人間に牙を折られて便利な道具として弄ばれ、今度はまた別の人間に拾われ愛玩動物のように愛でられている。けれど牙も力も失くし自力で人間 を狩れなくなってしまった俺はそうでもしなければ生きていけない。
どんなに苦しくても生きていなきゃ。生きて母さんたちの元に帰らなきゃ。そう、思ってたはずなのに。
「んむ、……ぅ………っ、」
〈美味しい?〉
「ん………」
〈ふふ、よかった〉
いい子、いい子、と頭を撫でられて、差し出された指先の小さな傷からゆっくりと血を啜る。牙を失くして以降すっかり弱ってしまった身体では血袋を作るどころかワイングラス一杯分の血を飲むことすら出来ない。生きる分には足りるが力を取り戻すには圧倒的に血が足りない。そんな弱りきった身体を人間に愛でられながら血を貰って命を繋ぐ。媚びへつらって愛されて、そうやって、生きている。
こんな姿を母さんに見られたらきっと呆れられる。グレーテには笑われてしまうだろうか。血鬼は血の繋がりを大切にするけれど、もしかしたら愛想を尽かされ捨てられるかも。母さんたちのところに帰りたくて生きてたはずなのに、帰るのが怖くて、嫌になってくる。
それじゃあ俺は、何のために生きているんだろう。
〈君が嫌なら帰らなくていいんじゃない?〉
「……でも、かえらないと。かぞくだし…」
〈人間も大人になったら独り立ちして親から離れて暮らすことが多いよ〉
「でも、おれは…っ、おれ、は………!」
そんな言葉をかけられるたび、覚悟が揺らぐ、意思が弱まる。誇り高い血鬼の精神から生き汚くて弱っちい人間のそれへと成り下がる。変えられる。変えられてしまう。
〈いつまでもうちに居てくれていいからね。身体がよくなるまで、いいや、よくなった後もそばに居てくれると嬉しいな〉
そんな甘い誘惑の言葉とともに人間程度の膂力しかない身体を抱きしめられる。最後に母さんに抱きしめられたのっていつだっけ。母さんに抱きしめられる感覚ってどんなのだっけ。もう、この人間に抱きしめられた時のそれで上書きされてしまった。
空腹が僅かに満たされ人間の腕の中でほう、とひとつ息を吐く。絆されてはいけない。こいつは人間で、俺は血鬼。寿命も生き方も何もかも違う。頭を義体に置き換えたこいつを眷属にすることは出来ないし、したくない。あんな場所と俺にこいつを縛りつけるなんて──────
あれ、俺今、何を考えた?
「っ、う………ふ、うぅ…、っ」
〈泣かないでよグレゴール。怖いことなんてなにもないよ。私が君を守るから。血鬼退治のフィクサーなんてものもいるらしいけれど見つからないうちに一緒に逃げてあげるから〉
「だ、…んてさ……、っ」
ぽたぽた勝手に溢れる涙を拭う手は泣きたくなるくらいに暖かくて、弱りきった身体はそのぬくもりに依存する。もう、誤魔化すことが出来ないくらいに、食糧であるはずの人間に、大切な家族の姿を重ねて依存している。だんてさん、と拙い発音で名を呼び、弱った身体で抱きしめ返す。嗅ぎ慣れた、美味しそうな血のにおいがした。
俺を守る力なんてないくせに。簡単に死ぬ弱い人間のくせに。だのにどうして俺はこんなにも安心してしまうのだろう。こんなにも愛おしく感じるのだろう。
ああ、きっと身体と一緒に頭も弱っておかしくなったんだ。牙と一緒に心も折られてしまったんだ。ならば身体が元に戻ったら、牙が生え変わったらこの人間を殺してしまおう。そうすれば俺はきっとまともな血鬼に戻れるはずだから。そんなことを考えながら首に牙を失くした、人間と変わらない口で噛みついた。
グレゴール
ヘマして人間に捕まって便利な実験体にされるわ命からがら逃げ出してもまた別の人間に拾われて養われてるわで踏んだり蹴ったりな血鬼
すっかり絆されてるので出来れば血袋じゃなくて眷属にして連れ帰りたい
血鬼
時計頭の一般市民ンテ
頭が無機物でも血鬼って吸血出来るんですかね…?
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