆どは芋や蓮といった土の中のものではあったが、他に大振りな海老やかしわ天、魚までもが鎮座していた。
手前に置かれた丼の器は空で、斜め向かいに座る男の隣を見れば釜がある。今からあの中にある炊き立ての米をよそうのだろう。今日は豪勢な天丼のようだ。
右手にはほんのりと湯気を立たせて香る、麩が優雅に泳ぐ透明なお吸い物が。丼の左隣には小皿に白胡麻和えされたいんげんが、それぞれ貴方が箸がつけるのを静かに待っている。

……少しばかり揚げすぎた気もするが。まあ、余ったら冷凍にでもしておけばいいから」

彼は貴方から丼の器を受け取り、その中に真っ白な湯気を立たせて艶々と光る米をよそった。冷まさなければ確実に火傷は免れそうにない。

「遠慮せず食べて欲しい。では、いただくとしましょう」


2日目 朝
貴方は目を覚ます。
朝陽が照らす、薄明るい部屋の光か。はたまた何かが焼ける甘い香りにつられたのか。なんにせよ、貴方はこの家で初めての朝を迎えた。

貴方が昨夜の通り居間へ足を運ぶと、すでに朝食の準備は殆ど整っていた。昨日の夕飯に比べると、当然だが量も少ない。今朝の食博はどうやらパンのようだ。
二人分の白い平皿には丸々一本分乗せられた少し薄い玉子焼きに、所々焦げてみせるウインナーが数本。付け合わせに出されたのだろう幾つかのミニトマトは、肩身が狭せそうに互いに身を寄せている。
居間にはほんのりと甘い匂いが漂っており、マーガリンが塗られたトーストとはまた別のようで、貴方がそうして鼻を動かしていると彼はおもむろに口を開く。

「私は甘い玉子焼き派なんだ。そういえば貴方の味の好みを聞いていませんでした。もしかしてしょっぱい方がよかったかな」

自室まで漂うあの甘い香りはどうやら玉子焼きからのようだ。ここまで香るのだ。随分と砂糖が混ぜられいるのだろう。貴方は唾を飲み込んだ。


2日目 夜
居間をくぐると、この光景を見るのも3度目となる。
どうやら今日の夕食は焼き魚のようだ。昨晩に油を使ったからだろうか、随分とさっぱりしたものでちゃぶ台は彩られている。

この純白の身は鱈だろう。見るからにふっくらと豊かな身体を晒しているそれの隣には半分に切られた酢橘が置かれている。味付けもさっぱりめでいくようだ。箸を入れればきっとほろりと身は崩れ、口に含めばぷりぷりとした弾力が自身の舌で踊るであろう事は想像に難くない。
汁物にはとろみがかった餡仕立てのスープに、小麦を練って千切られた団子や、人参、椎茸、ごぼうに大根といった具沢山なものが浮かんでいる。隣にはもちろん平和の象徴のようにほかほかと湯気を立たせて呑気に鎮座する茶碗まで用意され、あとは貴方が席につき、手を合わせるだけだ。

「いい具合だったな。昨日は米が熱かったでしょう。だから今日は先によそっておいたんです」

そう言って彼は微笑んだ。


3日目 朝
そうして、夜は明ける。今日も今日とて貴方は目を覚ます。
思う事があるかもしれない。考えるべき事もあるかもしれない。それでもまずは、この部屋まで漂ってくる米の炊ける香りと空腹を訴える腹をなんとかするべきだろう。

すっかり見慣れた廊下を進み、同じく見慣れたちゃぶ台の前に座る。柔和な笑みを浮かべて台所から顔を出す男がひとこと、おはよう、と声をかける。
目の前にはいつものように食事が用意されている。真ん中に堂々と居座るのは普段から目にする米の入った釜で、まだよそっていないのかと貴方は手伝おうとするかもしれない。蓋に手を伸ばせば湯気と共に茶色く色付いた米が顔を出した。色とりどりの野菜と、いつの日かの天かすに鶏肉だろうか。どうやら炊き込みご飯のようだ。
釜の中を覗き込んでいる貴方を見て、彼は優しげに目じりを下げる。

「上手く出来たかはわかりませんが、誰かに食べてもらうと思うと随分と張り切ってしまって」

そう言って盆に乗せた小皿とおかずの長皿を前に並べる。
小皿にはほうれん草とツナの和え物が上品に佇み、長皿には朝から大胆にも蒸し焼きにされた大きな鶏肉が。上に大根おろしが乗せられ、男の手からポン酢が手渡される。

「肉を焼くのに夢中になっていたら、味噌汁を用意するのを忘れていました。今朝はお茶で勘弁してください」
「余ったら握り飯にして、昼食に回します。さあどうぞ」

貴方達はどちらからともなく手を合わせ、いただきますと口にした。今日もこの家で1日が始まるのだ。


3日目 夜
彼と食事を共にするのもこれで何度目の事だろう。いつの間にか定位置となった座布団にも、初めの頃は慣れなかった事だろう。それも今ではそこが貴方の在る場所だ。

和風な家には不向きな、小麦とトマトソースが焦げ付くような匂いが貴方の鼻腔を擽るだろう。台所からは「あちち」といった男の少し焦ったような声が聞こえてくる。貴方が覗きに行けば、今しがた丁度焼けたであろう、少し歪んだ丸い円盤型が目に入る。今晩は手作りのピザをいただけるようだ。

「ああ、お待たせしましたか」

彼はカッティングボードの上にぐつぐつとチーズが息をする円盤を乗せ、貴方に手渡す。おおよそ、大体はマルゲリータだ。ふっくらとしたピザ生地を眺めていると、「さあ、早く持って行って。切るのはきみに任せるよ」と肘で背を押された。彼はまだ台所に用事があるのだろう。例えば、未だ動いているオーブンの中を監視する、だとか。

貴方は自身の手にしたものとは不釣り合いなちゃぶ台の上にそれを置き、等分するように刃を入れる。上手く切れるかは貴方の腕次第だ。



人の好き嫌いや物事の良し悪しをはっきりと定める性格だが、争い事を好まず他者とぶつかりそうな問題を曖昧な回答で流す事がある。なあなあなタイプ。この人と険悪になりたくないな、と思った人には愛想笑いでなんとなく過ごしがち。代わりにどうでもいい(自分より弱い立場)と思った人間に対してはきっぱりと話を突き付ける、差別的な一面がある。

特別裕福といったわけではないが金銭に深刻さを感じない程度には余裕のある一般家庭で育った。自身とあまり似ていない、勉強しか取り柄が無く要領も人付き合いも悪い兄を持ち、度々良くも悪くも周囲から比較されていた。自身もまた兄を心の何処かでバカにしており、同時に誰にも心を許さず一人で生きていく兄の姿を尊敬もしていた。
ある日万火が学校から帰ってくると普段は夜遅くでも毎日家に帰っていた兄がいつまでも姿を見せず、3日後母に尋ねてみれば家を出たと言う。自分に何も告げず薄情にもさっさと自分をこの家に置いて行った兄に酷い悲しみを覚え、その悲しみを覚えた事にショックを受けた。それからというもの、兄がどう生きているのかは聞いていない。万火の中で兄は既に亡き者として扱わなければならなかったからだ。

本来万火は潔癖のきらいがある程きちんとした性質を持っていたが、この家に住み続けるうちに大雑把に、正しく並べる事や片付ける事をやめてしまった。それは『挽歌』にもあるとおり、生を形成する情念を手放せば人はたちまち生きた屍となってしまうと考えたからである。万火は自身が抱いた兄の像のように、この家で生きた屍となる事を望んだ。